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心拍数12 『市原太一』
市原太一が目の前に居る。
柊一さんの言葉が頭をよぎる。
「太一のやろうとしてることは弔いじゃない、「故人への冒涜」だ」柊一さんの憤っている顔が浮かぶ。俺は一口コーヒーを口にする。
「お願いできるかな?困ってるんだよね、君の所の印刷会社からのイベントも含んでいるからさ。出す本のいいプロモーションにもなるしね」
「――七回忌の弔いじゃなかったんじゃ」
俺は声を搾りだす。
本のプロモーションのイベント?七回忌の弔いじゃなかったのか?彼、「太一」は張り付けた笑顔を崩さずに、
「そうだよ、七回忌の弔いだよ。弔いを兼ねて俺の本のプロモーションにしようと思ってね。だから柊一が必要なんだ」
「貴方は、自分が何言ってるか分かってるんですか?」
太一は変わらず薄ら笑いを浮かべている。
「俺はバカだから難しいことは分かんないけど、友達が死んだら悲しむもんですよね!なんで自分の本の心配してるとか、友達の死をなんだと思ってるんですか!」
俺はふう、と深く荒い息を吐き出すと、腕を組んで椅子に深く腰掛けた。周囲の客が遠巻きにヒソヒソと噂しているが、俺の耳には入ってこない。
「君は部外者なんだから、口を挟まないでほしいな。せっかく仲良くなろうと思ったのになあ」
太一は挑発するような笑みを作る。
「仲良くなる?――あり得ないし!」
顔から、本当にすべての血の気が引いた。
ドンッ!!!
俺は両手で激しくテーブルを叩きつけた。カフェ中に爆音のような音が響き渡り、隣の席の客が悲鳴を上げて立ち上がる。コーヒーカップがガタガタと激しく揺れた。
「ふざけんなよ!!柊一さんがどんな気持ちで今いるかわかりもせずに、セッションしたいとか頭おかしいから!!」
俺はテーブル越しに太一の襟首を掴み強引に引き寄せた。
カフェの店員が「お客様!やめてください!」と叫びながら走ってくる。
「あんたみたいな冷血漢と仲良くなる気なんてサラサラねえよ!頼むからその反吐が出るような口、今すぐ閉じろ!!」
太一は平然としている。
「君とライン交換がしたくてね、お互い柊一を好きだった者同士分かち合えると思うんだけどな」
「……ライン?」
俺は乾いた笑いのようなものが漏れてくる。――が、次の瞬間怒りが抑えきれず爆発する。
「ふざけんじゃねえよっ!!」
俺の怒号がカフェの天井を震わせた。今度こそ周囲の客が悲鳴上げて席を立つ。
「どの口が言ってんだよ!自分の本の宣伝材料にしようとしてる奴が、あの人を好きだったなんて言葉、二度と使うな!!」
俺は身を乗り出し、太一の顔の前に指を突きつけた。
「あんたと繋がるくらいなら、今すぐスマホを捨ててやる!二度と俺の前にそのヘラヘラしたツラ見せるな!帰れ、今すぐここから消え失せろ!!」
ヒートアップしていく俺に、我関せずを決め込んでいるのか、太一は抑揚のない声で言う。
「仲良くなれると思うよ、君とはね」
その言葉が、俺の耳の奥をすり抜けていった。不思議と、さっきまでの激しい怒りが、急激に冷めていくのが分かった。太一は人間じゃない。言葉の通じない、ただの化け物だ。バカな俺がこれ以上何か言っても、無駄なんだ。
俺は、ふぅと深く息を吐き出すと、ゆっくりと自分の荷物を手にした。
平然と笑う太一の顔を、俺はもう見なかった。そこに誰もいないかのように、ただの空気であるかのように、完全に無視して席を立つ。
「あ、逃げるんだ?」
背中から太一の挑発するような声が聞こえたが、俺の足は止まらなかった。カフェのスタッフに「ごちそうさま」と小さく頭を下げて、そのままドアをくぐる。
ドアをくぐると、生ぬるい街の空気が、涙と冷や汗でぐちゃぐちゃになった俺の顔を包んだ。心臓がドクドクと、耳の奥でうるさいくらいに暴れている。
太一のヘラヘラした笑い声が、まだ頭の中から消えない。
『君とは仲良くなれると思うよ』
「なれるわけねえだろ、クソ野郎……っ」
誰もいない路地裏に逃げ込み、俺は震える手でスマホを取り出した。
――美也子さん繋がるかな。柊一さんには話したくない。太一のことでまた彼を悩ませたくない。俺の良き相談相手でもある美也子さんなら、太一も知っている美也子さんなら話したい。
「美也子さん、出て…!」
画面を涙で濡らしながら、連絡先の一番上にある名前をタップする。いつも俺のバカな話を聞いて、優しく助けてくれる、頼れる姉御。そして、俺の大好きな柊一さんを仕事の面でもすぐ側で支えているマネージャーの女性。
ツーツーという発信音が、やけに長く感じる。お願いだ、出てくれ。今すぐ太一の企みを止めないと、柊一さんが傷つく。
『――もしもし?珍しいじゃない、七瀬君から電話なんて。何かあったの?』
スマホから聞こえてきた、いつも通りのあたたかい彼女の声。それを聞いた瞬間、俺の喉の奥から、我慢していた感情が一気に込み上げてきた。
「……っ、ねえ、助けて、美也子さん……っ。太一が……!」
言葉がうまく繋がらない。バカな俺の頭じゃ、何から話せばいいのか分からない。それでも俺は、必死にスマホに噛みつくように、カフェでの出来事をぶちまけ始めた。
「……ここよ、早く乗りなさい」
暗いコインパーキングの隅に停まったワンボックスカー。スライドドアが静かに開き、中から聞き慣れた声がした。
俺が滑り込むように車内に入ると、すぐにドアが閉まり、カチャリと集中ロックがかかる。車内は、少し甘い芳香剤の匂いがした。運転席から振り返った美也子さんは、ラフなパーカーを羽織っていた。
「電話じゃ要領を得ないからすっ飛んできたけど……七瀬君、そんなボロボロの顔して一体何があったの?」
彼女の鋭い目が、俺の涙と汗で汚れた顔を捉える。俺はシートに深く腰掛け、カフェでの出来事を、言葉を詰まらせながらも必死に吐き出した。死んだドラムの洋平って人のこと。俺の本のプロモーションにするという太一の言葉。平然と笑っていたあの顔。そして「君とは仲良くなれる」という不気味なセリフ――。
一通り話し終えると、車内には重苦しい沈黙が流れた。美也子んは、ハンドルの上に置いた自分の手をきつく握りしめている。その綺麗な爪が、手のひらに食い込んで白くなっていた。
「……なるほどね。あの男、勝手に柊一を『親友の死に打ちひしがれる悲劇の主人公』に仕立て上げて、世間の同情と注目を集めるプロモーションを企んでるわけね」
美也子さんはハンドルを指先でトントンと叩きながら、冷ややかな声を出す。
「美也子さん、あいつマジでヤバいんだよ!絶対柊一さんに近づけせちゃダメだ!」
「分かってるわよ。まさかドラムの洋平君のことをだしに使ってくるなんてね。柊一はあの時のバンドの音を大事に思っていたわ。だからこそ、柊一は許せないんじゃないかしら。柊一、そういう事言ってなかった?」
「うん、「故人への冒涜してる」って」言ってた」
美也子さんは俺の言葉に納得して、続ける。
「なのに、あの男が勝手に『お涙頂戴の美談』を作り上げて柊一を巻き込もうとしてるのね。柊一の今のイメージにも傷がつくし、柊一の気持ちまでズタズタにされるわ」
美也子さんはバッグからタブレット端末を取り出すと、画面の明かりに照らされながら、冷徹なプロのマネージャーの顔になった。
「太一が自分の本を売るために、柊一を勝手に広告塔にするなんて絶対に許さない。柊一が平気な顔をしてるうちに、太一の的外れな作戦のハシゴを外してやるわ」
美也子さんは、助手席の俺をまっすぐに見つめてきた。俺が深く考えずに突っ走るタイプだってことを、この人はよく知っている。だからこそ、諭すような、でも信頼を込めた声で言った。
「七瀬君、真っ直ぐなのは良いところだけど、今回は私の言うことをちゃんと聞いてね。足元をすくわれないように、私の指示通りに動くこと。いいわね?」
「……うん、何でもやる!」
美也子さんのその言葉に、俺は力強く頷いた。「バカ」なんて言われなくても、自分が頭を使う担当じゃないことくらい分かっている。この人が作戦を立ててくれるなら、俺はいくらでもその手足になって動いてやる、そう心に決めた。
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