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心拍数14 いきなりの指名

 次の日。  昼休みを終えて食堂から一人帰ってくると、営業部内が騒いでいた。打合せブースの一つを皆見ていて、人だかりができていたのだ。  俺はその人だかりの外側に居た同僚の男性社員に声を掛ける。 「どうした?」  俺が声を掛けると、周りにいた社員たちがざわめく。 「どうしたじゃねーよ!こっちが聞きたいよ!七瀬って名指しで企画部合同案件からお呼びがかかってんだよ!」  俺が声を掛けた同僚は困惑しながら説明してくれた。俺は目を見張る。 「え?!何で俺なの?!俺は事務方で…」 「だーかーらー皆騒いでんじゃん。現場のヤツならわかるけどさ、それを差し置いて事務方の七瀬に声がかかったわけだから!」  そりゃあ騒ぎにもなるな、俺も意味が解らない。刹那、打合せブースに居た女子社員がお盆を持ってやってきた。彼女は、 「今朝、企画部と合同の計画がいきなり立ち上がったんです。その中心に居るのが、今打合せブースに居る人なんですけどね、その人が七瀬さんを名指して担当にしてくれって」 と、丁寧に教えてくれた。 「何で俺なの?!俺事務方だし、営業のノウハウなんてわかんないよ」 「さあ、クライアントの要求みたいですから」  彼女はそう言い残して、給湯室へ消えていった。  営業部の現場の一人が俺を訝し気に見る。 「七瀬、なんか裏で取引でもしてんじゃねえのか?いつもの明るいおバカなキャラは見せかけでさー」 「何でだよ!俺だっていきなり話聞いて、びっくりしてんだよ!」  俺の隣に座っている女の子が話に割り込んできて、 「そうですよ、顔に全部出る七瀬さんがそんな芸当できるわけないじゃないですか!」  言うに事欠いて、それか!彼女は思いっきり俺をバカにしている。隣に座っててそう思ってたのか。それはそれでショック。  ざわめきの中、打合せブースから人が出てくる。一人は企画部室長、あと一人は中肉中背の少し頭部がさびしい壮年の男性それと…――  ――市原太一。 「やあ、『』君。これからよろしく、俺の本の企画に参加してもらうことになったから」  太一はにこやかに微笑みを浮かべて、手を差し伸べてきた。俺はあっけにとられて固まっている。 「七瀬!」  周りの数人から声を掛けられ、俺は太一の差し出した手を握る。こいつと手なんて握りたくないのに。  私生活と会社は違う、違うけれど。  第一、何で俺の名前を知っているんだ、太一は。ラインは交換しただけで名前は教えてない筈だ。 「じゃあ、お騒がせしたね。これから何度かここに来ると思うから、その時はよろしくお願いします」  太一は、軽く会釈すると営業部の部屋を出ていく。 「七瀬――知り合いか、あのイケメン」  俺は何も言えず、トイレに急ぐ。  美也子さんに連絡しないと。こんな急展開に俺一人じゃついていけない。  その時、太一とすれ違った。 「何処行くの、『』君、仕事時間中だよね。――それとも俺の事つけてきたのかな?」 「そんなわけあるかよ!」  俺は太一を睨めつける。太一は昨日と同じように薄笑いを浮かべ、 「今日、待ってるからね」 「――!」  俺はトイレに急いだ。  ――美也子さん、俺と柊一さんを繋いでくれた女神様。どうか知恵を――!  俺は美也子さんの連絡先をタップする。 「美也子さんお願い…」  発信音が鳴り続けている。じりじりと俺は追い詰められていく。助けて、美也子さん――! 「どうしたの、七瀬君。何かあったの?」  女神さまは健在だった。 「太一がクライアントとして来ちゃったんですよ!しかも、事務方の俺を担当にしろって言ってきて…」 『ええ?!じゃ、私七瀬君の会社退勤時間あたりに行くね。私が昨日言ってた私の仕込む『おもちゃ』をいくつか持っていってもらうわ』  電話を切り、冷たくなった顔を両手で覆う。美也子さんが動いてくれる。その安心感で少しだけ呼吸が楽になった。  すると、 『今日は楽しかったよ。今日これからプライベートで会うのも、楽しみにしてるね。あ、彼柊一には内緒だよ?言ったらどうなるか、分かってるよね』  トーク画面に並ぶ文字を見た瞬間、目の前がすうっと暗くなった。  拒絶すれば、会社での立場だけでなく、柊一さんのキャリアまで人質に取られる。断る選択肢など、最初から与えられていなかった。  美也子さんはどんな玩具をもってきてるのだろう。いいや、今は美也子さんに賭けるしかない。俺は呼吸を整えて、営業部の部屋に戻った。 「七瀬って名前どこでわかったんだろ…ラインしか交換してないのに」  俺が営業部の自分の席で一人ごちる。それを聞いていた隣の女の子が、 「まさか七瀬さん、ラインの名前本名使ってます?」 「――え?!」 「あの名前何て何でもよくて、逆に本名使うのって危ないっていわれてますけど~Facebookじゃないし~」 「え、そうなの?!」  俺はスマホのラインを立ち上げる。俺の名前の欄にnanaseと記入されていた。 「まさかそこまでやらかしてないですよね~」  すみません、やらかしてました。俺の無知から太一に名前がバレていたのだ。俺は頭を抱える。自分で墓穴堀にいってどうするんだよ!  仕事終わりのベルが鳴る。  今日は長すぎた一日だった。――いや、まだ終わっていない。美也子さんにあって美也子さんからいくつかの玩具を貸してもらうのだ。俺は特段急ぎの仕事もなかったので、定時で上がり、美也子さんにラインを入れる。すぐに既読が付いた。  美也子さんはすぐそこまで車で着ているらしい。俺はライン通話にして美也子さんと直接連絡を取る。 「七瀬君!早く乗って!」  昨日乗ったワンボックスカーから美也子さんが顔を出し、俺を呼んでいる。 「美也子さん!」  俺は駆けだして、美也子さんの車へと向かう。 「助かった――!」  俺は滑り込むように車に乗り込む。美也子さんは小さな隠しカメラやらボイスレコーダーを持ってきていた。 「いい?七瀬君、明日あいつの部屋で、人生最高の『怯えるバカのフリ』をしてきて。それさえできれば後はこっちのものよ」 「うん、わかった、美也子さんの言う通りにする――」 「あいつとの約束時間と場所は?私そこまで送っていくわ。何かあった時に駆け付けられるし…」  俺は美也子さんの好意を断る。美也子さんは女性だ、巻き込みたくない。 「ありがとう、美也子さん気持ちだけ受け取っておくね」 「七瀬君、大丈夫なの?」 「俺だって伊達に鍛えてないから!」  俺はニカっと笑って美也子さんから貸してもらったアイテムを身に着ける。後は野となれ山となれ。俺は絶対に負けないからな、太一。

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