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心拍数15 対峙
「あれ?どうしちゃったの?」
俺が太一の部屋に着くや否や、太一が首を傾げ、いつも見せていた薄ら笑いを浮かべる。
「何だよ、ちゃんと来たじゃん、俺」
俺は太一をねめつける。太一は首を横に何度か振る。
「コレとコレね。君にそぐわない賢い道具。美也子さんあたりの入れ知恵かな?」
太一は、美也子さんに貸してもらい胸に潜ませていた小型隠しカメラとスラックスのポケットに突っ込んでいたボイスレコーダーを取り払われる。
「こんなアイテムは没収。君とはこれから仕事の方でも仲良くやっていかなきゃならないからね」
美也子さんに貸してもらったものがスルリと太一のダストボックスに落ちていく。
「わかってると思うけど、君の一挙手一投足が君の会社の利益にもつながるし、柊一のこれからも変わってくる」
俺はその場に立ちすくむ。俺を嘲笑うように太一は続ける。
「君とは仲良くしたいんだよ、そして君らの薄汚い関係をめちゃくちゃにぶち壊してやりたい。その為に――」
太一は俺をベッドに押し倒そうとする。俺はそうはいくかと抗う。どんな手練れだって、力じゃ俺は負けない。
「別に俺に抵抗してもいいよ。君の会社はどうなるのかな?柊一に証拠の品を出してもいいのかな?」
俺はフリーズする。刹那、簡単にベッドに組み伏せられる。その時太一の香水の匂いが鼻をつんざく。これは柊一さんと同じ香り、確かエゴイスト。個性的な香りだし、柊一さんがいつもつけているから間違いない。
柊一さんと太一が重なる。――違う、これは太一だ。柊一さんは意地悪だが、残酷なことはしない。
太一は、乱暴に俺の着ていたジャケットやシャツを脱がすと、平然とした顔をして笑う。
冷たい空気とおぞましい視線が肌に触れた瞬間、涙で視界がぐしゃぐしゃになった。脳裏に浮かぶのは、いつも自分をぶっきらぼうに、だけど誰よりも激しく愛してくれた柊一さんの姿だけだった。
「…や、やめろ……」
必死に首を振るが、太一の容赦のない指が、俺が一番弱い場所を正確に抉るように擦りあげた。長年弦を弾いてきたその指先は、細いくせに驚くほど器用で、冷酷だった。
頭が割れるほど嫌なのに、熱い肉体が勝手に快感を拾い上げてしまう。自分の身体なのに、自分の言うことを一切聞いてくれない恐怖に、俺のシンプルな思考はパニックを起こした。
「刻みつけてあげるよ、柊一が俺にしていたことも全部君に。あいつがどうやって俺との時間を作ってきたのかをね」
機械的な愛撫の筈なのに、俺の肉体は俺の気持ちと正反対に動く。
「こういうところも感じるんだね、いいね、最高にいいね。本当に君はよくできた玩具だよ」
俺は涙でぐしゃぐしゃになりながら、与えられたくない熱を身体で受け止める。
「……っ、柊一さん……っ、たすけ、て……!!」
それは、限界を迎えた俺の口から零れ落ちた、無意識の悲鳴だった。
「そんなに柊一が大事?高々セフレのくせに」
太一は一層強く俺を弄び、俺の自由を奪っていく。
「ほら、口では嫌がってんのに、身体はめちゃくちゃ欲しがってる。わかりやすくて最高だよ!」
「う、あ……ぁ、あ゙ッ……!」
限界まで締め上げられた神経が、限界を超えて跳ねる。柊一さんの前でしか見せたことのない、情けない声が太一の部屋の天井に響き渡った。心は一ミリも喜んでいないのに、強制的に昂らされた肉体が、痙攣するように最悪の絶頂を迎えてしまう。
――なんで、なんでいっちゃうんだよ……!――激しく波打つ胸の奥で、俺はただ、自分の不甲斐なさと汚された絶望に、子供のように涙を溢れさせることしかできなかった。
パシャ。
暗がりの部屋の中、まばゆい光が俺の目を掠める。
「な…何を…――」
「君と俺との記念写真。君が乱れてあまりに淫らだったからね記念に撮ったよ」
太一は近くにあったスマホで俺のだらしない姿を写真に収めたのだ。
「消せ!今すぐ消せ!」
「冗談はよせよ。こんな大事なもの消すわけないよ。柊一にもあげちゃおうかな、決定的写真!とか書いて」
俺は起き上がり、太一の持っていたスマホを奪おうとする。
「本気で送るよ、柊一に。柊一は見てどう思うんだろうね、あられもないこんな君の姿を見て」
「やめろ、それだけはやめてくれ――」
俺は太一に懇願した。太一は尚も表情を変えず、不気味に笑う。
「なら、明日君の会社でどうせ会うから、その時に俺の汚れた靴を拭いてもらおうかな。出来るだけ大勢の居る前で。勿論企画部の室長の前でね」
太一は俺のプライドをもズタズタにする気だ。だが、俺のちっぽけなプライドが裂かれる位でおさまるのなら、柊一さんを失うよりはマシだ。――俺は小さく頷いた。
「じゃまた明日。美也子さんにはちゃんと作戦が成功したことを言っておいてね」
太一は部屋を出ていく。
バタン、とドアが閉まる音がして、ようやく世界の音が戻ってきた。
俺はベッドの上で、壊れた人形のように丸まっていた。下半身がじくじくと熱く、自分の意志とは関係なくイかされた。
いつもなら一瞬で跳ね起きる身体が、鉛のように重い。引きちぎられたシャツのボタンを、震える指でどうにか留めようとするが、頭がバカになっていてうまく力が入らなかった。
すれ違う通行人の視線が、すべて自分に向けられている気がして、いたたまれなかった。一歩足を踏み出すたびに、太ももの内側が擦れて、さっきまで味わわされていたおぞましい快感の残滓が脳髄をチクチクと刺す。
――俺、あんなに嫌だったのに、いっちゃったんだ。柊一さん以外の男に、めちゃくちゃにされて…。
鍛えているはずの足が、生まれたての小鹿みたいにガタガタと震えて、真っ直ぐ歩けない。視界が涙で歪んで、世界のすべてが自分を拒絶しているように思えた。
「そうだ…美也子さんにライン入れとかなきゃ…」
俺は駅に突っ立って、太一の言う通りに作戦がうまくいったことをラインで告げる。とても通話なんかできる状況じゃない。
ごめんなさい、美也子さん。
ごめんなさい、柊一さん。
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