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心拍数17 腕の中で
シャワーが終わり、俺と柊一さんはワンルームに戻る。そこに大きく鎮座しているシングルベッドに柊一さんが座る。
「おいで、七瀬」
いつもの柊一さんより声音が優しい。嬉しい筈なのに、散々独占欲というものを見せつけられた今、愛しい彼の言葉も恐怖に変わる。俺は怯えて彼の誘いに応えられずに立ち尽くしていた。
彼は俺の腕を掴み、逃げられないようにベッドに組み伏せる。俺は凌辱されたあの時間を思い出しまた怯える。
「何怯えてんだよ。他の男に触られたくらいで、俺が引き下がると思ったか?甘く見んな」
「柊一さん…だって…俺…―――」
また涙が零れる。俺の身体に刻まれたあの記憶が蘇ってくる。その涙を指で乱暴に、でも愛おしそうな目をして拭う柊一さん。
「お前が誰に何をされたって、俺が手放すわけないだろ。……お前は一生、俺に抱かれてりゃいいんだよ」
彼はそう言うと、俺の身体の上に覆いかぶさり、早急なキスを繰り返す。俺の身体隅々まで彼の唇が触れていく。一昨日につけられた噛み痕より濃く俺の身体を彼の色で染め上げるかのように身体を徹底的に吸い上げ、噛みつき自分の痕跡で太一との行為を塗り潰そうとしている。
太一に触られたかもしれない首筋や手首を、痛いくらいの力で何度も吸い、噛みつき、真っ赤な痕で敷き詰めていく。
昨日、あんなに噛み痕が恥ずかしかったのに、今はその刻み込む行為がたまらなく嬉しい。
「…ん、…ん…」
痛いほどの強さで唇を塞がれ、呼吸すら奪われる。何度も何度も貪るように繰り返される柊一さんの手荒なキスは、まるで俺をここに繋ぎ止めようとする執着のようだった。
慈しむような愛撫ではない。それはまるで、触れるものすべてを自分の色に染め上げようとする、飢えた獣の執着だった。荒々しく剥き出しにされた柊一さんの衝動に、俺はただ呑み込まれていく。
「…うあ、…あ、あ…ああ――」
決して優しくはないその痛みが、今の俺にはどんな愛撫よりも甘美だった。傷つけられることで、俺は柊一さんの世界の住人でいられる。その傲慢な支配に、俺の魂は深く、救われていた。
激しく突き上げながらも、柊一さんは一度も俺から目を離さない。その目は怒っているようでもあり、泣きそうに必死でもあった。
「お前のここ(ナカ)を、俺だけでいっぱいにすれば忘れるだろ」
壊すような強さで何度も最奥を突かれ、頭の中が攻めの熱だけで真っ白に塗り潰されていく。痛いほどの衝撃が、皮肉にも『他の誰でもない、この男に抱かれている』という絶対的な安心感を俺に与えてくれた。
「…しゅ、柊一…さ…ん…、しゅ…柊一さ…ん――」
彼の名を何度も呼ぶ。擦り切れた唇を割って、震える声が彼の鼓動に溶けていく。
「柊一、さん……俺を、もっと……っ」
痛いのに、もっと壊してほしい。名前を呼ぶたび、俺が彼の領土に深く沈んでいくのがわかった。
その後も、もっと壊してほしいと願うように、俺は彼の背中にぎちぎちと指を立てる。
だが、その呼び声と抵抗しない肉体が、柊一さんのなかの何かに完全に火をつけた。
「――っ、俺の名前、そんな声で呼ぶな」
低く、ひび割れた声。一瞬だけ離れた唇の間から、銀の糸が引く。
見下ろす柊一さんの瞳は、怒りと、嫉妬と、俺に対する悍 ましいほどの独占欲で完全に据わっていた。
「お前をあいつの手から救い出すと決めたとき、俺の理性なんてとっくに捨てた」
柊一さんの大きな手が、俺の髪を掴んで無理やり上を向かせる。
「あいつの痕跡なんて、指の一本、髪の毛の一筋すら残さない。お前の骨の髄まで、俺の男 だって刻み込んでやる」
直後、先ほどまでとは比較にならないほどの狂暴な質量が、俺のすべてを圧し潰した。
「……あ、ぐ、っ、しゅうい、ち、さん……!」
名前を呼べば呼ぶほど、彼の執着は容赦なく加速していく。擦り切れた唇に、さらに深く、容赦のない口づけが何度も叩きつけられる。
それは救済であり、同時に終わりのない甘やかな監禁のようでもあった。
激しい痛みに脳裏が白く染まっていく。
けれど、その暴力的で狂おしい愛の濁流のなかで、俺の心はたしかに、太一の恐怖から完全に解き放たれ、柊一さんの熱だけに満たされていた。
激しい愛の濁流が引き波のように去ったあと、部屋には二人の重い呼吸だけが残されていた。窓の外は、うっすらと白み始めている。
あれほど狂暴に俺を貪っていた柊一さんは、今、驚くほど静かで、 壊れ物を扱うような手つきで俺をその腕のなかに抱き込んでいた。
「……痛かったか」
低く、掠れた声が耳元に届く。その声には、俺を太一から奪い返した男の執着と、同時に、俺を傷つけてしまったことへの痛切な悔恨が滲んでいた。柊一さんの大きな手が、汗で額に張り付いた髪を優しく払う。
擦り切れて熱を持った俺の唇に、今度は羽毛が触れるような、 泣きたくなるほど優しい、 労わるような口づけが何度も落とされた。
「……しゅういち、さん……」
そのあまりの優しさに、張り詰めていた心の糸が、ぷつりと切れた。
太一に襲われたときの恐怖。汚されてしまったという絶望。それらすべてが、柊一さんの圧倒的な熱と痛みによって上書きされ、消し去られたのだと、この静寂のなか、ようやく本当の意味で理解した。
じわじわと視界が歪み、堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出す。
「ごめんなさい、俺……おれ、怖くて……っ、でも、もう、太一の匂い、しない……っ」
子供のようにしゃくり上げて泣く俺を、柊一さんは何も言わずに、ただ強く、強く抱き締めた。骨がきしむほどの強さだったけれど、そこにはもう恐怖なんてどこにもない。
世界で一番安全な檻に閉じ込められているような、圧倒的な安心感だけが俺を満たしていく。
「ああ、お前は綺麗だ。あいつの触れた場所なんて、もうどこにも残ってない」
柊一さんは俺の涙を親指で丁寧に拭い、その指先を愛おしそうに自身の唇で迎える。
「これからは、俺の息だけで呼吸しろ。俺の体温だけを覚えていろ。お前を泣かせるものは、俺がこの世から全部消してやるから」
胸の奥が、甘くて、切なくて、痛いほどに震える。彼の腕のなかで涙を流しながら、俺は確信していた。この先何があっても、俺の魂は一生、この人の境界線から抜け出すことはできないのだと。
太一の残した傷跡は消えた。いま、俺の心と身体に深く、新しく刻み込まれたのは、柊一さんという名の、狂おしいほどに優しい呪いだった。
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