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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く1

 それは突然だった。  昼休み中にラインが鳴った。スマホを確認すると、柊一さんからと表示されていた。いつもの家へのお誘いかなと軽く考えていた。 『7/7~9取材旅行で蛍を見に長野に行く。来れるか?』  まさかの旅行デートのお誘い!スマホでカレンダーを見たら、水、木、金だった。土日なら俺の会社も休みだが、水木金の場合は有給休暇を取る必要がある。 「行く、絶対行く!」  俺はスタンプつけてラインを送信する。  一か月もないけど、今から有給取れるかな。いや、絶対取る。午後はその話を上司にしよう。今は特別忙しくはないけれど、いきなりの有給消化だ。残業してもその日は有給休暇を取る!  普通に柊一さんの家に行くのもいいけど、旅行デートなんて何て贅沢!彼から誘われたって事は、宿泊費俺はお金出さなくてもいいんだよね。  昨今のホテルや旅館は海外からの来訪客で値段が右肩上がりだ。万年平社員の俺が簡単に泊まれるところではない。仕事で営業事務をやっているから、出張やイベント関連でホテルの予約を取ったりもするが、その度にその値段に驚く。  柊一さんの財力があってこその贅沢だ。俺はありがたく頂戴しよう。 「じゃ、それの話も兼ねて今日行ってもいい?」  俺は彼にラインを送る。即座に返信が来た。俺はわくわくしながら、ラインを開く。 『仕事あるから無理』  ガ――ン。俺はスマホを持ち、ふるふる震える。柊一さんは作家でコラムニスト。締め切りがあるのだろう。それにしても、もう少し言い方がないだろうか。一行で終わらせるにしても、もう少し優しい言い方がある筈だ。  俺の完全片想いなのだから、仕方ないと言えば仕方ない。それに意地悪で悪態をついてばかりの彼にそれを求めるのは酷か。俺はスマホをポケットに仕舞う。  今は来月の旅行デートに想いを馳せよう。  二人っきりなのかな。俺が居るのに女性を侍らせることはないと思う。(俺が嫉妬するから)  長野で蛍かあ。蛍って見たことないけど、長野にはいるんだ。蛍ってなんだっけ?俺の足りないオツムには浮かんでこない。俺は毎度困ったときにお世話になるGoogleに聞いてみる。  「蛍」で検索すると、虫がでてきた。蛍って虫なんだ。しかも絶滅に瀕してるぐらい希少な虫で、お尻が光るカブトムシと同じ甲虫。長野は蛍の見られる場所としても有名…。なるほど、だから長野に行くんだ。  柊一さんは取材旅行って言ってた、蛍を取材するのかな。もしかして、その為に、編集さんとかカメラマンさんもついてくるの?マネージャーの美也子さんも?  ――全然旅行デートじゃないじゃん!ただの付き添いじゃん!まあ、それでも俺を指名してくれたのだから、ありがたいと思わなきゃな。俺は黙ってスマホをポケットに仕舞う。 「…会社の規則で決まってるんだがな…有給取りたければ一か月前に申告と」  俺の上司が眉間にしわを寄せる。 「そこをなんとか!いきなり決まった事なんで!その分、残業もしますから!」  俺は上司に懇願する。上司は、頭をかきながら、 「まあ、忙しい時期でもないから今回は大目に見てやる」 と、しわがれた声で言う。俺はガッツポーズを取るが、 「その分、きっちり今日から残業な。請求書とか伝票とか諸々たまってるから」 と、いうや否や、ファイルをごそっと俺の前に持ってきた。目の前に置かれた分厚いファイル、それが三個。俺は目が遠くなった。 「七瀬お先―――!」  営業部の部屋から一人、また一人と去っていく。俺は請求書の入力に追われていた。それもこれも柊一さんとの旅をするため!今の頑張りは報われる!そう信じてパソコンのキーボードを打つ。  一つ一つの請求書が山となって襲ってくるが、俺はそれに立ち向かう。  請求書がモンスターなら、俺は勇者。勇者はモンスターたちを成敗しないといけない。カッコよく意識高い系みたいに画面だけ見てキーボードを打ち鳴らすことは出来ないが、それでも必死で追っかける。泥臭くてもいい。最後にモンスターを全滅させられれば。  定時時刻を過ぎ、二時間。  請求書の日付を見て、今日の処理分を確認する。いつまでに入力しないと仕事が回らないのかを五年という年月で俺は体得してきた。日付を見ると、どうやらここで終わりのようだ。後は明日に回せる。  今日、柊一さんの家に行かなくてよかった。行っていたら、この作業ができなかった。俺は来月のために頑張るんだから、それまで柊一さんとの逢瀬はお預けだ。  ――嫌だけど、今すぐにでも飛んで行きたいけど。俺のわがままを会社に聞いてもらうのだから、我慢しなくちゃ。俺は乾いた心を自分で慰めながら、家路につく。  午前零時。いつもの俺なら寝ている時間だが、残業してきたのでいつものルーティーンの時間がズレる。この時間になって、やっと眠れる時間がきた。俺はスマホを片手に持って充電をさし、ベッドに横たわる。その時、着メロが鳴った。電話じゃなくライン通知だ。俺はスマホを手に取る。 「柊一さんからだ!」  俺はラインを表示してトーク画面を開く。 『まだ起きてるか』  珍しい。柊一さんから事務的なラインばかりだったのに。俺は即座に返信する。 「もうすぐ寝るとこだよ。残業二時間して頑張ってきた」 『お疲れ。バカはバカなりに頑張ってるな』  ライン越しに彼のバリトンボイスが聞こえてきそう。俺はそのラインに返す。 「柊一さんも頑張って」  約一分後に返信が来た。 『……あと5ページ。お前の声聞かないと、最後の山場越えられない』  俺は嬉しくなって、狭いベッドを転げまわる。俺の声聞きたいだなんて!俺、勘違いしちゃいそう。ダメダメ、俺の片思いなんだから、期待しちゃダメ。そうは言っても彼からの甘いラインは俺の幸せホルモンを刺激してくる。  俺はライン電話をかけた。 「柊一さん、俺の声聞かせてって言うから電話したよ」 『ああ。七瀬の方はもう寝るのか』 「そのつもり。明日も早いから」 『おやすみ、七瀬』  ―――!電話越しにおやすみの挨拶をくれる柊一さん。いつもベッドで聞いている言葉なのに、離れていると新鮮に聞こえてくる。 「お、おやすみ柊一さん」  俺は少しだけ顔を火照らせる。僅か数秒の会話だったのに、俺のドーパミンは分泌しまくる。柊一さんの声は甘い媚薬。柊一さんの声聞いたら眠れるものが眠れなくなる。明日早いから寝ないといけなとわかっているのに、興奮して眠れない。  ダメだ、寝なきゃ。俺は言語がわからないジャズをかける。きっとこれなら眠れる。ジャズピアノを弾く柊一さん、凄くカッコよかったな。すると、頭の中が柊一さんばかりになり、またこれも眠れない。ジャズがダメなら、もっと俺がわからないクラッシック。  俺は学校で行ったクラッシックコンサートで寝てしまったという過去を持つ男。クラッシックならきっと眠れるはず…!  効果は絶大。俺は疲れもあって深い眠りについた。クラシックを作った名だたる音楽家には悪いけど、睡眠音楽として利用させてもらう。  明日からまたタイトなスケジュールが待っている。柊一さんと旅行するため頑張る!

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