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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く2

 柊一さんとの旅行の為、三週間柊一さんと会わずに残業をした。彼も原稿の締め切りが重なっていたため、連絡もまばら。それも今日でやっと終わり!明日からは彼と旅行だ。三週間も柊一さんと会っていない。俺は柊一さん不足で心と身体が乾ききっている。  会社の昼休みにラインで彼に連絡を取る。 「明日から旅行だね。俺頑張ったよ。どうにか間に合わせた」  既読はつかずに未読のままだった。柊一さん寝てるのかな。柊一さんも締め切りが重なって泥のように寝ているのかもしれない。俺は食堂のB定食のエビフライ定食を食べながら、スマホを覘く。 「七瀬、目の下にクマができてるけど、大丈夫か」  たまたま一緒にランチを取っていた同僚の渡辺が気づかってくれた。 「え…クマできてる?気づかなかった…」  昨日は追い込みで仕事を夜十一時過ぎまでやっていた。そこから自宅まで一時間の移動、家に着いてからもシャワーを浴び、夕飯を食べたら二時になってしまった。それで起きたのは六時…。常に七時間睡眠時間をキープしている俺が、四時間しか寝てないのだ。そりゃクマもできるよな。 「最近残業続いてるらしいじゃん、大丈夫か」 「ああ、昨日までな。明日から有給で休みだから」  渡辺はジト目で俺を見る。 「お前をそんだけ残業させてまで有給って…彼女と旅行かなんかか」  惜しい。彼女じゃないんだけど。彼氏でもないんだな、これが。俺の一方的片想いだから。 「それならいいんだけど、友達と旅行なんだ」 「ほお、『友達』ね……」  それ以上突っ込まないでほしいんだけど、悲しくなるから。俺は笑ってごまかした。…ごましきれてないかもだけど。  昼食を終え、俺はさっさと営業部の部屋に戻る。慌ただしい部署だけど、一番会社の中で落ち着く場所だ。  俺は自分の席に座り、突っ伏して仮眠を取った。 「七瀬さん、もうお昼休み終わりですよ」  隣の女の子が俺を起こしてくれた。思ったよりもぐっすり寝てしまったらしい。俺は彼女に 感謝すると、身体を起こして、仕事を始める。  昨日追い込みの仕事をしたから、今日はいつものペースで仕事ができる。面倒な伝票も見積書や企画書も俺のペースで作成できる。寝不足の俺にはそれが何よりありがたい。  定時の終わりを告げるベルが鳴る。  俺はスマホを取り出す。何かの通知があったようだ。俺はスマホの画面を見る。  柊一さんからのラインが入っていた。トーク画面を開くと、 『夕方六時ぐらいに七瀬の会社に車で迎えに行く』  ええええ――?!柊一さん迎えに来てくれるの?俺は嬉しくなって、彼にラインを送る。 「待ってるね。気を付けてきてね」それと、感情入りのスタンプ。まだ旅行行く前から高揚感を隠しきれない。 「七瀬さんいいことあったんですか?」  隣の女の子が聞いてくる。俺は「いやあ」と言いながら、喜色満面の笑み。彼女はため息をついていた。だって、柊一さんが来てくれるんだもん!嬉しくない筈がない。犬だったら、しっぽぶんぶん振っている状態だもの。  俺は腕の時計を見る。まだ夕方五時半を過ぎたところ。俺はバッグを持って営業部の部屋を出て、各フロアに設置されてる休憩室に入る。 「あれ、七瀬まだ帰らないワケ?」  そこに居た営業部のヤツから声を掛けられる。 「ちょっとね~。もうすぐ帰るんだけどね」  俺は休憩室にある自動販売機のアイスコーヒーのボタンを押す。 「――ってか、七瀬嬉しそうだな、よっぽど休みが嬉しいのか」  ヤツは呆れ顔だ。三週間お預けだった柊一さんが来てくれるんだもん、ない尻尾もぶんぶん振るよ。俺の満面の笑みに気圧されたのか、 「幸せそうで何よりだな~目の下のクマ少し隠せよ」  はっ。俺は目の下を触る。休憩室のガラス張りの窓に自分の姿を映す。お昼も渡辺に告されたが、しっかりと目の下にクマがある。お疲れモードバリバリだ。女性ならメイクでごまかせるだろうが、生憎俺は男、どうしようもない。このまま彼と会うのはどうかとも考えるが、きっと彼ならわかってくれるだろう、…多分。 「…で、相手はどんな女?」  そうきたか。俺はニコニコと笑って、 「お金持ちだよ」 と、答えた。間違ってはいない。性別は間違えてるけれど。 「セレブかよー!ちくしょうーどこで見つけたんだよ」  俺は指を口に当てて、 「内緒」 と、だけ。ヤツは相当悔しかったのか、 「あっちいけ、幸せオーラこっちにぶつけてくんな」 と、手でしっしっと追い払う仕草をした。 「だってしょうがないじゃーん。縁があったんだもーん」  俺はニコニコと笑顔で対抗する。  ブブブ。  バイブモードにしたスマホが鳴った。俺はスマホをバッグから取り出す。柊一さんからだ。 『今、会社近くのコインパーキングに着いた』  そうか、柊一さんは社内の人間じゃないから社内の駐車場にはとめられない。一番近くのコインパーキング少し離れているが問題ない。俺は「すぐ行く」とラインを返す。 「じゃお疲れさまー」  笑顔を崩さないまま休憩室を後にした。  会社近くのコインパーキング。そこに見慣れた顔…そして一番見たかった顔があった。 「柊一さん!」  俺は彼の名を呼び、彼の傍まで走る。 「七瀬、お疲れ」  彼は真っ白なツヤのあるTシャツに黒のスキニーパンツだ。大人な休日って感じの装いをしている。俺は量販店で買った紺のスーツ。やや着古してくたびれ感がある。恰好だけ見ても色々と差が明らかだ。 「七瀬、早く乗れ」  柊一さんは俺に一瞥をくれると、すぐに奥の方へ行ってしまう。俺は急いで彼を追う。  ボルボのステーションワゴンのデニムブルーメタリックがポツンと奥に止まっていた。これが彼の愛車だ。彼は既に運転席に乗り込んでいる。俺はドアを開けて助手席に乗り込む。 「柊一さん~会いたかったよ~~!」  俺は彼に抱きつく。 「わかったから、今は離せ、運転できないだろ」  俺は渋々身体を離す。三週間も会ってなかったんだからこれ位許してほしいのに。俺が身体を離して数秒後に車は動き出す。 「俺の家寄ってって。俺旅の用意しちゃうから」 「それは心配ない。俺がお前のサイズの服全部用意したから」 「え…えええ―――?!」  あまりの事に俺は声が裏返る。柊一さんが揃えていてくれたなんて。 「し、下着も?」 「ああ。いつも着てるようなトランクス買っておいた、やや柄は俺の好みが入ってるけどな。サイズはわかってるから安心しろ」  俺は急に恥ずかしくなり、顔を赤らめる。細かい俺のデータ柊一さんの頭の中に入っているんだ…。 「旅行先は宿の浴衣があるから、それを着ればいい」 「浴衣なんだ!」 「不満か?」 「ううん、全然。メロい~」  宿の用意した浴衣とはいえ、柊一さんの浴衣姿が見られるなんて最高にメロい。今の休日の大人感ある格好もいいけど、浴衣独自の色っぽさいいよね。そそられるよね。まあ俺も着るんだけど。 「俺の家に直行するからいいな」 「うん」  車の中で、俺が三週間頑張った話を聞いてもらった。請求書の山を片付けたことや伝票入力が営業の悪筆で読み取れず、次の日になってしまったこと。受注書にミスがあったこととか。それを柊一さんは笑いながら受け止めてくれた。  柊一さんからの愚痴はなかった。俺ばかり愚痴っているようで申し訳なくなるから、愚痴ってよって言ったのだが、彼のにこやかな微笑みでかわされてしまった。まだそこまで俺の事頼ってくれてないのかな。そう思うと切なくなる。  俺の想いは一人相撲なんだよな、きっと。

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