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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く3

 柊一さんの家に着いた。  俺は柊一さんの後をついて廊下を歩いて行く。そんなに長くない廊下、すぐにリビングに着く。大きなリビングは既についていたエアコンでいい感じに冷えていた。  柊一さんはソファーに座り、俺を呼ぶ。 「七瀬、三週間お疲れ。おいで」  俺はすぐに彼の腕の中に入り込む。柊一さんは俺の頭を摩る。俺は柊一さんの匂いを確かめるように彼の胸に顔を埋める。 「何だよ、七瀬くすぐったいって」 「だって久しぶりなんだもん…」 「バーカ。ずっと今日を入れて四日間一緒だろ」  俺は目を潤めて彼を見る。 「それだけじゃ不満か」 「二人っきりじゃないんでしょ。取材旅行だから――」 「確かに取材旅行だが、俺とお前二人っきりだけど」 「―――!!」  俺は柊一さんの身体を抱きしめる。 「誰か来ると思ってたのか、居ねえよ。他に同行者なんて。七瀬が居れば充分だ」  俺はこのまま押し倒してしまおうかと思ったけれど、何せ七月だ。まずは風呂で汗を流したい。 「…ごめん柊一さん。お風呂先入らせて」 「風呂?」 「うん。一刻も早く会いたくて、会社から走ったし」  少し気恥ずかしくなって視線を逸らすと、柊一さんは低く笑って、俺の顎を優しく上向かせた。 「律儀だな、七瀬。……だが、せっかく久しぶりに会えたんだ。一人で入らせるわけないだろう?」 「え?!柊一さんも一緒なの」 「俺が一緒に入りたいんだ。お前の体、隅々まで洗ってやるから覚悟しろ」  そう言って、柊一さんは俺の身体をソファから引き起こす。明日からの旅行の準備で少し散らかったリビングを通り抜け、彼に手首を引かれるまま、俺たちは浴室へと向かう。  浴室のドアが閉まると、一気に白い湯気と石鹸の甘い香りに包まれた。柊一さんは手際よく俺のシャツのボタンを外していく。されるがままになりながら、俺はふと、いちばん重要なことに気づいて声を上げた。 「あ!柊一さん、待って!」 「ん?なんだ」 「俺、お風呂入るって言ったけど……着替えないよ」 「今日の分は俺の服を貸してやる。……もっとも、明日の朝まで服が必要になれば、の話だがな」  意味深に微笑む柊一さんに、俺の頭は「?」でいっぱいになる。考える隙も与えられないまま、完全に裸にされて、温かいシャワーが降ってきた。 「ほら、こっち向いて。髪、洗ってやるから目を瞑れ」  大きな手が俺の髪を優しく濡らし、たっぷりの泡で頭を包み込む。柊一さんの指先が頭皮をマッサージするように動くのが、めちゃくちゃ気持ちよくて、俺は犬みたいに目を細めた。 「んぅ……気持ちいい……」 「……お前、そんな無防備な声出すなよ。手が滑って別の場所を洗いそうになる」 「え?別の場所ってどこ?」  目を開けようとした瞬間、おでこに軽いデコピンを食らった。 「痛っ!」 「目を開けるなと言っただろう。……よし、流すぞ」  シャワーできれいに泡を流された後、今度は柊一さんが背後から俺の身体をすっぽりと抱きすくめた。濡れた肌と肌がぴったりと密着して、リビングの時よりもダイレクトに柊一さんの熱が伝わってくる。 「ひゃっ、柊一さ……っ」 「久しぶりなんだ。静かに洗わせてくれ」  そう言いながら、柊一さんの濡れた手が、俺の腰からゆっくりと太ももの内側へと滑り降りていく。バカな俺でも、その手の動きがただの「体を洗う動き」じゃないことくらい、さすがに分かった。  一気に顔が熱くなって、お湯のせいか、それとも柊一さんのせいか分からなくなる。 「あ、あんまり変なとこ、触んな……っ」 「どこが変なんだ?言ってみろ」  耳元で低く囁きながら、柊一さんの濡れた指先が、俺の太ももの内側をゆっくりと撫で上げていく。お湯の熱さとは違う、体の奥から突き上げてくるような熱に、俺は思わず小さく身震いした。 「やだ…恥ずかしい…」  顔が熱くなるのを感じて、俺は思わず両手で顔を覆い隠した。久しぶりに会えた嬉しさで勢いよく距離を詰めてしまったけれど、いざこうして向き合うと、自分の鼓動がうるさくてたまらない。 「今さら何を恥ずかしがることがある」  柊一さんは優しく、だけど拒めない力で俺の手を解き、そのまま自分の方へと引き寄せた。目の前にある柊一さんの瞳は、いつになく真剣で、熱を帯びている。 「七瀬、こっちを見ろ」 「む、無理……」  目を逸らそうとする俺の視線を逃がさないように、柊一さんがそっと顔を覗き込んできた。お互いの距離がゼロになる。 「ん……っ」  重なる唇から伝わってくる熱量に、頭の中が真っ白になっていく。お風呂場に響く水の音と、高鳴る鼓動が混ざり合って、溶けてしまいそうだった。 「お前が可愛すぎるのが悪い。……今日はもう、離さないからな」  その低く掠れた声に、俺はただ頷くことしかできなかった。  お風呂から上がり、柊一さんの少し大きめのTシャツを借りて、俺たちはベッドに潜り込んだ。さっきまでの火照った熱が静かに引いていき、代わりにシーツの清潔な匂いと、隣にいる柊一さんの穏やかな鼓動が部屋を満たしていく。 「……ねえ、柊一さん」  枕に顔を半分うずめたまま、俺は隣の大きな背中に声をかけた。 「ん?なんだ、七瀬」  柊一さんが寝返りを打ち、こちらを向く。その優しい眼差しに見つめられると、やっぱり少し胸がぎゅっとなる。 「俺、さっきお風呂で『恥ずかしい』とか言って、その……バカみたいに逃げようとしてごめん。本当は、ずっと会えなくて、めちゃくちゃ寂しかったんだ」  ずっと言いたかった本音を口にすると、急に視界がじんわりと滲んだ。久しぶりに会えたのが嬉しくて、でも空回りばかりしている自分が急に恥ずかしくなったのだ。  すると、柊一さんがふっと柔らかく微笑んで、俺の頭を大きな手で引き寄せた。ポンポン、と優しく髪を撫でる手のひらが心地いい。 「知ってるよ。お前、必死に仕事してたんだろ?目にクマまで作って」  柊一さんは俺の額に、そっと優しいキスを落とした。 「お前がバカなのは今に始まったことじゃない。……無理させて、寂しくさせて悪かったな、七瀬」 「柊一さん……」 「明日からの旅行は、二人きりだ。離れていた時間を取り戻すくらい、たくさんお前を甘やかすから覚悟してろよ」  その言葉が、俺の胸の奥に一番温かい形でストンと落ちていく。 「……うん。覚悟しとく。だから、いっぱい甘やかしてね」  素直にそう言うと、柊一さんは嬉しそうに目を細めて、俺の腰を引き寄せてさらに強く抱きしめてくれた。彼の大きな体温に包まれていると、さっきまでの緊張や寂しさが嘘みたいに消えて、心地いい眠気が一気に押し寄せてくる。 「おやすみ、七瀬。いい夢を」  耳元で聞こえた低くて優しい声を最後に、俺の意識はゆっくりと深い闇へと沈んでいった。隣にある大好きな温もりを感じながら、明日から始まる特別な時間のことを考えて、俺は眠りの中で小さく微笑んだ。

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