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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く4

 眩しい朝の光が寝室に差し込む。俺は隣を見ると、隣の柊一さんの姿がない。俺は不安になり、リビングへ向かう。  リビングには旅行支度を整えている柊一さんが居た。 「おはよう、柊一さん」 「おはよう、七瀬起きたのか」 「柊一さん居ないんだもん、びっくりした」 「まだ寝ててもいいのに。七瀬、残業続きだったんだろ」  柊一さんは俺の顔を見て、そう言った。まだ目の下にクマあるのかな。昨日は早く寝たからだいぶとれていると思うけど。 「大丈夫。俺たっぷり寝たから」 「それなら、この服着てみろよ。七瀬に買っておいた服」  襟にぐるりとブランド名が入ってる黒いTシャツ。それと俺が良くはいている青いデニム。  どれも俺がいつも着ているものとは違って、物が良さそうなものばかり。流石財力ある有名作家。  俺は彼に渡された服を手に取り、その場で着替える。  サイズも少し大きめでゆったり入る。それに物がいいからか着心地がいい。 「ありがとう、俺似合ってるかな?」  俺はリビングにあるスタンドミラーに自分の姿を映す。 「ああ、似合ってる。少しバカさが隠れていい感じだ」  この人は朝から…。似合ってるだけでいいのに。 「ありがとう、柊一さん」  俺はお礼を言うと、柊一さんは笑んだ。  俺も笑みを返す。  柊一さん好みにカスタマイズされた俺の服。…少し照れる。 「俺も着替えないとな」  柊一さんはまだ夕べのTシャツのままだ。 「じゃ俺がメシ用意しとく」  柊一さんは手を振る。 「いい、お前にやらせると二度手間だから」 「トースト位焼けるよ、それとジャム用意する位なら…」 「いい。七瀬はリビングで片付けでもしてろ」  俺はへの字に口を曲げる。 「ぶー。俺だってそれ位できるのにぃ」 「そう言って、二年前、黒こげにしただろ、パン」 「あの頃とは違うよ」  俺は食い下がるが、柊一さん判定は覆らなかった。くそぉ…。  柊一さんは自分の着替えを始めた。  柊一さんの身体が露わになる。浅黒い肌に均整の取れた無駄のない肉を備えた身体。この身 体に抱かれていると思うと、少し恥ずかしくなる。…って、朝から何考えているんだ、俺は!  彼は昨日とは違うアースカラーなリネン混シャツを羽織る。下のボトムも昨日と違って俺と同じデニム。色は俺とは違うブラック。どちらもハイブランドなアイテムだろう。質感が量販店の物とは全然違う。オシャレな大人の休日という感じのスタイルだ。それを颯爽と着る柊一さんはメディアに出ないのが勿体ないくらいカッコいい。 「さて、メシ作るか。七瀬はここに居ろよ」  柊一さんはそのままキッチンへ。俺は彼に命じられた通りリビングで片付け。  普段はリビング片付いているのに、柊一さんもバタバタしたんだろうなあ、あちこちに物が落ちている。俺はそれらを拾い集めて、元にあっただろう場所へと戻す。ただそれだけの作業を繰り返す。 「もういいかな」  片付いて拾うものが無くなってしまった。俺はバッグに突っ込んであったスマホを取り出し、ソファーに座る。  何か通知が来てないかとチェックする。会社の同僚からラインがきていた。念のため目だけ通す。  『旅行ならお土産』『彼女とイイことしてんのか』『彼女によろしく』…冷やかしのラインばかりだ。  特別重要なラインはなかった。他の通知やメールもたいしたことない物ばかりだ。  俺は長野の天気を検索してみた。曇りだが、どうやら雨は降らなさそう。降水確率も低いし。二泊三日か、明日の天気はどうなんだろう。明後日は?蛍を観に行くのなら晴れてた方がいいだろう。俺は晴れの日がないか探す。 「七瀬、メシできたぞ」  柊一さんから声がかかる。俺は「すぐ行く」と言い、スマホを持ってダイニングに行く。  そこに並んでいたのは納豆と卵焼きにみそ汁、白米ご飯だった。  そういえば昨日はメシも食わずに寝ちゃったんだっけ。疲れがたまってたから気にならなかったけど。 「なんか旅館のご飯みたいだね」  和食なラインナップに思わず声が出る。 「鮭があったら焼いてたんだが、生憎切らせてた。鮭が揃えば充分旅館メシだな」 「充分だよう、ありがたくいただきまーす」  俺は席に座って、一度手を合わせて合掌させ、柊一さんの作った朝食をもらう。  柊一さんの作った卵焼きはほどよい甘さで美味しい。みそ汁も豆腐にじゃがいもワカメと結構具だくさんで美味だ。ご飯の硬さ加減もいい塩梅。俺はむしゃむしゃと食べる。  好きな人の選んだ服を着て、好きな人の作ったメシを食う。なんて朝から贅沢なんだろう。  しかもこれから好きな人と二泊三日の旅行だ。三週間残業頑張って良かった。目の前に居る柊一さんの顔を見ながらメシを食えるのもかなりポイント高い。 「朝からご機嫌だな、七瀬」 「そりゃあ、柊一さんと一緒だもん」  柊一さんは明るく微笑んだ。 「10時にはここをでる。服は用意してあるから、七瀬は財布とスマホ位持っていけば十分だ」 「旅行バックか何かに詰め込んでるの?俺の服」  柊一さんはみそ汁そ一口含んでから、 「ああ、トランクケースに入ってる。七瀬は大事なものだけ持っていけばいい」  何から何まで柊一さんの色に染まっている物だらけだ。柊一さんに包まれているみたいで嬉しくなる。 「何にやにやしてるんだ」  柊一さんが不審そうに、だけど愛おしさを隠さない目でこちらを見た。 「べつに。……なんか、柊一さんに全部管理されてるなと思って」 「不満か?」 「まさか。むしろ逆」  嬉しくて、つい味噌汁の温かさに紛れて本音が溢れる。柊一さんは少しだけ目を見開いたあと、ふっと柔らかく微笑んだ。 「……ほら、早く食べろ。遅れるぞ」  そう言いながら、俺の頭を大きな手でぽんぽんと叩く。その手の温度だけで、胸の奥がまた甘く痺れた。 「でもさ、本当にいいの?柊一さんの仕事の取材なのに、俺が付いていっちゃって」  恐縮しながら訊ねると、柊一さんはみそ汁の器を置き、呆れたように眉を下げた。 「お前が行かないなら、俺が取材に行く意味がない。今回の企画は『初夏の夜、恋人と見る蛍』がテーマだからな」 「えっ、そんなテーマだったの……!?」 「今、俺が決めた」 「えええ~いいの、そんなんで?!」  思わず突っ込むと、柊一さんはふっと口元を緩め、俺の頬を親指で小さく撫でた。 「お前と蛍が見たかった。ただそれだけだ。だから余計なものは持たなくていい。俺だけを見ていろ」  その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。柊一さんの色に染められたトランクを引いて、彼の待つ助手席へ乗り込むのが、もう待ち遠しくてたまらなくなっていた。 俺、「恋人」だって。勘違い起こしちゃうじゃないか!

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