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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く14
「すっげー緑ばーっか!!」
「そういうところ来てるんだから、当たり前だろ」
「さすが東京とは違うね」
柊一さんは短いため息をつく。だけど、さっきから彼の左手は、シフトレバーのすぐ近く、 俺の膝の上に置かれたままの右手に、そっと重ねられている。
「俺ね、柊一さんとこうして出かけるの、すっごい楽しみだったから」
俺が手のひらを上に向けて、その細い指先を絡めるように握り直すと、彼は少しだけハンドルの上の右手に力を込めた。
「……別に、特別な場所に行くわけでもない。ただのドライブだろ」
「それでもいいよ。柊一さんと一緒なら、どこだって特別だし」
真っ直ぐに前を向いたままの柊一さんの耳が、またしてもほんのりと赤くなる。俺ばかり思ったことが全部出るってバカにするけど、柊一さんもこっそり出てたりする。本当に、この人は可愛い。
「…たまにまともそうなこと言うなと思ったら、随分恥ずかしい台詞を口にするな、お前は」
「嘘じゃないもん。ね、まずはどこに行くの?」
山道のカーブを軽やかに曲がりながら、柊一さんは小さく笑みをこぼした。
「東館山 の山頂を目指す。リフトを乗り継いで、標高2000メートルにある展望テラス行く。そこでランチだ。写真でも撮ろう」
「標高2000メートル!すげえ、めちゃくちゃ景色良さそうじゃん!」
「ああ。天気がいいから、きっと素晴らしいパノラマビューが見られるはずだ」
目的地が決まると、俺のテンションはさらに跳ね上がった。窓の外を流れる志賀高原の豊かな緑を目で追いながら、これからのデートコースに胸を躍らせる。
車を停めてリフト乗り場へと向かうと、高原特有のひんやりとした、だけど太陽の光をいっぱいに浴びて心地よい風が体を包み込む。
「ほら、置いていくぞ」
「あ、待ってよ柊一さん!」
すたすたと先へ歩いていく彼の背中を追いかけ、並んでリフトに乗り込む。
ガタリと音を立てて動き出したリフトの上、すぐ隣に並ぶ柊一さんとの距離は、車の中よりもさらに近く感じられる。足元に広がる高山植物の緑や可憐な花を眺めながら、いくつものリフトを乗り継いでいく。だんだんと視界が開け、空が近くなっていく感覚に、思わず息をのむ。
そして、ついにたどり着いた東館山の山頂。
「うわあ……! すごい……!」
リフトを降りた瞬間に目の前に広がったのは、言葉を失うほどの圧倒的な大パノラマ。遠くの山々が幾重にも重なり、青空との境界線がどこまでも美しく滲んでいる。
「……本当に綺麗だな」
隣に立つ柊一さんも、少し目を細めてその絶景を見つめていた。その横顔が一枚の絵画のようになっていて、俺は慌ててスマホを取り出す。
「柊一さん、こっち向いて!」
「ん? ……おい、急に撮るな」
カメラを向けると、彼は一瞬驚いたように瞠目する。
だけど、俺が「せっかくだから2人で撮ろうよ」とぐいっと肩を寄せると、観念したように小さく息を吐き、カメラに向かって優しく微笑んでくれた。
画面に収まった2人の背景には、抜けるような青空と壮大な山並み。
「いい写真!これ、宝物にするね」
「大袈裟だな。写真、プライベートならともかく他には出すなよ。SNSになんか絶対アップするなよな。俺がメディア嫌いなのはわかっているだろ?」
「ちぇー…」
メディア嫌いなのは知っているけど、そこまで言われるとは思わなかった。ちょっとの事で炎上騒ぎになるSNSが脅威なのはわからなくもないけどさ…。旅の思い出を他の人間に共有することは止めておこう。
「そろそろメシにするか。あのテラスのレストランでランチにしよう」
柊一さんはそう言って俺の頭をぽんぽんと叩き、展望テラスにあるお洒落なレストランへと歩き出した。俺は嬉しくなって、彼の後をスキップするように追いかける。
緑の風が気持ちよく通り抜けていった。
標高2000m、志賀高原と上信越の山並みが一望できる絶景レストラン「THE ROOFTOP DINING」。この展望テラスのお洒落レストランは、平日というのもあり人がまばらだ。
「お洒落―!写真撮っとかなきゃ」
俺はスマホのカメラで何枚か写真を撮る。
「七瀬、メシ食う前からテンション高いな」
柊一さんはにこやかに笑って俺を見た。
メニューを開いてみると、ここの推しはチーズフォンデュ。三種類のプレートと三種類のソースの写真があった。
「ハンバーグもいいね…」
ドリンクの欄に煌々と信州ワインの種類が明記されていた。
柊一さんは運転するから、ワインは飲めない。俺だけアルコールというのも気が引ける。(それに強くないし)ここは大人しくアイスコーヒーにしとこう。
「柊一さんは何にするか決めた?」
「ああ。チーズフォンデュのベーコン&ソーセージプレートと5種チーズフォンデュソース、それにアイスコーヒーだ」
「じゃ俺も同じでいいや」
「好きな物食っていいんだぞ。俺と同じじゃ面白くないだろ」
その言葉に俺はうーんと考えて、
「じゃ、俺は海老&ホタテプレートとプレーンチーズソースとアイスコーヒーで!」
…と、決めた。
柊一さんがオーダーを終え、料理が運ばれてくるのを待ってる時間、俺は足をばたつかせて楽しみにしていた。
名物のチーズフォンデュ。まずチーズフォンデュ自体を食べたことが無いので、それだけで浮かれてしまう。ガキっぽいとは自分でも思うが、ワクワクが止まらない。
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