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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く15

「お待たせいたしました」  運ばれてきたのは、中心でふつふつと音を立てるチーズの鍋と、その周りを彩る大ぶりの海老や艶やかなホタテ、そして色とりどりの野菜が盛られた贅沢なプレートだった。 「うわぁ……!」  思わず声を上げると、柊一さんがクスッと笑う。 「お前、本当に嬉しそうだな。ガキみたいな顔しやがって」 「だってこれ、絶対美味いヤツっしょ!見てよこの海老、ぷりっぷり!」  我慢できずにフォークを手に取り、まずは海老を一本突き刺す。それを中央のプレーンチーズソースへと潜らせた。  とろりと絡みつく濃厚な黄金色のチーズ。引き上げると、細く長い糸が引いて食欲をそそる。  ふーふーと少し息を吹きかけ、一口で頬張った。 「――っ!!」  口いっぱいに広がる海老の甘みと、それを包み込むチーズの濃厚なコクと塩気。噛むたびに旨味が弾けて、思わず目を丸くする。 「んんっ!美味い!美味すぎぃ!!!」 「火傷すんなよ、危なっかしいな」  柊一さんは目を細めて俺を見守りながら、自身のアイスコーヒーに手を伸ばした。  その優しげな視線に少し照れつつ、次はホタテにターゲットを定める。今度はチーズをたっぷりめに絡めて口へ運ぶと、これまたホタテのジューシーな貝汁とチーズの相性が抜群で、自然に足がまた小刻みに揺れた。 「トマトとかも食えよ。バランス大事」 「わかってるよお」  熱々のフォンデュを堪能し、すっきりとした苦味のアイスコーヒーで口の中を潤す。まさに至福の時間だ。 「ねえ、ねえ。柊一さんのそれも、一口もらっていい?俺のも上げるからー!」  俺は自分の皿を少し前に押出しながら、上目遣いで頼み込む。 「構わないけど」  柊一さんは自分のプレートを差し出す。 「ベーコンとソーセージ…どっちにしようかなあ」 「どっちも食えばいいだろ、別に一口って言わないでいいから」 「え?!本当?!じゃどっちもいただきまーす!」  俺はベーコンとソーセージを次々に自分の頼んだチーズソースに絡めて食べる。 「すげー美味しい!!」  柊一さんはそんな俺を見ながら、満足げに笑む。一々その顔が絵になるからズルい。  なんでメディア嫌いなのかな。こんなに綺麗な人なのに。メディア出た方が今よりもっと本が売れると思うんだけどな、業界の末端にいる営業事務している俺としては。 「ねぇ、柊一さん」  もぐもぐと口を動かしながら、俺は気になっていた疑問をぽろりと零した。 「柊一さんって、なんでメディアに出ないの?こんなに綺麗だし、もっとテレビとかインタビューに出たら、今より何倍も本が売れると思うけど……」  営業事務として日々売上データや販促スケジュールを見ている身としては、彼のルックスと才能があれば爆発的なヒットを生み出せる確信があった。もったいない、という純粋なビジネス目線と、ほんの少しのミーハー心が混ざった問いかけ。  柊一さんは持っていたグラスをそっとテーブルに戻し、ふっと困ったような、でもどこか冷めた笑みを浮かべた。 「俺が売りたいのは俺自身じゃなくて、俺の書いた本」  その声は静かで、すとんと胸に落ちるような響きを持っていた。 「顔やキャラクターで本が買われるのは、作家としてあまり健全じゃない。見た目の印象が先行すると、読者が物語を純粋に楽しめなくなるからな。俺の個人的な意見だが」 「あ……」  そっか。この人はどこまでも『作家』なんだ。 売れる売れないの数字ばかり気にしていた自分が少し恥ずかしくなって、俺は小さく縮こまる。 「ごめん、俺、営業事務の癖が出ちゃって……余計なこと口出しした…」 「謝るな。七瀬が俺の本の売れ行きを心配するな。今、どうにかなってるだろ」  柊一さんはそう言うと、ふっと表情を和らげて俺の頭にぽんと手を置いた。 「メディアに出たら、こうしてお前と普通に飯を食えなくなるだろ」  悪戯っぽく微笑むその顔がまたずるくて、俺は心臓が跳ね上がるのを感じながら、慌ててアイスコーヒーを流し込む。  柊一さんカッコイイな。考え方とか生き方とか全部。ルックスだけじゃないっていうのがいい。ルックスだけの人だったら、俺はここまで彼にのめり込まなかった。 (だから、余計勘違いを起こすんだよ……)  慌てて飲み込んだアイスコーヒーが喉を通るとき、少しだけ冷たさが染みて胸の鼓動を落ち着かせてくれる――わけもなかった。 (お前と普通に飯を食えなくなるだろ、って……)  そんなの、まるで俺と一緒にいる時間を大事にしてくれているみたいじゃないか。  ただのセフレ的な関係、それだけの関係なのに、柊一さんは時折こうして、俺の心の柔らかい部分を不意打ちで揺さぶってくる。 「……ずるいよ、柊一さん」  小さく呟いた声は、店内に流れる控えめなBGMにかき消されたかもしれない。 「何か言ったか?」 「なんでもない!」  これ以上赤くなった顔を見られたくなくて、俺は残ったソーセージをフォークで突き刺し、再びチーズソースにどっぷりと浸した。濃厚な味が口いっぱいに広がるけれど、さっきまでの純粋な美味しさの感動に、今は少しだけ甘酸っぱくて苦い感情が混ざっている。  のめり込んだら負けだ。これは彼にとってただのつきあいの範疇だ。彼が俺に執着するのは都合がいいバカな男をキープしておきたい為。  そう自分に言い聞かせるけれど、頭に置かれた手の、心地よい重みと体温の残る感覚がいつまでもリピートする。 「そんなに急いで食うと喉詰まらせるぞ。ほら、水」  柊一さんが苦笑しながら、俺のグラスにピッチャーから水を注いでくれる。その中性的で細い指先を目で追うだけで、また胸の奥がキュンと痛んだ。 「あ、ありがとう……」  視線を逸らしながら水を受け取る俺を見て、柊一さんは何かを察したのか、それともただの気まぐれか、ふっと視線を落として自分のプレートの上の肉を見つめた。 「七瀬」 「うん?」 「……これ、もう一本食うか?」  ぶっきらぼうに差し出されたフォークの先には、こんがりと焼けたジューシーなベーコンが刺さっていた。 「いいの?」 「ああ、どうせお前、それだけじゃ足りねえだろ」 「ありがとう、柊一さん」  俺は満面の笑みで彼の好意に返す。その顔を見た柊一さんもまんざらではない顔を浮かべている。  この何気ない仕草が勘違いを加速させるのに。柊一さんはわかってない。もしわかっててやっているのなら随分な策士だ。バカな俺じゃ太刀打ちできない。

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