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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く23

「お待たせいたしました。レアチーズケーキにアフォガード、それとマンゴージュースにアイスコーヒーでございます」  どうにか手を離してくれた柊一さん。スタッフが来るまでずっと繋いでるんだもんな…。嬉しいけど恥ずかしい。男同士だし周りの目が気になる。  店のスタッフが来て、オーダーしたものがそれぞれの目の前に置かれる。俺は持ってきていたスマホを取り出し、レアチーズケーキのいいアングルを探す。どうやったら「映える」だろう。 「七瀬、それじゃ影が入る」  スマホの画面を覗き込むようにして、柊一さんが横から口を挟んできた。 「え、本当? ……あ、本当だ。俺の頭の影が映っちゃってる」 「少しカメラを引いて、倍率を2倍にしろ。それから皿を光の入る窓側に少しずらす」 「こう……?わ、すごい!なんか一気にお洒落なカフェの写真っぽくなった!」 「お前は本当に、手先を動かす前に頭を使うことをしないな」  そう言いながらも、柊一さんは自分のアイスコーヒーに手を伸ばし、ストローを静かに口に含んだ。その仕草すら絵になるのが悔しい。  カシャ、と画面の中でレアチーズケーキが綺麗に収まったのを確認して、俺は満足してスマホをテーブルに置いた。 「よし、食べるぞー! ……ん、美味しい!」  フォークで小さくすくって口に運んだレアチーズケーキは、濃厚なのに後味がさっぱりしていて、琵琶池を歩いて少し火照った身体にしみ込んでいくようだった。 「柊一さんのアフォガードは?美味しい?」 「ああ。悪くない」  柊一さんは、バニラアイスに熱いエスプレッソがじんわりと溶けていく様をスプーンで崩しながら、淡々と答える。その表情は穏やかだ。 「……何笑ってるんだ」 「え?俺、笑ってた?」 「嬉しそうに口元を緩めてる。子供みたいに分かりやすい」  そう言って、柊一さんはエスプレッソの苦味が混ざったアイスを口に運ぶ。  子供みたい、バカ、小賢しい。彼が俺に向ける言葉はどれも手厳しいものばかりなのに、どうしてこんなに胸の奥が温かいんだろう。 (……やっぱり、俺の負けだなぁ)  セフレなんていう、お互いを縛らない便利な言葉で予防線を張ろうとしていた自分が、急に小さく思えてくる。この人がくれる言葉も、手の熱さも、独占欲も、全部が俺のシンプルな頭をぐちゃぐちゃにする。だけど、そのぐちゃぐちゃにされる時間が、たまらなく愛おしかった。 「柊一さん、それ一口ちょうだい」 「……お前は本当に、人のものが欲しくなる性質(たち)だな」  呆れたように眉をひそめながらも、柊一さんはスプーンですくったアフォガードを、迷いなく俺の口元へと差し出してきた。 「――うん、美味しい。アフォガードって初めて食べたけど美味しいね」 「コーヒー好きにはいいデザートだな。バニラの甘さとコーヒーの苦さが丁度いい」 「なんかわかんないけど、いいね」 「……お前らしい感想だな」  柊一さんは穏やかな笑顔だ。いつもそうやって穏やかに笑っててほしいな。意地悪言わないで。…って無理か。この人だからな。 「じゃあ、七瀬。今度は俺にお前のを一口よこせ」  柊一さんはそう言うと、俺の皿の上にあるレアチーズケーキを視線で示した。 「え、いいけど……はい、あーん」  からかわれた仕返しというわけじゃないけれど、俺はフォークで小さくすくったケーキを、そのまま彼の口元へと差し出してみた。どうせ「自分で食う」と冷たくあしらわれるか、呆れた顔でフォークを取り上げられるかのどちらかだと思ったからだ。  けれど、柊一さんは一瞬だけ意外そうに眉を動かしたものの、逸らすことなく俺の目をじっと見つめたまま、素直にその唇を開いてケーキを口に含んだ。 「……っ」  まさか本当に食べてくれるなんて思わなくて、差し出した手の形のまま俺の動きがピタリと止まる。 「ふん。悪くないな。甘すぎなくてお前好みだ」  彼は何事もなかったかのようにフォークから口を離し、珈琲を一口含んで喉を鳴らした。その堂々とした態度に、恥ずかしさで破裂しそうなのは俺の方だった。誰も見ていないと分かっていても、公共の場で男同士でこんなことをしている事実だけで、顔から火が出そうだ。 「な、七瀬。また顔が赤くなっているぞ。本当にお前は分かりやすい」 「だ、誰のせいだと思ってるの……!」  俺は慌てて残りのレアチーズケーキを口に放り込み、冷たいマンゴージュースを一気に吸い込んだ。濃厚な甘酸っぱさが広がり、どうにか心臓のバクバクを落ち着かせようと必死になる。  窓の外では、時折吹き抜ける高原の風に白樺の葉がサラサラと揺れていた。店内の穏やかな空気と、目の前にいる柊一さんの優しい眼差し。  セフレでもない、友達でもない、名前のない関係。  だけど、お互いのデザートを一口ずつ分け合って、こうして同じ空間で笑い合っているこの時間は、どんな名前がついた関係よりも特別で、甘くて、どうしようもないくらいに俺の心を狂わせていく。 「……そろそろ行くか。あまりゆっくりしていると、ここの閉店時間になるからな」 「え、ここの閉店時間そんなに早いの?」 「ああ、夕方四時には閉まる」 「げ…早くしなきゃ」  柊一さんが伝票を手に取って立ち上がる。その背中を見上げながら、俺は急いで荷物をまとめ、彼の後を追いかけた。 「ここも払わなくていいの?」 「いい。お前は会社に持ってく土産物だけ考えてろ」  申し訳ないくらい彼は俺を甘やかしてる。俺は今回の旅行、結構貯金引き出してきたのに、  ほとんど使っていない。俺が薄給なのは知っているとは思うけれど、まさかここまで至れり尽くせりの旅だとは思わなかった。 「いいのかな…俺してもらってばっかり…何も役に立ってない」 「お前が居るだけで充分役に立ってる、心配するな」 「いるだけで、役に立ってるって……」  レストランを出て駐車場へ向かう途中、俺は柊一さんの少し斜め後ろを歩きながら、その言葉を反芻していた。  彼のような有能で、何でも一人で完璧にこなしてしまう男にとって、俺がいることが一体何の「役に立つ」というのだろう。荷物持ちをしているわけでもないし、運転を代わっているわけでもない。むしろ、昨晩から今朝にかけて、身体のあちこちをガタガタにされて足手まといになっているのは俺の方だ。 「納得がいかない、という顔だな」  前を歩いていた柊一さんが、不意に足を止めて振り返った。  車のキーを指先で弄びながら、彼は相変わらずの涼しい顔で、俺の情けない表情を覗き込んでくる。 「だって……本当に俺、柊一さんに美味しいもの食べさせてもらって、綺麗な景色見せてもらって、わがまま言ってるだけじゃん」 「それが俺の目的だからな」 「え?」

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