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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く31

 クネクネと続く山道を登っていくにつれて、窓から入ってくる風が少しずつひんやりと冷たくなっていく。青々と茂る木々の隙間から見え隠れする空はどこまでも澄み渡っていて、本当に雲の上に近づいているんだと実感させられた。 「ほら、見えてきたぞ」  柊一さんが車を停めたのは、山道の途中にある開けた場所だった。車から降りた瞬間、肌を刺すような清々しい朝の空気に思わず小さく身震いする。 「うわ……すげぇ……!」  目の前に広がっていたのは、言葉を失うほどの絶景だった。  眼下には一面、まるで白い海のように広がる幻想的な雲海。その隙間から覗く山肌の荒々しさと、朝日に照らされて輝く湿原の緑が、絵画みたいに広がっている。 「これが『日本国道最高地点碑』だ。標高2172メートル……下界の暑さが嘘みたいだろ」 「うん……!本当に雲の上にいるみたい……!柊一さん、すごいよここ!」  興奮してはしゃぐ俺の姿を、柊一さんは隣で愛おしそうに見つめている。 「よし、写真撮るぞ。ほら、石碑の前に立て」  一眼レフのデジカメを構える彼に向かって、俺は雲海をバックにピースサインを作った。 「柊一さんも入ってよ!二人で撮りたい!」 「俺はいい」 「えー!」 「デジカメだから無理だな。二人じゃ撮れない」  俺はふくれっ面をする。せっかくここまで来て、柊一さんと二人で撮れないのは勿体なさすぎる。 「じゃ、ここは俺のスマホで撮ろうよ。スマホなら二人で撮れるよ」 「お前な…」 「いいじゃん、ねっ!」  柊一さんは仕方ないなと言いながら、俺のスマホに収まる。肩を寄せていい感じの写真が撮れた。 「……よし、次は最高の朝飯だな」  画面を確認して満足そうに頷く柊一さんの横顔を見上げながら、俺は「最高の旅の締めくくりになりそうだな」と、心の中で幸せを噛み締めていた。 「クランペットって何?」 「馴染み薄いよな。イギリスのパンケーキみたいなやつで、イングリッシュマフィンに近い見た目をしてて、外はカリっと中はもっちりとした食感している食べ物だ。今から行くところは日本初の英国風クランペット専門店」 「お洒落な感じ!なんかよさげー!」 「…相変わらずの語彙力だな。まあ七瀬っぽくていいがな」  柊一さんはまた俺をバカにしている。バカだ、バカだと一々態度に出さなくてもいいのに。 俺のバカさは自分が良く知っている。それを他人から指摘されるとムカつく。意地悪で悪態つくのがデフォルトな柊一さんだし、惚れた弱みもあって少し大目には見ているけれど。 「……まあ、そのバカを気に入ってるのは柊一さんだけどね」  ボソッと小さく呟いたつもりが、耳ざとく拾われたらしく、柊一さんの眉がピクッと跳ねた。 「なんか言ったか?」 「なーんでもありませーん。早く行こ、お腹すいた!」  俺はごまかすように柊一さんの腕を軽く引き、目的のお店へと歩き出す。柊一さんは「やれやれ」といった様子で溜め息をついたが、振り払おうとはしなかった。繋いだ手から伝わる体温が心地いい。  車を降りて、少し歩くと横手山スカイレーターの乗り場があった。 「動く歩道!すげー!!柊一さん、早く、早く乗ろっ!!」 「…またお前は…。ガキじゃねえんだから…」  俺の中にまたも好奇心の女神が降りてくる。この動く歩道はたまらないでしょ!しかもしっかり上へ上へと連れてってくれるんだから。東京ディズニーリゾートに行く時、東京駅の京葉線にある歩く通路より角度がついてるだけに感動する。  スカイレーターを降りると、柊一さんが、「次はスカイペアリフト」だと教えてくれる。俺たちはスカイリフト乗り場に急ぐ。 「わー!!大パノラマ―!横手山もきれいだね」  俺は興奮してアドレナリンが出っ放しだ。隣の柊一さんはまたも「やれやれ」という顔をしている。 「おい、暴れるな。揺れるだろ」  呆れを含んだ声で注意されるが、その手は俺の腰をしっかりと支えてくれている。どんなに口では「やれやれ」と言っていても、こうしてさり気なく守ってくれるところがズルい。 「だって見てよ柊一さん!雲がめちゃくちゃ近いよ!まるで空を飛んでるみたい!」  足元に広がる緑と、見上げる青空。頬をかすめる風は少しひんやりとしていて、心地いい。隣を見れば、相変わらず不機嫌そうな顔をしつつも、その瞳には雄大な景色が映り込んでいた。 「……確かに、悪くない眺めだな」 「でしょー!来てよかったね!」  俺が満面の笑みを向けると、柊一さんは一瞬だけ不意を突かれたような顔をした後、フッと小さく口元を緩めた。その優しい表情に、心臓が跳ねる。景色よりも何よりも、その笑顔が一番胸に刺さった。  やがてリフトが山頂駅へと近づき、係員さんの誘導に従って降り立つ。標高2307メートル。そこには、言葉を失うほどの絶景が広がっていた。 「うわぁ……すごい……!」 「ほら、口開いてるぞ」 「だってすげーじゃん!昨日の東館山もいい眺めだったけど、横手山もいいねっ!」 「ほら、メシ食うんだろ。クランペットカフェ行くぞ」 「え!?あ、ちょっと待って!」  横手山の大パノラマを見ながら、俺は柊一さんを追いかけ、追いついた。柊一さんはにこやかな顔をして待っていてくれた。 「え…ここ、「満天ビューテラス」だって」 「ああ、展望台になってる。ここの併設施設だ、クランペットカフェは」 「なんかそういうの多いね。昨日のランチ食べたとこもそんな感じだったよね?景色良くていいなー」  店内に入ると、焼きたてのクランペットの香りが一気に胸を満たした。店内はかなり広くてソファー席が並んでいる。大きな窓からは横手山の壮大な眺めを楽しめる。  ウエイター等はいないセルフサービス式で、先にオーダーをし、会計を済ませて、料理を待つシステムらしい。  俺は展示されているメニューからダブルクランペット&ベーコン、信州リンゴジュースを選び、柊一さんは卵・ハム・クリームチーズのクランペットにアイスコーヒーをチョイスした。  注文が終わると、柊一さんが会計を済ませ、スタッフから番号の書いてある木製しゃもじを受け取った。 「面白いねー。木製のしゃもじが番号札なんて」 「洒落てるな。こういうのは遊び心があっていいな」  俺たちは窓際の空いているソファー席に座る。 「わぁ~すげー絶景~!いい眺め~!!」 「雄大だな、2000メートル越えの景色は」  お互い窓から見える横手山の一大パノラマに心躍らされていた。 「帰りに、ここの近くにあるパン屋に寄ろう。東京への帰り道、ここのクランペットと昼飯の蕎麦だけじゃ七瀬は腹減るだろう?」 「え?こんな山の頂上にパン屋さんあるんだ!」 「そこは宿泊も出来るカフェになってる。有名なパン屋だ」 「うん、行く!絶対行く!」  志賀高原は見所満載だ。きっと冬になればスキー客で溢れるのだろう。俺はスキーやったことはないが、柊一さんと一緒なら来てもいい。また二人きりの旅がいいけど。 「あ、柊一さん番号呼ばれたよ!」 「取りに行くか。七瀬も来い。自分のオーダー分は自分で運べ」 「わかってる!」  俺たちはソファーから立ち上がり、自分のオーダーした料理を取りに行く。俺は柊一さんの後をついて行った。

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