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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く35
柊一さんはふっと鼻で笑うと、参道の砂利を軽く踏みしめながら歩き出した。
「まあ、金で買えないものを願ってたんなら、神様も聞き届けてくれるんじゃないか?」
「金で買えないもの……」
その言葉に、俺は思わず足を止めた。
新緑の隙間から差し込む木漏れ日が、柊一さんの後ろ姿を柔らかく照らしている。
『これからも、いろんな場所に無事で行けますように』
さっき彼が呟いた願いが、頭の中でリフレインする。……そうだ。本当に叶ってほしい一番の願いは、宝くじの12億円なんかじゃなくて、最初からもう神様に伝えてあったのだ。
「……七瀬?置いてくぞ」
少し先で振り返った柊一さんが、不思議そうに首をかしげる。
「あ、待ってよ!」
俺は急いでその背中を追いかけた。ポケットの中の宝くじのことはもう頭から追い出して、今はこの「これから」の時間を、目一杯かみしめることにした。
「またリフトで降りるんだよね?」
「ああ。往復チケット買ったからな」
「このリフト、気持ちいいんだけどさ。人によっては怖いのかなって」
「だろうな。慣れてない人間や高所恐怖症の人間にとっては、恐怖の対象でしかない」
俺はうん、うん頷きながら柊一さんの話を聞いている。
「俺は高いところ大好きだから、全然怖くないけどね!」
「だろうな、「馬鹿と煙は高いところへ上る」って昔から言うからな」
俺はまたバカ扱いをされてむくれる。反対に柊一さんは余程楽しかったのか、ずっと笑いっぱなしだ。
「ひどっ!バカって言いたいだけでしょそれ!」
俺が膨れっ面で抗議すると、柊一さんはくっくっと肩を揺らして笑いを深めた。リフトを渡る涼やかな風が、パーマでくねった彼の前髪を揺らしている。
「嘘じゃないぞ。昔からそういう諺 があるんだ。まあ、お前みたいに無邪気に高いところを喜べるのは、ある意味才能かもしれないがな」
「褒めてるんだか貶してるんだか……」
呆れ顔で見返すと、柊一さんは俺の頭にぽんと手を置いた。急に大きな手が乗っかってきて、俺は思わず肩をすくめる。
「……まあ、隣で怯えて縮こまられるよりは、そうやって楽しそうにしてる方が見ていて飽きない」
「それ、少しは素直に褒めてくれたってこと?」
「さあな」
柊一さんはそうかわすと、視線をゆっくりと眼下に広がる広大な景色へと向けた。
緑豊かな山並みと、遠くに見える街並み。リフトがゆっくりと下っていくにつれて、心地よい風と解放感が身体を包み込んでいく。
「でも、景色は本当に最高だね」
「そうだな。腹のパンも、少しは消化できただろ」
「あ、忘れてたのに思い出させないでよ!まだちょっと苦しいんだから」
俺がまた抗議すると、柊一さんは「自業自得だ」と小さく笑った。
意地悪な言い方ばかりするけれど、隣に並ぶ柊一さんの表情はどこまでも柔らかく、俺たちの乗ったリフトはゆっくりと麓に向かって進んでいった。
リフトを降り、今度はスカイレーターに乗る。俺は志賀高原のきれいな空気を吸い込む。
「マジで気持ちいいね、ここ。俺の実家よりも緑が多くて空気が澄んでる気がする」
「七瀬の実家ってどこだ?」
「言ってなかったっけ?俺、神奈川の藤沢」
「…知らなかった。湘南育ちか七瀬」
「そうだよ、湘南育ちだよ。柊一さんはどこ?」
何故か柊一さんが黙り込んだ。
「それも秘密なの?」
「……埼玉の川越」
柊一さんは耳朶を赤くし、やや不機嫌そうになる。…可愛い。ダ埼玉って、俺に思われるのが恥ずかしいんだ。「翔んで埼玉」がヒットして、自虐ネタが鉄板の埼玉出身だったとは。
「ぶっ……!ぷはっ、埼玉なんだ!?」
思わず笑いを吹き出してしまうと、柊一さんは途端に眉間にシワを寄せ、そっぽを向いた。
「……何が悪い。文句あるか」
「ううん、文句なんて全然ない!ただ、柊一さんって、もっとこう……東京のおしゃれな港区とか出身なのかと思ってた」
「ふん…。湘南育ちの都会っ子から見れば、ダ埼玉だと思うだろ」
「そんなこと思ってないって!川越って小江戸で風情があっていいところじゃん。それに、埼玉出身ってなんか急に親近感わくよ」
俺が覗き込むようにして笑顔を見せると、柊一さんは赤くなった耳を隠すように軽く首を振った。
スカイレーターがゆっくりと進む中、山頂に近づくにつれて吹き抜ける風が心地よく頬を撫でる。眼下に広がる志賀高原の雄大なパノラマと、すぐ隣にいる少し気まずそうな柊一さん。
「……なぁ、七瀬」
「ん?なに?」
「……後で川越の芋菓子、買ってやるからな」
「自虐混じりの土産予告!?楽しみにしてる!」
意地を張りつつもどこか優しい柊一さんの横顔を見ながら、俺は胸の奥がまたひとつ温かくなるのを感じていた。
「着いたー!」
俺は両手を大きく広げて、満面の笑みを柊一さんに向ける。
「相変わらず、オーバーリアクションだな、七瀬は。今のガキでもやらねえぞ」
「いいの、やりたいの。俺、到着っ!て感じ」
「何だそれ」
「知らない?俺が小さい時見てた、「仮面ライダー電王」に出てくる台詞、「俺、参上!」っていうのに引っ掛けて「俺、到着!」」
柊一さんは首をひねっていた。柊一さんの世代じゃないのかな。仮面ライダーシリーズをずっと見ているような感じでもないし。俺の小さい頃ハマった作品なんだけどな。思わず、俺と柊一さん、10歳の年の差を感じてしまう。柊一さんの小さい頃は仮面ライダー見ていなかったのかな。
「柊一さんは子供の頃、仮面ライダー見なかった?」
気になって尋ねてみると、柊一さんは少し昔を思い出すような顔をした。
「……見てなかったな。子供の頃は特撮より、親の影響で海外の映画ばかり見てたから」
「えっ、そうだったんだ!なんか柊一さんらしくてかっこいいなあ。じゃ、俺が夢中になってたヒーローの話なんて、全然伝わらないよね」
俺が少しだけ残念そうに笑うと、柊一さんはフッと柔らかい表情になって、俺の頭にぽんと手を乗せた。
「伝わらなくても構わないだろ。お前が嬉しそうに話してるのを見るのは嫌いじゃない」
「……っ」
不意打ちの言葉と手の温もりに、心臓がどきりと跳ねる。年の差なんて、こういう時にちょっとだけ寂しく思ったりもするけれど、柊一さんの大人な包容力に触れるたび、やっぱりこの人が好きだなと痛感してしまう。
「『到着』したんだろ?」
「あ……うん!着いた!」
どこかいたずらっぽく笑う柊一さんにつられて、俺の口元も自然と緩む。目の前には、志賀高原の澄み渡る青空と、どこまでも広がる大自然の絶景がパノラマで広がっていた。
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