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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く39

 そばがきに美味しい天ぷら、それに大本命の蕎麦。俺は全てを食べつくして満面の笑顔を浮かべる。 「昼、こんなに贅沢していいのってくらいヤバかった。お腹いっぱい」 「俺もだ。うずら家は期待を裏切らないな。流石、名店だけある」 「ごちそうさまでした!マジでヤバかったぁ……」  俺はお腹を擦りながら、幸せな溜息をついた。すると、タイミングを見計らったかのように店員さんが温かいそば湯とお茶を運んできてくれた。 「お気に召していただけて光栄です。お気をつけてお帰りくださいね」  最後まで温かくて行き届いた接客に、胸までいっぱいになる。  柊一さんがお会計を済ませ、一緒に店を出ると、信州の爽やかな風が心地よく頬を撫でた。 暖簾をくぐったすぐ目の前には、戸隠神社中社の立派な鳥居がどっしりと佇んでいる。 「ふぅ……美味いものを食った後のこの空気、最高だな」  柊一さんも満足そうに空を見上げ、深く息を吐き出した。 「柊一さん、本当に連れてきてくれてありがとう!電話予約のミッションも大成功だったし、最高のランチだったよ」 「お前がちゃんと13時に電話してくれたおかげだからな。グッジョブだったぞ、七瀬」  柊一さんがポンと俺の肩を叩く。その手がなんだか誇らしかった。 「さて、腹もいっぱいになったことだし、腹ごなしに目の前の中社でも参拝していくか?樹齢800年を超える大きな三本杉がある。パワーもらっていくか」 「行く行く!神社お参りして、それから東京に帰ろう!」  俺たちは車に一度荷物を置き、貴重品だけ持って、木漏れ日が差し込む戸隠神社の鳥居に向かってゆっくりと歩き出した。美味しいお蕎麦と素晴らしい景色、柊一さんとのドライブ旅は、まだまだ最高の思い出を更新し続けている。 「すげー太い…それぞれ三本杉の一本がデカい…樹齢800年、伊達じゃないね。すげーパワーありそう――」  俺は、三本杉を仰ぎ見て、俺なりの感想を述べる。 「…だな。天然記念物だぞ、この木」 「天然記念物……!やっぱりただ者じゃないんだな、この木」  俺は感心しながら、もう一度その圧倒的な巨木を見上げた。太く太く育った幹が天に向かってまっすぐに伸び、青空を包み込むように枝葉を広げている。近くに立っているだけで、身体の奥にじんわりと不思議な温かさが満ちてくるような気がした。 「なんかさ……見てるだけで、すごくエネルギーもらえる気がする」 「だろ?戸隠神社は日本有数のパワースポットだからな。この中社だけじゃなくて、奥社へ続く参道の杉並木なんかは、樹齢約400年の巨木がずらっと並んでて圧巻だ」 「へぇ~!奥社の方もすごいんだ……!」 「それに、戸隠神社は心霊スポットでもある。オカルト好きな人間が注目してる場所だ」  俺はその言葉にビクつく。 「えっ…ま、まさかここも??」 「主に奥社の方だな。幽霊の目撃談とかもるらしい」 「や、やめてよぉ~怖いじゃん~っ!奥社行かなくてよかった…」  柊一さんは急に声音を変え、 「奥社への参道には複数鳥居があって、霧の深い日や夕暮れ時に、どこにもない6番目の鳥居が現れて、「その鳥居をくぐってしまうと、二度と戻れなくなる」…っ!」」    柊一さんが最後の言葉を落とした瞬間、まるでタイミングを合わせたかのようにヒュッと冷たい風が吹き抜け、杉の枝葉がガサガサと大きく揺れた。 「ひゃあああっ!?や、やめてよマジで!!」  俺は思わず飛び上がり、隣にいた柊一さんの腕にしがみついた。背筋に一気に冷や汗が吹き出して、さっきまで感じていた不思議な温かさなんてどこかへ吹き飛んでしまう。 「ははっ、冗談だよ冗談。ちょっと脅かしすぎたな」  柊一さんは満足そうに悪戯っぽい笑みを浮かべると、俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。その軽い口調に、俺は脱力してその場にへたり込みそうになる。 「~っ!冗談にならないって!本当に鳥居が見えたらどうすんの!」 「まあ、都市伝説の類いだ。だが——」  柊一さんはふっと笑みを消し、静かに見上げるようにして再び三本杉へと視線を戻した。 「神聖な場所と、怪異が語られる場所ってのは表裏一体なんだ。それだけ人が、人知を超えた何かを感じ取る場所ってことだろうな」  そう言って佇む柊一さんの横顔はどこか神秘的で、さっきまでの悪戯っぽい雰囲気をかすかに残したまま、澄み渡る青空へ溶け込んでいくようだった。 「次は新緑か、紅葉の季節にでもまた来よう。……よし、しっかりお参りして行くか」 「……奥社は遠慮しとく」 「バーカ」  呆れたように笑う柊一さんに、ポンと軽く頭を小突かれる。  俺たちは二拝二拍手一拝の作法で静かに手を合わせ、美味しいお蕎麦を食べられた感謝と、これからの帰り道の安全を祈願した。  神社を後にして駐車場へ戻ると、柊一さんは自然な動作で助手席のドアを開けてくれた。 「さて、安全運転で東京へ帰るとするか。長野ICから上信越道に乗って、関越道経由で戻るぞ」 「うん。よろしね、柊一さん」 「途中のサービスエリアで横川の釜めしでも買って帰るか?」 「えっ、まだ食うの!? ……食うけど!」  ステーションワゴンはゆっくりと戸隠の山道を下り始めた。窓から差し込む午後の優しい光と、戸隠の静けさが、旅の終わりを心地よく彩っていた。 「すげえ、あっという間だったあ。3日間…その前もあるから4日間柊一さんと居れて良かった~。お土産もしっかり買ったし。楽しかった~!」 「まだ帰路途中だぞ。旅はまだ終わってない」 「何言ってるの、ダ埼玉の人」 「七瀬…、お前…!自分が湘南小僧だったからって…っ!お前、そんな口叩いてるとその辺に落としていく!」  可笑しさに口元を緩めたままペットボトルを取り出し、一口、喉を潤す。 「嘘、嘘、冗談だって~。柊一さんカッコいいんだからいいじゃん」 「急に雑なヨイショを入れるな」  柊一さんは呆れたようにため息をついたが、ハンドルを握る手つきはどこか緩やかで、本当に怒っているわけではないのが伝わってくる。バックミラー越しに目が合うと、彼は片眉を軽く上げてみせた。 「そういう口の減らないところだけは、出会った頃から変わらないな」 「えへへ、褒め言葉として受け取っておくよ。……あーあ、でも本当に楽しかったな。明日からまたいつもの日常に戻ると思うと、ちょっと寂しいかも」  ペットボトルのキャップを締め、助手席のシートに背中を深く預ける。車窓の外を流れる夕暮れの景色を眺めながらつぶやくと、柊一さんはしばらく無言のまま静かに高速道路を走らせていた。  やがて、少し柔らかくなった声が聞こえてくる。 「……また来ればいいだろ」 「え?」 「新緑か紅葉の季節に、って言っただろ。今回行けなかった奥社も、まあ……お前がどうしてもって言うなら、昼間の明るい時間につき合ってやる」  ツンとすました横顔だったけれど、夕日に照らされた横顔はどこかやさしい。 「……ほんと!?やったぁ!約束だからね、柊一さん!」  俺が座席で身を乗り出すと、「車内で騒ぐな、危ないだろ」なんて小言を言われながらも、車内にはあたたかい空気が満ちていた。旅の終わりは少し寂しいけれど、次の楽しみが出来たことで、帰り道の足取りは不思議と軽かった。

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