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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く41
「ここ横川だから、ケーキを食うだけじゃなく、峠の釜めしも買えるな」
「峠の釜めし!さっき言ってたね。横川だったら、ここが本家って感じだね」
「そうだな。ここで買うのが正解だな」
「あ!スタバもある!スタバのケーキでもいいよ、柊一さんっ!」
俺は早速車を降りると、柊一さんを急かす。
「どこから行く?峠の釜めし買っちゃう?それともスタバ?」
「ここはパン屋もあるし、ソフトクリームもあるみたいだぞ」
「えー?!迷う、迷う~!」
「そんなに焦るな、七瀬時間はたっぷりあるから」
「パン屋にソフトクリームまであるなんて、そんなの聞いてないよ~!胃袋1個じゃ足りないじゃん!」
大げさに頭を抱えてみせると、柊一さんはくすりと喉を鳴らした。車のドアを閉め、キーをロックするピピッという電子音が夕暮れの駐車場に響く。
「まずはお目当てのスタバでコーヒーとケーキを買って、釜めしは持ち帰り用に包んでもらうか。パンは明日の朝食用に買えばいい」
「……完璧なプラン。さすが柊一さん」
「当然だ。だてにお前より長く生きてない」
ふっと眉を下げて得意げに微笑むその表情に、胸がまたきゅっと締め付けられる。車から降りて冷たい外気に触れたはずなのに、頬の熱が一向に下がってくれない。
二人で並んで施設の中へと歩き出す。家族連れやトラックの運転手たちが行き交う賑やかな 館内に入ると、どこからか香ばしい醤油とダシの香りが漂ってきた。
「うわ、釜めしの匂いすげっ……!一気に腹減ってきたあ」
「お前、よく食うな。午前中もパンとクランペットで腹いっぱいとか言ってたのに…少し前に蕎麦と天ぷら、そばがき食っただろ」
「だって名物ばっかなんでしょ、こういうとこって!着たら漏れなく食べたいじゃん!」
サービスエリアに着き、テンションが上がってる俺を見て、柊一さんは少し困った顔をしながら笑みをこぼす。
「それは、それ。また腹減ってきちゃった!柊一さんケーキとコーヒー!あ、俺はコーヒーじゃなくてアイスティーにしようかなあ~あ、まてよ、こういうとこ限定のメニューあるかも!」
「七瀬、まずは落ち着け。スタバは逃げないから」
「逃げなくても、売り切れるかもしれないじゃん!」
そう言い返しながらも、あまりにも子どもっぽい自分の言動にハッとなって口を噤んだ。
周りを見渡せば、観光客の家族連れや長距離トラックの運転手たちがそれぞれの時間を過ごしている。そんな中で俺ひとりだけ、まるで遠足に来た小学生みたいに浮かれているのが急に恥ずかしくなってきた。
「……ごめん。はしゃぎすぎた…」
急に大人しくなって気まずそうに俯いた俺に、柊一さんは小さく息を漏らすと、すっと手を伸ばしてきた。
大きな手が、ポンと頭の上に置かれる。柔らかく髪を撫でるその温もりに、心臓が跳ね上がった。
「謝るな。楽しそうで何よりだ」
その声は驚くほど穏やかで、優しかった。
「限定メニューが気になるなら、まずはメニュー表を見に行こう。俺が付き合ってやる」
髪から手が離れると、柊一さんは当然のように俺の隣に並び直して歩き出した。
その歩幅は、俺の速度に合わせて少しゆっくりめになっている。
「……柊一さん」
「ん?」
「……やっぱりずるい、大人ぶって」
「大人ぶってるんじゃない。実際にお前より大人なんだ」
ふっと口元を緩めて振り返る横顔。夕暮れ時のサービスエリアの明かりに照らされたその表情があまりにもカッコよくて、俺はまた言葉を詰まらせてしまう。
「ほら、スタバに着いたぞ。何にするんだ?」
「……っ、ええと…アイスティーと、ニューヨークチーズケーキ!」
俺のオーダーに「はい、はい」と柊一さんは嬉しそうに目を細めたのだった。
「…柊一さんはまたアイスコーヒー?」
「うーん、そうだな、コールドブリューコーヒーにするか…」
「……好きだね、アイスコーヒー」
「一番落ち着くからな。俺はいつものやつでいいんだよ」
会計をスマートに済ませてくれた柊一さんからドリンクとケーキのトレーを受け取り、二人でテラス席へと向かう。店内も賑わっていたけれど、少し冷えてきた夕暮れの風を感じる外の席の方が、今の火照った身体には心地よかった。
テーブルにトレーを置くと、柊一さんはシャツの裾を軽く整えながら向かい側の席に腰を下ろす。
「はい、七瀬の分」
「あ、ありがとう……!」
差し出されたフォークを受け取るとき、指先がかすかに触れた。
ただそれだけなのに、心臓が跳ね上がる。慌ててフォークを握り直し、目の前のニューヨークチーズケーキに視線を落とした。しっとりと濃厚そうなチーズケーキ。一口分をフォークですくい、口へと運ぶ。
「……ん!美味しい……っ!」
「そうか。そりゃ良かった」
口いっぱいに広がる甘さと濃厚なコクに、思わず目を見開いて感想を漏らすと、柊一さんはコールドブリューのグラスを傾けながら、心底愛おしそうな目を向けてきた。
「本当に、お前は食べ物で簡単に機嫌が直るな」
「……機嫌悪くなんてなってないって。さっきのは、ええと……」
「ええとの先は…?」
グラスをテーブルに戻し、肘をついて顔を近づけてくる。
夕闇が迫る中、テラスの暖色系のライトが柊一さんの綺麗な輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。少し悪戯っぽく微笑む瞳に射抜かれ、俺はフォークを持ったまま固まってしまう。
「美也子さんへの嫉妬じゃなかったら、何だったんだ?」
逃げ場のない問いかけ。
高速道路の車内でも、このテラス席でも、この人はいつも俺の逃げ道を優しく、けれど完璧に塞いでくる。
「……柊一さんの意地悪」
小さく呟いて、俺は照れ隠しにアイスティーのストローを強く吸い込んだ。冷たい紅茶が喉を通っていっても、顔の熱さは少しも引いてくれそうになかった。
「七瀬のそういう顔見ると、ますますいじめたくなるな」
「ドSなんだからっ!言っとくけど、俺はMじゃないからねっ!」
「ベッドの中では可愛く鳴くクセに…」
突然の夜の情事を彷彿させる発言に俺は耳まで真っ赤になる。
「…そ、そ、そういう事、言わない!誰が聞いてるかわかんないでしょー!!」
柊一さんは意地悪そうに笑っている。
「誰も聞いてないさ。こんな初夏の平日の夕方、外のテラス席にいる物好きなんて俺たちくらいだ」
周りを見渡せば、確かにエアコンの効いた店内には客の姿が見えるものの、テラス席には人影ひとつない。平日の夕闇が迫る頃、多くの会社員はまだ仕事の只中にいるのだろう。冷たいアイスティーのカップを握る手がほんのり熱くなってきているのに気づく。
「……だからって、外でそういうこと言うのは禁止!」
真っ赤になった顔を隠すように、俺は逃げるようにニューヨークチーズケーキを大きめにフォークですくい、口へ放り込んだ。濃厚なチーズの甘さが広がって最高に美味しいはずなのに、心臓のバクバクという鼓動のせいで味が半分くらいしか入ってこない。
「ほら、口の横に付いてるぞ」
「えっ、どこ――っ!?」
指先で教えようとしてくれたのかと思った瞬間、すっと身を乗り出してきた柊一さんの顔が目と鼻の先に迫っていた。
触れるか触れないかギリギリの距離で、親指の腹が俺の口元を優しく撫でる。
その短い接触だけで、全身に電気でも走ったみたいに身体が強張った。
指についたチーズを、柊一さんは俺の目をじっと見つめたまま、迷いもなく自分の唇へと運ぶ。
「……ん。甘いな」
「〜〜〜〜っっ!!」
声すら出ない。あまりの光景に、俺は完全にフリーズしてしまった。
人目がないとはいえ、サービスエリアのテラス席でそんな仕草するなんて、反則どころの騒ぎじゃない。
「ほら、ケーキが落ちるぞ。七瀬」
呆然とフォークを咥えたまま固まっている俺を見て、柊一さんは満足そうに目元を緩めると、自分のコールドブリューに再び口をつけた。
やっぱりこの人には、逆立ちしたって一生勝てる気がしない。
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