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【番外編】静寂の宿で、君という傑作を読み解く43

「あとはパン買って、峠の釜めし買って…あ、車内で飲むドリンク欲しい~」 「順番に買っていくから、そう急かすな」 「あ、高崎のだるまだって!縁起物に買ってく?」 「七瀬、落ち着け。だるまはお前が欲しいなら自分で買ってけよ」 「ぶー。商売繫盛のお守にいいと思ったのに」 「七瀬、俺の仕事を何だと思ってる…」  柊一さんは短いため息をつく。 「冗談じゃん。柊一さんが作家なのは知ってるよー。でも縁起よくね?」 「お前が個人的に買っていくには文句は言わない」 「わかったよお…」  俺はすごすごと引き下がる。面白いと思うのにな、柊一さんの部屋にいきなりだるま!あのシンプルを絵にかいたような上質の空間にだるま!インパクトあっていいと個人的には思うんだけどな。 「……まあ、どうしてもって言うなら、小さめの根付キーホルダーくらいなら許してやる」  あまりに分かりやすく肩を落とした俺を見かねたのか、柊一さんがぽつりと溢した。 「えっ、ほんと!?」 「だだし、置物じゃなくて鍵にでもつけるやつだ。デスクにどんと居座られるのはごめんだからな」 「やったー!柊一さんとお揃いにしよ!」 「俺の分まで買う気か……」  呆れ顔を見せつつも、追い払うような仕草はしない。なんだかんだで甘い柊一さんにニヤニヤが止まらないまま、俺たちは土産物コーナーを冷やかして歩いた。  名物のパンと、夕飯用の『峠の釜めし』、それから車内で飲むためのスポーツドリンクを買うと、両手はすっかり買い物袋でいっぱいに。 「ほら、貸せ。重いだろ」 「あ、大丈夫だって! 柊一さんこそ釜めし重いじゃん」 「いいから寄こせ。お前は足元見てちゃんと歩け」  半ば強引に袋の半分を奪い取ると、柊一さんは先を歩き始める。その広い背中を見上げながら、俺は買い物袋を握り直してその隣へと並んだ。  車に戻ると、外の喧騒が嘘のように静かな空間が俺たちを包み込む。  シートベルトを締めるカチッという音が響き、柊一さんがエンジンをかけた。 「ね、ね、川越寄っていこうよ。柊一さんの故郷じゃん!」 「……七瀬。お前、俺が川越出身だって言うのを完全にバカにしてるだろ。自分は湘南小僧だったからって」 「違うって!柊一さんの故郷を見てみたいの。どういう場所で柊一さんが育ってきたのか知りたいだけ」 「別に隠すような大層な歴史もないがな」  フンと鼻を鳴らしながらも、柊一さんはアクセルを緩やかに踏み込んだ。ナビの画面には、しっかりと『川越』の文字が入力されている。口では呆れたような態度を取りつつも、結局俺の「見たい」を叶えてくれるのが柊一さんだ。 「やった!川越散策だ~!」 「浮かれるな。蔵造りの街並みあたりは車も混むからな」 「わかってるよー」  柊一さんは前方に視線を向けたまま、ぽつりと呟く。 「……湘南の海とは違って、変に洒落たところもない渋い街だ。がっかりするなよ」 「するわけないじゃん。柊一さんが育った街なんだから、楽しみすぎる」  俺は助手席の窓の外へと目を向けた。  車窓を流れる景色が、少しずつ、彼を形作った街へと近づいていく。 「もう夕方五時過ぎだから川越散策っていってもたいしたとこいけない、わかってるな」 「うん、いいよ。それでも。柊一さんの故郷行ってみたいだけ」 「ったく、物好きだな」  柊一さんは小さく吐息を漏らしながらも、どこか嬉しそうに目元を和らげた。  高速を降り、川越の市街地へと足を踏み入れると、夕闇がじんわりと街を包み込み始めていた。観光客のピークは過ぎていて、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。  コインパーキングに車を止め、外に出ると、少し冷えてきた夕暮れの空気が心地いい。 「まずはどこ行く?鐘の音聞こえるところ?」 「『時の鐘』な。……だが、あのあたりは店ももうほとんど閉まってるぞ」 「いいの!建物が見られればそれで」  そそくさと歩き出そうとする俺の手首を、柊一さんが後ろから軽く掴んだ。 「待て。人通りが少ないからって、急に飛び出すな」 「あ……ごめん」 「……それにな」  柊一さんは掴んでいた手首から滑らせるようにして、自分の大きな手を俺の指の間に絡めてきた。恋人繋ぎの形でギュッと握り締められる。 「夕方で薄暗い。迷子になられたら面倒だ」 「〜〜〜〜っ!ここ、柊一さんの地元でしょ!?知ってる人に見られたらどうすんの!」 「こんな時間に知り合いがうろついてるわけないだろ。それとも……嫌か?」  そう言って、柊一さんは意地悪く眉を上げて俺の顔を覗き込んでくる。  西日に照らされた横顔があまりにも格好良くて、俺は反論の言葉を完全に失ってしまった。 「……嫌なわけ、ないじゃん」  ボソッと呟いてギュッと手を握り返すと、柊一さんは満足そうに「よし」と呟き、ゆっくりと歩き出した。  レトロな蔵造りの建物が立ち並ぶ一番街。橙色の街灯がポツポツと灯り始め、幻想的な雰囲気を醸し出している。 「へぇ……すごい、本当にタイムスリップしたみたい。柊一さん、昔ここで遊んだりしたの?」 「まさか。ここは観光客が来るところだ。俺たちが子供の頃溜まってたのは、もっと普通の公園とか駄菓子屋だな」 「えっ、駄菓子屋!?柊一さんが駄菓子屋にいるの、全然想像つかないんだけど!」 「失礼なやつだな。俺だって昔は子供だったんだよ」  くすくす笑い合いながら、二人で静かな小江戸の街を歩く。  有名な観光地巡りもいいけれど、こうして静かな夕暮れの街を、柊一さんの温度を感じながらただ歩く時間が、何よりも贅沢で愛おしく思えた。 「なんかいいね、こうやって歩くの。川越、風情があっていい街~」 「まあ、悪い街ではないな」 「また連れてきてよ。今度は日中、散策できる時間に。美味しいところとか案内して」 「…考えとく」 「なーんだそれ!『絶対連れてく』って言ってよ~」 「約束は安売りしない主義だ。それに……」  柊一さんは歩みを少しだけ緩め、繋いだ手にキュッと力を込めた。指先から伝わってくる体温が、秋口の冷え込んできた空気をじんわりと溶かしていく。 「一回で満足されたら困るからな。次の楽しみに残しておくだけだ」 「……!なんだ、結局また連れてきてくれるつもりじゃん」  意地悪そうに微笑む横顔に胸がキュンと跳ねて、俺は繋いだ手の一歩分、柊一さんに体を寄せて歩いた。  人通りがほとんどなくなった石畳の路地に、ふたつの足音が規則正しく響く。街灯の光に照らし出された二人の影が、ゆらゆらと重なり合いながら長く伸びていた。 「ねえ、柊一さん」 「ん?」 「長野旅行ありがと……川越(ここ)にも来られて、本当に良かった」  照れくささを誤魔化すように小さく呟くと、柊一さんは繋いだ手を自分の上着のポケットの中にすっぽりと放り込んだ。ポケットの中で、二人の手がより一層固く密着する。 「お前が楽しそうにしてるなら、俺も連れてきた甲斐があった」  素っ気ない口調だけど、その声はどこまでも優しくて。  ポケットの中の温もりと、隣から聞こえる静かな呼吸音を感じながら、俺たちは少しずつ夜の帳が下りた小江戸の街並みを、どこまでもゆっくりと歩き続けた。

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