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虹のつづき1

「七瀬、会議室の予約頼む」  直属の上司から声をかけられ、俺は胸騒ぎを覚えて聞き返した。 「もしかして……『関根柊平』のイベント絡みですか?」  上司は黙って頷く。 「本人も来たりするんですか?」 「その予定だ」  柊一さんの双子の兄、『関根柊平』。画家で、柊一さんとは血液型が違うAB型だということ以外、俺は彼のことをよく知らない。柊一さん自身、あまり関わりたくない相手のようだが……。  ——気になる。  柊一さんの身内であり、大切な関係者だ。柊一さんが彼を避ける理由も知りたい。実際に会ってみれば、どんな人なのか少しは掴めるかもしれない。 「その会議には七瀬も出席させるからな」 「え?!俺もですか?」 「とにかく手が足りないんだ。事務方からも七瀬以外に何人か出す予定だから」  まさか会議にまで同席することになるとは思わなかった。だが、会議室で『関根柊平』に会えるなら願ったり叶ったりだ。 「うちの会社がメインで仕切るイベントだからな。粗相のないように頼むぞ」 「しませんって!」  俺は少しおどけて上司に返した。 「『関根柊平』さんのイベント、私も参加することになったんですよ、七瀬さん」  デスクに戻ると、隣の後輩女子が声をかけてきた。 「どんな人なんですかね。画家さんって変わった人が多いイメージがありますけど」 「さあ……俺も全然知らないんだよ」  弟のことなら、それなりに知っているけれど。もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。 「まともな人だといいなぁ。あと、イケメンだったら最高ですね」  顔を見たことはないが、柊一さんと双子で似ているのなら間違いなくイケメンの部類に入るはずだ。俺は今ここにはいない柊一さんの顔をふっと思い浮かべる。 「まあ、そうだね。いい人だといいね」  そう答えながら、心の中で問いかける。  本当に似ているのだろうか。双子と言っても似てないこともたまにある。  仕事終わりのチャイムが響く。残っている仕事もないので、さっさと片付けを始めた。ポケットからスマホを取り出し、画面をのぞき込む。  今日は珍しく、通知がひとつも届いていなかった。  柊一さんはまだ仕事だろうか。最近はマメに連絡をくれていたから、今日も当然のようにあるものだと思い込んでいた。届いていないと分かった途端、胸のあたりが妙に寂しくなる。 「七瀬、今日飲みに行かないか?」  同僚から声をかけられた。普段は断ってばかりだし、たまには付き合おうか――そう思いかけたときだった。  ブブッ、とスマホが震えた。  画面に表示されたのは柊一さんの名前。『今日は来れそうか?』たったそれだけの短文で、同僚の誘いを蹴る理由は十分だった。 「七瀬、最近付き合い悪すぎ」「リア充爆発しろ!」  背中に飛んでくる罵声も、適当に聞き流す。なんと言われたっていい。俺にとって、あの人からの誘いだけは絶対に断れないのだから。  『今から行く』とだけスタンプを返す。俺は同僚たちに「お疲れ様」と声をかけ、一旦自分のアパートへと向かった。  着替えなどはある程度あちらの家にも置いてある。けれど、なんとなく習慣で一度家に帰り、泊まる準備してから柊一さんの家へ向かうのだ。何日も部屋を空けるのは防犯上よくない、という理由づけをしながら。  ――そうだ、プリンも買っていかなきゃ。  柊一さんは基本的に甘いものに興味を示さないが、プリンだけは例外だった。あの舌の肥えた柊一さんがそこまで執着する理由はなんなのか、いつも気になっているけれど未だに聞けずにいる。  付き合い始めて三年。それなりに深い関係にはなったはずなのに、彼にはまだまだ秘密が多すぎる。謎めいているとか神秘的だと言えば聞こえはいいが、好きな相手のことは何でも知りたくなるのが人間の性というものだ。……まあ、単に俺の執着心が強いだけかもしれないけれど。  執着心——。柊一さんも俺に対して、相当強い執着と独占欲を抱いている。それに気づいたのは、長野へ旅行に行ったときのことだ。  だが、柊一さんと違って俺には秘密がない。我が七瀬家は誰もがオープンな性格で、俺自身もほとんどを包み隠さずに生きてきた。もちろん、多少の隠し事くらいはあるかもしれないが、柊一さんとの関係だけは、誰にも打ち明けていない。  俺がヘマをやかさない限り、この秘密には永遠に鍵をかけておくつもりだ。これこそが、俺の人生で唯一の秘密なのだから。  そんなことを考えているうちに、俺の部屋へ着いた。  柊一さんの自宅とはまるで違う、こじんまりとしたワンルーム。セレブな彼が訪れたときには、庶民的すぎて少し申し訳ない気持ちになった部屋だ。  念のため郵便受けをチェックすると、入っていたのはどうでもいいチラシばかり。だが、たまにこういったチラシに紛れて大切なハガキが届くこともあるから油断はできない。チラシ以外は何もないことを確認し、俺は泊まりの支度を始めた。  Tシャツに短パン、それと替えの下着。荷物はこれくらいでいいだろう。歯ブラシも向こうに俺専用のものを置いてくれている。  ……あとは、プリンを買うだけだ。  プリンはどこで買おうか。今の時間だと個人の洋菓子店はもう閉まっているから、デパ地下かコンビニの二択。スーパーなら安上がりだが、セレブな彼には流石に不釣り合いだ。電車を乗り継いで西新宿へ行くのだから、目的地のコンビニで買おうか。  ちょうど帰宅ラッシュの時間帯。電車の中は、そこそこ混雑していた。  俺は西新宿へ向かうため、電車に揺られる。だいたい40分位で西新宿につく。遠苦もない距離。俺はスマホを見ながら時間を潰す。  スマホの画面をスクロールしながら、適当なニュースやSNSを眺めて時間を潰す。車内には疲れた表情の会社員や学生が立ち並び、独特の息苦しさが漂っていた。ガタゴトと規則的な揺れに身を任せていると、頭の中は自然と柊一さんのことばかりになっていく。 (デパ地下で高級なプリンを買っていくか……それともコンビニか)  セレブな柊一さんの口に合うものを考えればデパ地下一択な気もするが、あの人は案外、俺がコンビニで買ってきたような庶民的なスイーツでも「お前が選んでくれたなら」と嬉しそうに食べてくれたりする。そんなギャップを思い出し、胸の奥が少しだけくすぐったくなった。 「まもなく、西新宿、西新宿――」  車内アナウンスに促され、俺はスマホをポケットに押し込んで立ち上がった。ドアが開くと同時に流れてくる、都会特有の少し冷たい空気。  駅から地上へ出ると、ビル群の隙間から見える空はすっかり群青色に染まっていた。目的地の近くにある少し大きめのコンビニへ立ち寄り、スイーツコーナーの前で足を止める。  棚にはいくつかプリンが並んでいた。  ちょっとリッチなプレミアムプリンか、それとも昔ながらの固めプリンか。 「……よし、これにするか」  迷った末にプリンを手に取り、レジで会計を済ませる。ビニール袋から伝わるささやかな冷たさを手に感じながら、俺は柊一さんの待つ高級マンションへと足を進めた。 「柊一さん、意外と昔ながらの固めプリンが好きなんだよな」  思い浮かべた彼の表情に、思わず口元が緩む。  マンションまでは、ここから歩いて5分ほど。一歩踏み出すごとに彼との距離が縮まっていき、それに比例するように鼓動が早くなっていくのが分かった。

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