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虹のつづき5

 始業ベルが鳴る。  俺はスマホを仕舞って、パソコンに向かう。今日入力する伝票を見た。  束になった伝票の数字を1つずつテンキーで打ち込んでいく。機械的な作業の合間、さっき課長から渡されたチラシにチラリと視線を落とした。 『関根柊平 12年の歴史』。  写真の一枚すら載せない頑なさは、弟の柊一さんとそっくりだ。一卵性双生児で、二人揃って顔出しNGのアーティスト。顔が似ているからこそ、表に出ない理由も同じなのだろうか。 「七瀬さん、伝票終わったら今日の打ち合わせ資料の印刷手伝ってもらえますか?」  隣から後輩の声がして、俺はハッと我に返った。 「あ、うん、了解。すぐやるよ」  キーボードを叩く音だけが響くオフィスで、俺は胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。  今日の打ち合わせに、本当に彼は現れるのだろうか。もし来たら――俺は一体どんな顔で、柊一さんの兄と対面すればいいんだろう。  午後の昼休憩が終わり、みなそれぞれの位置に戻った時。 「失礼します、こんにちは」  総務課の女子社員と共に姿を現したのは――『関根柊平』その人だった。  似ている。  涼しげな目元は、弟の柊一さんとそっくりだ。だが、日焼けした浅黒い肌の柊一さんに対し、兄の柊平さんは透き通るような白肌。黒髪の短髪ストレートで、どこか学生のような幼さの残る柔らかい雰囲気を与えている。一卵性双生児とはいえ、纏う空気は全く違っていた。作家でコラムニストの柊一さんの方が、よほど芸術家らしいオーラがある。 「きゃー、イケメン……!」  周りの女子社員たちがざわつき始める。  柊一さんに似ているのだから男前なのは当然だが、まさかここまで雰囲気が異なるとは思わなかった。俺は吸い寄せられるように、兄の柊平さんを目で追っていた。  柊平さんは、俺のいる営業部部長に案内され、打合せブースに入っていった。 「七瀬さん、いつまで見てるんですか!」  隣の後輩女子に突っ込まれ、俺はハッと我に返ってキーボードに手を戻した。 「あ、ごめんごめん」  照れ隠しに苦笑いを返し、伝票の入力作業を再開する。  だが、作業を始めて数分もしないうちに、一番奥にある、打合せブースのガラスドアが開き、営業部長がこちらへ手招きをした。 「七瀬、ちょっといいか?今回のメイン担当として、関根さんに挨拶しておいてくれ」 「え、あ、はい!」  メイン担当?俺いつの間にそんな話になったの?聞いてないんだけど…。  後輩からの「いってらっしゃい!」という羨望の視線を背中に受けながら、俺は打合せブースへと向かった。  ドアを開けると、柊平さんがこちらを振り返り、柔らかく目を細めて一礼する。 「初めまして、関根柊平です。本日はよろしくお願いします」  近くで聞く声まで、弟の柊一さんに驚くほど似ている。少し柊平さんの方が若干高いか。 けれど、差し出されたその手は驚くほど白く、細かった。 「はじめまして! 営業部の七瀬です。よろしくお願いします!」  握手を交わした瞬間感じた視線の鋭さに、俺の頭の中は「え?俺何か粗相した!?」と大パニックだったが、柊平さんは何事もなかったかのようにすっと手を引き、爽やかに微笑んだ。 「七瀬さんにお会いできて嬉しいです。実は、今回のメイン担当に七瀬さんを指名したのは僕なんです」 「えっ、関根さんがですか?でも俺、弟の柊一さんともさほどつきあいもなくて、接点もないはずですが……」 「ええ。僕と柊一は音信不通で、お互い何をやっているかも知りませんから」  悪びれもせずあっさりと言い放つ柊平さんに、俺は言葉を詰まらせた。 「じゃあ、なぜ俺を……?」 「以前、御社のHPの社員インタビューを拝見したんです。七瀬さんの『企画に対する情熱』の記事を読んで、僕の風景画展を任せるならこの人しかいない、と直感しまして」 (そっち!?柊一さん関係ない完全な一本釣り!?)  心の中で激しくツッコミを入れていると、柊平さんはどこか悪戯っぽく目を細めた。 「まあ……あいつが一度も組んだことのない優秀な人と、僕が組んで大成功させたら面白いかな、というちょっとした意地悪もありますけどね」 「はは……」と引きつった笑いを返すしかない俺。  一卵性双生児で連絡すら取っていない二人だが、会わなくてもどこかで互いを意識し合っているのだろうか。 「よし、七瀬。理由はどうあれ指名されたんだ!さっそく打ち合わせを始めよう」  部長に促され、俺は「はい!」と資料を広げた。こうして、音信不通の双子兄弟の影がチラつく、奇妙なプロジェクトがスタートしたのだった。 「七瀬さん、仕事が終わったらコーヒーでもいかがですか?」  打合せが終わると、柊平さんは爽やかに俺を誘ってきた。  だが、今夜は柊一さんから連絡が来るかもしれない。どう断るべきか悩んでいると、俺の迷いを感じ取ったのか、彼は申し訳なさそうに眉を下げた。 「あ……急でしたし、何かご用事でもありましたか?」  そんな顔をされると、なんだか自分がとても酷いことをしているような気分になってくる。 俺はとっさに残業ということにし、彼の誘いを受けることにした。 「いえ、大丈夫です!残業を少し片付けたら空きますので」 「本当ですか?良かったです、ありがとうございます」  不愛想な柊一さんとは対照的な、丁寧で腰の低い対応。顔も声もそっくりなのに、纏う空気がこうも違うものだろうか。俺はまだ戸惑いを残しながらも、柊平さんに愛想笑いを返した。 「でも、俺が終わるまでどうされるんですか?」 「そうですね……銀座の画廊に少し用事があるので、そこを覗いてからまた戻ってきます」 「えっ、わざわざ戻ってきていただくなんて申し訳ないです」  恐縮する俺に、彼はにこりと微笑む。 「いいんですよ。僕は、七瀬さんがどんな人なのかもっと知りたいですから」  その清々しい笑顔につられ、俺は「あ、ありがとうございます」と小さく頷くことしかできなかった。  どこまでも柔らかくソフトな感じの柊平さん。 「あ、じゃあラインとか交換できますか?」  彼はiPhoneのスマホを取り出した。俺と同じiPhone。俺の方が新しいモデルだったけど。 「いいですよ、俺でよければ」  俺と柊平さんはラインを交換した。 「では、また後で。何かあったらラインしますね」  柊平さんは帰って行った。

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