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虹のつづき11

「何か音楽でもかけるか…聴きたい曲あるか?」  俺は逡巡(しゅんじゅん)して、 「『シング・シング・シング』かけて。今、元気なジャズ聴きたい」 と、彼に伝える。 「…わかった」  彼は、アレクサに命令する。程なくして、『シング・シング・シング』が静かなリビングに響き渡る。 「…いいね、このノリがよくて、元気な感じ。…パワーもらえそう」  太一の記憶はまだ完全には消えていない。でも今は、柊一さんとのこの時間が温かくて気持ちいい。 「確か、美也子さんもライブで歌ったことがあるな、この曲」  流石長い付き合いのある柊一さん。美也子さんが歌った曲を覚えているんだ。 「柊一さんはピアノ弾いたりしたの?」 「…この曲は、美也子さんと演(や)ったことないな。他の曲ならあるけど」  同じジャズ仲間である柊一さんと美也子さん。長い付き合いがある上に今は柊一さんのマネージャーも兼ねている。  …少し妬けてしまう。 「七瀬、また美也子さんとのことで嫉妬してないだろうな?」  ギク。  俺は目を逸らし、下手な口笛を吹く。 「…顔に全部書いてある、『俺、美也子さんに妬いてます』ってな」  柊一さんの指摘に、俺はますます目を逸らす。 「……別に、妬いてなんかないし」 「棒読みだな」 「うるさいな、柊一さんは黙って音楽聴いてろよ」  そう言うと、柊一さんは楽しそうに笑った。こういう時だけ、妙に機嫌がいいんだよな、この人は。 「……美也子さんとは、長い付き合いだから馴染んでるだけだ。お前が思うようなことは何もない」 「わかってるよ、そんなこと」 「わかってるわりには、拗ねてるように見えるが」 「拗ねてない」 「拗ねてる」  俺は反論する言葉を探して、結局見つからなくて黙り込む。柊一さんはそんな俺の様子を見て、ソファの隣に座り直すと、ふいに俺の頭をぽんと軽く叩いた。 「……お前が妬く相手は、美也子さんじゃないだろう」 「……は?」 「俺が長く一緒にいるのは、お前の方が先だ。美也子さんとは仕事の付き合いだが、お前とは……」  そこで言葉を止めて、柊一さんは少し照れくさそうに視線を逸らした。珍しい。いつも余裕たっぷりに俺をからかってくるこの人が、こんな顔をするなんて。 「お前とは、そもそも比べる次元が違う」 「……それ、どういう意味」 「言わせるな」  そう言って、柊一さんは俺の頭を軽く撫でる。ジャズの軽快なリズムがリビングに流れ続ける中、俺たちはしばらく無言のまま、ただ隣に座っていた。太一の記憶はまだ胸の奥に残っているけれど、今この瞬間だけは、柊一さんの温かさの方がずっと大きく感じられた。 「……今日は、ありがとう、柊一さん」 「もう何度目だ、その礼」 「言い足りないくらいだから」  柊一さんは呆れたように笑って、俺の肩を抱き寄せた。曲が終わるまで、俺たちはそのまま、静かな時間を過ごした。 「柊一さん、俺ね…柊一さんを説得して来いって言われたんだ」  ふいに、俺は仕事のことを思い出す。 「何を説得するんだ」 「『関根柊平』のイベントのパンフレットに載せるコラムを書ける人間を探してて…、営業本部長が太一の会議の時、柊一さんが来てて…俺が柊一さんと繋がりがあるからって…関根柊一に書いてもらえって…」  柊一さんは押し黙る。  やはりこういう反応になるよね。…想像はしていた。 「別に、俺じゃなくてもいいだろ」 「俺…柊一さんと双子だって言っちゃって…」  柊一さんは俺にデコピンする。 「俺の事は言うなとあれほど…」  ため息交じりに、柊一さんは頭を抱える。 「ごめん…ホントにごめん…。つい、俺口がすべって…」 「はぁ…」柊一さんは大きく息を吐いて、額に手を当てた。 「口が滑ったって、双子だってバラすのが滑ったってレベルの話か?もう会社中に広まってるんじゃないのか、それ」 「い、いや、営業本部長と課長にだけ…多分…」  俺は目を逸らす。自信がない。 「多分、って時点でアウトだろ」  柊一さんはソファに深く座り直すと、しばらく黙って天井を見上げていた。俺は何も言えず、ただその横顔を見ていることしかできなかった。柊一さんが本当に嫌がっているなら、無理に頼むつもりはなかった。でも、正直に言えば――柊一さんの文章を、もう一度誰かに読んでほしいという気持ちも、少しあった。 「……関根柊平のイベントか」  ぽつりと、柊一さんがつぶやく。 「うん。柊一さんが昔書いてたコラムを覚えてる人もいるみたい」 「覚えてる人がいるから、じゃなくて。お前が繋がりあるって言ったから、だろ」  痛いところを突かれて、俺は肩をすくめる。 「……それも、ある」  柊一さんはこめかみを軽く押さえて、それから小さく笑った。呆れたような、それでいてどこか諦めたような笑い方だった。 「一回だけだからな」 「え」 「一回だけ書く。それで貸し借りなし。次からは俺の名前、勝手に出すなよ」  思ってもみなかった返事に、俺は一瞬固まってから、慌てて頭を下げた。 「ありがとう……!本当にありがとう、柊一さん」 「礼はいいから、原稿の締切と文字数、ちゃんとメモして持ってこい。適当な情報しか寄越さないタイプだろ、お前」  図星だった。  なんで仕事を一緒にしたこともないのに、この人にはわかるんだろう。俺がいかにもなわかりやすいタイプだからか。 「明日、会社に行ったときに聞いてくる。原稿の締め切りと文字数だね。…わかった」 「しっかり聞いて来いよ。だいたいどれ位じゃダメだからな。それと、何をテーマに書けばいいのかも聞いて来い」 「うん、わかった。しっかり聞いてくる!」 「……でも、無理だけはするな。また倒れられたら、俺が困るからな」  柊一さんは俺の顔を見て言う。 「俺、そんなにヤワじゃないよ。今回は特別」  俺がそう言うと、柊一さんは真剣な目をして言った。 「特別が何回も続くようなら、それはもう特別じゃない。…お前が受けた傷は俺の傷でもあるからな」  俺は、目を潤ませて、彼に抱きつく。 「柊一さん~好き~!好き~!大好き~!!」  柊一さんは、短いため息をつく。 「まったく、しょうがない奴だな、お前は」  柊一さんの手が、俺の髪をゆっくり撫でている。  しばらく、柊一さんは俺の頭を撫でる手を止めなかった。俺も、その温かさに甘えるようにじっとしていた。

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