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虹のつづき13
柊一さんといる、こういう時間全部が愛おしい。
「柊一さん…俺、柊一さんのこと、すげえ好き。誰にも渡したくないくらい」
柊一さんは、
「バカ七瀬。いちいちそういうことを口にするな、好きって言葉が軽くなる」
と、言い返してきた。
「……じゃ、なんて言えばいい?」
俺が柊一さんに尋ねると、柊一さんは俺の唇にキスを落とした。
「………!」
不意打ちのキスに、俺の顔は一気に熱くなった。
「……言葉は要らない、だろ」
この人は、本当にずるい。
こんなことされたら、俺が何にも言えなくなることをわかっててやっている、確信犯だ。
「……ずるいよ、柊一さん」
「なにがだ」
「そうやって、いつも俺の話を有耶無耶にする」
俺がそう言うと、柊一さんは涼しい顔で肩をすくめた。
「有耶無耶にしてるつもりはない。ちゃんと答えてるだろ」
「キスは答えになってないから!」
「なってる。七瀬が黙るくらいには」
「……それ、ずるいって言ってるの!」
俺が声を上げると、柊一さんはとうとう声を出して笑った。珍しく、肩を揺らして笑うもの だから、俺はなんだか怒る気もなくなってしまう。
「……そんなに笑うことないじゃん」
「悪い悪い。……でもまあ、七瀬がうるさく言わなくても、ちゃんとわかってるつもりだ。俺もな」
その一言に、俺は目を丸くした。柊一さんは気まずそうに、少し早口で続ける。
「だから、いちいち言葉にしなくても、伝わってるってことだ。……お互いにな」
「……柊一さん」
「なんだ」
「今の、ちょっとかっこよかった」
「うるさい。アイス、溶けるって言っただろ」
そう言って、柊一さんは残っていたアイスを一気にすくって口に運んだ。照れ隠しだというのは、俺にはお見通しだった。
俺は笑いながら、自分のアイスも食べ進める。
こういう時間が、この先もずっと続けばいい。
何気ない会話も、時々見せる素っ気ない優しさも、全部ひっくるめて、俺はこの人が好きなんだと、改めて思う。
「ごちそうさま。……明日、頑張ってくるから」
「ああ。……ちゃんと帰ってこいよ」
さっきも聞いた言葉。だけど、何度聞いても、この言葉を聞くと安心する。
「柊一さん…、締め切り近かったんじゃなかったっけ…」
ふと、思い出した。
俺が倒れる前までは、締め切りが近いから会わないってことだった。
「…ああ、それは心配するな。今はお前の体調の方が気がかりだ」
「……ごめん。迷惑ばっかりかけちゃって……。俺の所為で原稿落としたら、申し訳ないし……」
柊一さんは俺の頭を小突く。
「バカ。俺を誰だと思ってる。原稿は落とさない。落とさないように書いてるから、お前が心配するな」
俺は柊一さんにしがみつく。
「ごめん……ごめんね……。俺バカで……どうしようもなくって……迷惑ばかりで……」
「……気にするな、今回の事も迷惑だと思ってない……」
「柊平さんのコラムの事も?」
柊一さんは押し黙る。
「……それだけは、大迷惑だったな。……ったく、俺の事はあれほど言うなと言ったのに」
「……ごめんなさい……」
俺は消え入りそうな声で言った。
「七瀬」
「なに?」
「柊平 の仕事をするのは今回だけだからな」
俺は不思議に思う。あんなに人当たりの良さそうな柊平さんを、どうしてそこまで頑なに拒むんだろう。
「柊平さん、会ったけどいい人だったよ。人当たりも良くて親切だったし」
「柊平 は世渡り上手なんだよ、俺と違ってな」
柊一さんはそう言った。
「柊一さんと柊平さんは違うでしょ、柊一さんには柊一さんの良さがあるし。俺は少なくてもそう思うよ」
俺がそう言うと、黙って柊一さんは俺の顔を見つめた。
クイっと顎を掴まれ、唇を奪われた。
段々、口づけが深くなり、柊一さんは舌を絡ませてきた。
俺は柊一さんにもたれかかると、そのまま押し倒される。
「しゅ、柊一さん…、まだ夕方だし」
「怖いか?」
「こ、怖いわけじゃないけど…その…お日様の光が…、ええと…」
柊一さんは笑って、体を起こした。
「お前が可愛いこと言うから、つい手を出したくなった」
「な、何それ…俺、何か言った?」
柊一さんは、俺の頭を撫でながら言う。
「今日はお前の体調のこともあるから、今日はこのへんにしておく」
俺は顔を少し赤らめ、
「よ、夜になったら、が、我慢しなくていいんじゃない……かな……」
と、呟いた。
「そんな可愛いこと言われたら、夜はつきあってやるしかないな」
彼は妖艶な笑みを浮かべた。その色気にあてられ、俺の心臓はドクンと跳ねる。
「よ、夜にな、なったら……ね」
俺は言葉を紡ぐのが精一杯だった。
陽が段々傾いて、夕暮れの時間。
普通ならば、まだ会社で働いている時間だ。
「これから帰宅ラッシュの時間だね。今日は柊一さんとゆっくりできて嬉しい」
「こっちは心配でそれどころじゃなかったけどな。…お前がゆっくりできたなら、それでいい」
そう言われて、俺は柊一さんに抱きついた。
滅多にない俺の体調不良で柊一さんに心配をかけたのは申し訳ないけれど、こうやって二人でゆっくり過ごせるのも悪くない。これ、怪我の功名ってやつ?
「お前な、いちいち抱きつくなよ」
そう言いながら、彼は俺の髪を撫でていた。
「……バカな子ほど可愛いっていうのは本当だな」
「またバカって言う!」
「バカはバカだろ。それだけは認めろ、七瀬」
「……そりゃ、作家やってる柊一さんから見れば、俺はバカに映るのかもだけど……」
「お前のバカさ加減は俺が作家だろうと関係ない」
「何それ!俺のこと頭悪いって言いたいの?!」
柊一さんはああ言えばこう言う。甘い言葉を囁いたかと思えば、平気で次の瞬間毒舌を吐いてくる。
(…そんな柊一さんも嫌いじゃないんだけどね…惚れた弱みかな)
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