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【番外編】ムーンライトセレナーデ1

 それは土曜日の夜。  柊一さんのマネージャーでもある、ジャズボーカリスト、美也子さんの定期ライブの日。 「今日俺がピアノを一曲弾くと打合せして、決まってるんだ」  そんなこと言われたら、いつだって彼のピアノが聴きたい俺、七瀬晃司にとっては楽しみでしかない。  俺と柊一さんは二人で新宿のジャズバー「クレセント」へ行く。  昭和風な建物と使い込まれたテーブルにソファ。壁にはたくさんのジャズミュージシャンのレコードやサインなどが飾られている。  俺と柊一さんは観客席に座り、オーダーしたバーボンのロック、オレンジジュースをそれぞれ飲んでいる。 「柊一さん、何曲目にやるの?」  俺はオレンジジュースを飲みながら、柊一さんに尋ねる。 「休憩を挟んで、三曲目だ」  俺はそれを楽しみにしながら、待つ。  テーブルに置かれてる琥珀色のシェードランプに映し出される、切れ長の目に端正な柊一さんの顔。目鼻立ちもしっかりしていて華がある。俺は、そんな柊一さんに見つめられている。 「柊一さん……」 「なんだ」 「ゲストで出る場合って、打ち上げとかも行くの?」 「普通はな。でも、今日は七瀬がいるから挨拶だけで帰る」 「あ、ありがとう……。お、俺どうなるのかなって思ってて……」  柊一さんは俺の手に手を重ねる。俺は柊一さんの何気ない仕草にドキンと心臓が跳ねる。 「お前だけ、帰しやしない。帰るときは一緒だ」 「うん……」  俺は彼の体温を感じて、身体が熱くなってくる。 「今は休憩中だ、何か頼みたいものはあるか?」 「お酒飲めないし……、オレンジジュース追加していい?」  柊一さんは店のスタッフに声を掛け、俺にはオレンジジュースを、今度は自分にはバーボンのハイボールを頼んだ。 (今日の柊一さんはバーボンな感じなんだな。俺も飲みたいけど、我慢、我慢) 「ここのオレンジジュースお気に入り~。いつ飲んでも飽きない」 「……だよな。バーテンダーがその場でオレンジ搾ってくれてるから美味いんだよな」 「初めて来た時柊一さんが教えてくれたんだよ。いつ飲んでもいいね、これ」 「俺も気に入ってるからな、「クレセント」のオレンジジュース」  彼は微笑む。その笑みにつられて、俺も笑顔になる。 「お待たせ致しました」  店のスタッフがオーダーした飲み物を持ってきてくれた。空になったグラスも持っていく。 「柊一さん、やっぱり美也子さん、上手いね。あれだけ美人で歌が上手いなんてずるいよね」 「七瀬もそう思うか。神は二物を与えず……っていうけど、あれだけ美人で歌が上手いとはな」  俺は顔をしかめる。 「それ、柊一さんだってそうだからね! 容姿端麗でピアノが弾けて、作家なんだから、三つも持ってるじゃん!」 「……別に俺はたいしたことないだろ」 「それ、何も持ってない俺からすれば嫌味に聞こえる」  柊一さんは苦笑している。 「……七瀬だって十分、顔は整っているだろ。目が大きくて二重で吸い込まれそうで可愛い」 「……お、お、おだてたって、何も出ないからね……」  柊一さんにおだてられて、俺は少し頬を赤く染める。 「何より、七瀬は素直で純粋だからな。……バカだけど」 「一言多いんだけど!」  俺はむくれる。柊一さんは俺の不機嫌な顔を見て笑っている。性格悪い!  柊一さんは一口バーボンを飲む。 「柊一さんは、イケメンでピアノが弾けて、頭もいいけど……その分、性格悪い」  柊一さんは笑っている。 「性格が良かったら、七瀬が入る余地ないだろ。俺が性格悪いから、こうして七瀬といられるんだ」 「何それ!? 今だって十分モテてるじゃん! バレンタインとかチョコ山ほどもらってるじゃん!」  柊一さんは短いため息をつく。 「今度は嫉妬か? 忙しいな、七瀬は」 「べ、べ、別に嫉妬なんてしてないし!」  柊一さんは頬杖をつき、笑う。 「七瀬見てると飽きないな。一人百面相。全部感情が顔に出てる」 「……またバカにしてる……っ!」 「バカにしてなんてない。それだけ素直なんだろ、七瀬は」  俺は何も言えずに、オレンジジュースを飲む。 「なんにせよ、七瀬は可愛いよ」 「お、男に向かって可愛いとか……」 「可愛いものは可愛いだろ?」  口では、とても柊一さんに敵わない。口以外も、かな?  店内に流れていたBGMが止まる。休憩が終わり、ライブの後半が始まる。  俺たちはステージを見る。バンドメンバーが定位置に立っている。ボーカルの美也子さんもステージに立っている。  美也子さんの簡単なあいさつの後、曲が始まる。俺の知らない曲だ。美也子さんは日本語ではなく、英語で歌っている。美也子さんの透き通るようなクリアな声が店内に響き渡る。  俺はオレンジジュースを一口飲む。美也子さんの声を聴きながら、柊一さんの顔を見る。彼はステージに見入っている。自分も立つステージだから、真剣に見ているのかもしれない。  柊一さんのピアノは家にピアノが無いので、こういう場所でしか聞けない。俺はピアノとかよくわからない。ただ、普段クールな柊一さんが、ピアノを弾くときだけは情熱的になる。そんな貴重な彼の顔が見られる。  普段の柊一さんもクールでカッコいいが、情熱的な柊一さんは、さらにカッコよく見える。  初めて見た時は、そのギャップに心を撃ち抜かれ、どうにかなりそうだった。  またその柊一さんが見られる。俺は彼の横顔を見ながら、そんなことを考えていた。

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