119 / 121

【番外編】ムーンライトセレナーデ3

 『Fly Me to the Moon』が、終わり五曲目が始まった。 「『What a Wonderful World』だな、マイケルジャクソンも好きだった曲だ」 「そうなの?ジャズの曲をマイケルジャクソンが?」 「ああ、結構有名な話だ。マイケル・ジャクソンが作詞にも関わった『We Are the World』にも通じるものがある、という解釈もあるな」 「『We Are the World』!俺も知ってる!へえ、あの曲ってマイケル・ジャクソンが歌ってるだけじゃなかったんだ!」  柊一さんの博識さには驚かされてしまう。俺にとって歩く百科事典のような存在でもある。  作家として言葉を操るだけじゃない。圧倒的な知識量だ。感嘆するしかない。 「……言われてみれば、なんかこの曲イメージ『We Are the World』にも近いものがあるね」 「……俺の話を聞いて、そう思っただけだろ」 「ち、違うよ!なんとなく、なんとなくそう思ったんだよ!」 「なんとなく……か。七瀬らしいな」  柊一さんは笑いながら、ステージを見る。  ……俺だって、雰囲気で察することぐらいできる。  知識はないけど、ハートで感じる!……んだけどな。 「Thank you!」  美也子さんが曲が終わって、ステージから手を振っていた。  これでライブ本編が終わった。  拍手が鳴り止まない。これはアンコールの流れだろう。 「ありがとうございます!アンコールいくわよー!」  アンコール曲が始まった。 「おっ、このイントロ『L-O-V-E』か」  柊一さんが言う。周りの客からも歓声が上がる。  ……有名曲なんだな。俺はまだ履修済んでないからわからないけれど。  美也子さんも笑顔で歌っている。曲調からして、みんなハッピーになれる感じだ。  柊一さんはステージを向いている。俺は柊一さんの横顔を見ている。  この曲が終わったら、次の曲は柊一さんのピアノが聴ける。俺はピアノの方を見る。  今は女性のピアニストだ。次の曲でそこに柊一さんが入る。 (カッコいいところみせてくれるのかな…)  曲が終わり、前に出てきた女性のピアニストがゲストプレイヤーの柊一さんの名前を呼ぶ。  柊一さんは席を立って、ピアニストの女性と軽いハグをし、奥の方にあるピアノに向かう。  社交辞令なんだろうけど、女性ピアニストとのハグか。少しだけ、イラつく。  曲が始まった。  曲調もあって、今度は柊一さんの情熱的なピアノが見える。  曲の途中で、ピアノソロになる。  柊一さんだけのステージ。あまりにカッコよすぎる。  さっきまで女性とのハグにイラついていたことなんて、すっかり吹っ飛んでいく。  ……柊一さんしか見えない。  スポットライトを浴びて、情熱的にピアノを弾く姿に心を鷲掴みにされる。  ピアノソロが終わり、またバンドの演奏が始まる。  ……ごめん、美也子さん。  美也子さんのライブなのに、俺、柊一さんしか見てない。 (……だって、あんなにカッコよく弾かれたら、釘付けになるよ!)  アンコールが終わり、柊一さんは前に出てきて、美也子さんやバンドのメンバーと共に一列になり、お辞儀をする。  拍手が止まない。大喝采だ。  そんな大喝采を受けたばかりの柊一さんが俺の席にやってくる。 「七瀬、挨拶だけしてくるから、店の前で待っててくれ」 「うん。……でも、挨拶だけでいいの?」 「ああ、今日はお前と来てるからな」 「う、……うん」  俺は少しぼうっとしたまま、店を出る。  客が次々に帰っていく。  俺は店の前の階段を眺めつつ、柊一さんのピアノを思い出す。  最初は美しく、最後は情熱的に。  柊一さんのピアノに、俺の全部を持っていかれる。  俺の中にあったものすべて、柊一さんの色で塗り替えられる。 「ゲストプレイヤー、なかなかいい音出してたな」  壮年の男性が、同年代くらいの女性に話しかけている。その女性も、 「見どころ多いライブだったわね」 と、語っている。 (そりゃ、柊一さんがピアノ弾いてるんだから、当たり前だよ!)  俺は、自分のことでもないのに、得意げになる。  俺の好きな人は、あれだけ美人で、ピアノで人を惹きつける人なんだと自慢したい。 「……待たせたな、七瀬」 「ううん。お客さん、みんな柊一さんのピアノ褒めてたよ」 「そうか?」 「いい音出してたって」 「なによりだ」 「俺には柊一さんしか見えなかったけどね」 「……お前は相変わらずだな」  そう言って、柊一さんは笑う。  階段を上り、空を見上げると大きな満月が見えた。 「今日は満月だな」 「うん…」 「今日は表通りまで散歩がてら歩くか」 「それいいね。満月、綺麗だもんね」  俺と柊一さんは細い路地を歩いて行く。 「俺さ……、柊一さんのピアノ聴く度にドキドキする」 「音、聴いてないのに?」 「……そ、それは……も、申し訳ないけどっ」 「……で、どうした?」  俺は咳ばらいをして、言葉を繋ぐ。 「普段しない表情したり、改めて美人だったんだって気づかされたり……」 「それ、俺の音と関係ないだろ」 「そうなんだけど! ……でも、柊一さんのピアノでしかわかんないとこだから」 「ふうん」  柊一さんは俺の顔を見つめる。 「……柊一さん、ちょっとだけ手、繋いでいい?」  柊一さんは手を伸ばしてきた。 「え? いいの……」  俺は、柊一さんの手を掴む。 「俺は七瀬と来れて良かった」 「え?!」  いきなりそんなことを言われて、俺は目を丸くする。 「少しでも俺の好きなジャズを楽しんでもらえて……それに」 「それに?」 「……お前といると退屈しない。……癒される」 「……!」  俺は柊一さんの琥珀色の瞳を見つめる。 「……じゃ、じゃ、言ってほしいことがあるんだけど……」 「ん……?」 「ずっと一緒に居たいって言って」  柊一さんは、少し耳を赤くして言う。 「俺もそう思ってた」 「………!」  俺も耳まで顔を赤くする。 「言わせておいて、照れるな。七瀬」 「……だ、だって……」  まさかそんなことを言われるとは思わなくて、ドギマギしてしまう。 「……しゅ、柊一さん……、キ……」 「……キ?」 「……キ……ス、してもいい?」  柊一さんは呆れたような顔をする。 「……バカップルでもないのに、か?」 「い、い、いいじゃん……。ここ、歩いている人少ないし」  俺は言い訳をする。実際、今ここを歩いているのは俺と柊一さんだけだ。 「………っ!」  柊一さんは、俺の頬にキスを落とす。  柊一さんからされるとは思わなかったので、心臓が跳ねる。 「七瀬」 「うん?」 「また俺のピアノが聴きたくなったら、言えよ」 「……ひ、弾いてくれるの?」 「ああ。今度はちゃんと俺の音、聴けよ」 「……努力する」  満月は俺と柊一さんの姿を照らし、星たちと共に夜空を彩る。  それは東京、新宿の片隅。  小さな路地。  少しだけ柊一さんに近づいた夜。 Fin.

ともだちにシェアしよう!