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虹のつづき14

 スマホの呼び出し音が鳴る。  柊一さんのスマホだ。柊一さんはスマホを手に取った。 「ああ、今日はダメだ。先客がいる」  相手は誰なんだろう。この時間に電話してくる相手…。 「……埋め合わせ?構わないけど、俺が仕事忙しくない時ならな」  なんだろう、この胸がモヤモヤする感じは。 「ああ、それならそれでOKだ。別に悪くない。じゃ、またな」 「柊一さん、今の誰?やけに親しそうだったけど……」 「昔のジャズ仲間。美也子さんのライバルになるのか、女性ボーカリストだ」  ……やっぱり女性だった!昔のジャズ仲間って、柊一さんとどれくらいの仲なんだろう。「じゃ、またな」って、柊一さんは言っていた。俺は唇を尖らせる。 「わかりやすいな、七瀬。また嫉妬か」  柊一さんは笑った。 「……俺が居なかったら、この部屋に来てたかもしれないってことでしょ?」 「……想像に任せる」  それって、認めてるってことだよね!柊一さんの部屋はやはり女性たちが行き来している。 「……俺の立場ってどんなんだよ……」  俺は呟いた。 「七瀬は七瀬だろ、それ以上でもないし、それ以下でもない」 「それがわからないって、聞いてんの!」  恋人同士なら、目の前で堂々と浮気をしているということになるけれど、俺と柊一さんの関係は『ラベルのない関係』。友達以上で恋人未満というやつなのか? 「柊一さんはずるいよ、俺の気持ちわかってるくせに、なんだかんだ言って女性と会うんだから。……俺、柊一さんしかいないのに……」 「……仕方ないだろ、昔からの付き合いもあるからな。俺も彼女のライブ、今でもピアノ弾くし」  そんな言い訳聞きたくない。 「……俺だけ、見てて……」  思わず、本音が口から零れ落ちた。 「つきあいも仕事のうちだろ、少しは慣れろ」  彼の言葉に、俺は俯いた。 「……慣れる?仕事だ仕事だって言ってベッドに誘うのが?」 「……七瀬、違う……」 「違わないよ!柊一さんのベッドルーム、俺じゃない時は女性と寝てるんだろ!……わかってるもん!」 「……七瀬!」  柊一さんの声が、思っていたよりずっと近くで響いた。  顔を上げると、彼はソファから立ち上がって、俺の目の前に立っていた。いつもの飄々とした笑みはどこにもない。 「……お前、本気でそう思ってるのか」 「だって……だって、そうとしか見えないじゃん」  言いながら、声が震えているのが自分でもわかった。泣くつもりなんてなかったのに、視界がじわりと滲む。格好悪い。こんなことで泣くなんて。  柊一さんは小さく息を吐いて、片手で自分の前髪をかき上げた。困ったときの癖だ。 「……七瀬。俺は、ベッドに女を連れ込んだことは一度もない」 「……え?」 「昔の仲間も、ライブの打ち上げ帰りに誰かが来たことはあるが、リビングまでだ。ベッドルームに入れたことはない」  俺は瞬きをした。頭が追いつかない。 「じゃあ、さっきの『想像に任せる』って……」 「お前が妬く顔が、面白かったから」 「はあ!?」  思わず大きな声が出た。涙も引っ込む。 「ひどい!こっちは本気で悩んでたのに!」 「悪かった。……いや、悪いと思ってる。半分は」 「半分って何だよ!」  柊一さんは苦笑して、それから、ふっと視線を逸らした。 「……半分は、俺も試してたのかもしれない。お前が、どこまで俺のことを気にするのか」  その横顔が、いつもより少しだけ幼く見えた。 「柊一さん……」 「ラベルのない関係、なんて言えば聞こえはいいけどな。名前をつけたら、壊れそうで怖かったんだよ。俺は」  初めて聞く、柊一さんの弱音だった。  胸のモヤモヤが、少しずつ形を変えていく。腹立たしさと、愛しさと、それから安堵と。全部ごちゃ混ぜになって、どうしていいかわからない。 「……壊れないよ」  俺は、柊一さんのシャツの裾をぎゅっと掴んだ。 「俺、そんなに簡単に壊れないから。名前つけても、つけなくても……でも、俺だけ見てて欲しいって気持ちは、ちゃんと聞いてよ」  しばらく沈黙が落ちた。  時計の秒針の音だけが、静かな部屋に響く。  やがて、柊一さんの大きな手が、俺の頭にぽんと乗った。 「……わかった。ちゃんと聞く」 「ほんとに?」 「ああ。ただし」 「ただし?」 「俺の仕事が忙しいときは、拗ねるのを三割減らせ」 「……交渉すんの、そこ!?」  呆れて見上げると、柊一さんは今度こそ、いつもの笑みを浮かべていた。でもその目は、さっきまでよりずっと優しい。 「冗談だ。……七瀬」 「なに」 「今夜は、先客がいるって言っただろ。あれ、お前のことだ」  一瞬、意味がわからなかった。  それから、じわじわと頬が熱くなる。 「……最初から、そう言えばいいじゃん……」 「言っただろ、『先客がいる』って」 「わかりにくいんだよ、柊一さんは!」  そう文句を言いながらも、俺の口元は勝手に緩んでいた。  ――ラベルなんてなくてもいい。今夜だけは、そう思えた。

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