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第3話「怖い」
「と、遠月、冬斗です……。よろしくお願い、します」
視線が痛い。
教室には全校生徒の二十人が全員揃っていた。学年やクラスがないのだと、あらかじめ一葉に聞いていたからそれについての驚きはない。
それよりも驚いたのは、冬斗が教室に入ったときにぴたっとざわめきが止み、痛いほど視線を浴びたことだった。
「おー! 本当に転校生だ!」
ひときわ元気そうな声が、静まり返った空気を破った。
全員の視線が自分に痛いほど突き刺さる。体に穴が開きそうだった。
「遠月、よろしくな。みんな、どんどん話しかけてやってくれ」
担任の余計な一言を皮切りに、堰を切ったように人の群れに飲みこまれる。
「ねえねえ、冬斗くんって、東京から来たんだよね?」
「なあ、向こうってどんな感じなん? やっぱ人多いんだろ?」
「あ、冬斗って呼んでもいい?」
「学校帰りにスタバ行くって本当?」
とたんに冬斗の周りには人だかりができていた。
「あ、う、あ……」
こんなに人に囲まれたことは初めてで、冬斗はどこを向いて誰に返事をすれば良いか分からなくて目がチカチカしてきた。
(だ、誰か助けてくれ……!)
冷や汗をかき始めた時、凛とした声が響いた。
「────みんな、落ち着けよ。冬斗、困ってるだろ」
静かで穏やかな声。だけど、ざわめきの中でなぜかはっきりと聞こえた。
とたんに周囲の同級生が一葉の方を見て、ぴたっと話すのをやめる。
「……たしかに、そうだよね。ごめんね、冬斗くん」
「ごめん、ごめん。驚かせたいわけじゃないんだ」
さざなみが引くように生徒たちの興奮が鎮まり、そこからは少しずつ落ち着いて話ができるようになった。
ぽつりぽつりと自分なりに言葉を丁寧に返していると、視線を感じた。
こっちを見ていた一葉と目が合う。相変わらず柔らかい笑みを浮かべる一葉に、どうしたら良いかわからなくて、慌ててうつむいた。
◆
転校初日は、想像していたよりもはるかに順調だった。というより、できすぎていて怖いくらいだ。
『みんな、冬斗と仲良くしてあげてね』
最初はどうなることかと思ったが、一葉のおかげで、なんと冬斗は白水高校の生徒たちの輪の中に入れてもらえている。
部屋に帰ってきて、すぐにSNSで繋がれた同級生たちのリストを眺めた。
まだ頭がふわふわしている。こんなこと、人生で初めてだ。
(一葉ってすげえな……)
明らかに一葉が白水高校の中心で、カーストの頂点だ。
一葉が東京の高校にいたとしても、絶対に人気者になる。というか都内の生徒たちは勝手にSNSに動画投稿するに違いない。動画のタイトルは「イケメンすぎる高校生」。万バズは確定だ。というかむしろモデルか芸能人のスカウトは確実にされて芸能界デビューは間違いなしだろう。
(そんなすごいやつが、俺に優しくしてくれるなんて……。夢か? これ、夢なのか?)
自分のようなこんな陰キャにも優しくしてくれる。神は二物を与えないとは盛大な嘘だったのだ。二物どころではない。俺が百万回生まれ変わったとしてもきっと一葉にはなれない。どんな徳を積んだらああなるんだろう。
(……でも、一葉がいて良かった)
じわじわと嬉しさが込み上げていると、不意にスマホの通知が鳴った。
【藤堂 伊織 :あ、そうだ、明日、体育あるからジャージ忘れずにな】
連絡先を交換した伊織だ。真っ先に教室で元気な声を上げた伊織みたいなタイプは冬斗の一番苦手なタイプで、まず接点は皆無だろうと思っていた。でもまさかまさか向こうから親しげに話しかけてくれるなんて。
伊織と連絡先を交換した時のことを思い出す。
『なあなあ、インスタ交換しようぜ。まあ、つってもあんま投稿とかしねえけど』
『へっ!? あ、インスタ……? い、いいけど……』
『あ、アイコンにしてる子、俺も好き』
『え、マジ? めっちゃ可愛いよな。特にこの時の衣装が最高で』
『めっちゃわかるわ! いつもとちょっと違うのが良いんだよな!』
『そうそうそう!』
意外にも盛り上がって、LINEまで交換してしまった。あんな「ザ・陽キャ」と連絡先を交換できるなんて、いまだに信じられない。
感極まりながら、トーク画面を見つめる。
【冬斗:おう。ありがと】
素早く返信をして、トーク画面を閉じた。
友達とのやりとりが、こんなに普通に成立していることが信じられなかった。
嬉しさに打ち震えていると、再びスマホが震えた。
「わっ」
今度は一葉の名前が表示されていた。
【椿 一葉:そういえば、冬斗、明日もバスで登校する?】
(こ、こんなにメッセージが……!)
【冬斗:そのつもり】
【椿 一葉:良かった。明日も隣、座って良い?】
「お、おおう……」
思わず驚嘆の声を漏らす。
一軍様と、いや、神様と、そんな、いいんですか。
冬斗は思わず口を覆った。
耐えられるか。自分に。
いやでも、一葉ならいけるか? いや、もうわからない。とにかくなるようになれだ。
【冬斗:もちろん】
返信してキャパオーバーになり、ぼふっとスマホを布団の上に投げて手で顔を覆った。
「わー、やばいって、やばいって……」
言葉にならない声が漏れる。
(それにしても、一葉はなんでこんなに優しくしてくれるんだ……? いや、イケメンだからか。性格もイケメンってことか、おい)
じたばたと布団の中で悶えていると、下の階から晩御飯を告げる母親の声が聞こえてきたので、冬斗は我に帰った。
◆
かごめ かごめ
かごの中の鳥は
いつ いつ でやる
────また、歌が聞こえる。
暗闇の中で、歌が響く。透き通ったようにきれいな女の人の歌声。なんだかとても懐かしい。
その歌声は遠くからやってきて、やがてだんだんと近づいてくる。そして、はっきりと耳元で聴こえるようになった。
歌が止まる。
ゆっくりと瞼を開いた。
(ここは……)
目を開いて、驚いた。
行燈(あんどん)の火が揺れて、濃い影を畳に落としている。散らばった豪華な着物がぼんやりと照らされていた。
視界が低い。這いつくばっているからだと、遅れて気がついた。
細くて白い腕が視界に入る。白い和服を着ているらしい。
(なんだ……?)
不思議に思って、首を傾げた時。
突然だった。
────恐怖、切なさ、混乱。
複雑に入り混じった感情が、唐突に胸に流れ込んできて、冬斗は混乱した。
訳はわからないが、今すぐにここから走り出して逃げ出したくなった。
不意に、腰を掴まれた。
ひんやりとした感触に、呼吸も揃わないまま恐る恐る振り返る。
(え……!?)
────そこには、一葉がいた。
いや、正確には一葉によく似た男がいた。
まっすぐに冬斗を見つめる、その目。冬斗は息を飲んだ。
鏡で何度も見た、見間違えようもない、その瞳。
(俺と、同じ目……?)
絹のように美しい銀色の長髪がサラ、と揺れる。その顔かたちは一葉そのもので、ますます訳がわからなくなる。
(いや……やっぱり、一葉じゃない)
一番違うのは、表情だった。一葉のようなやわらかい表情ではなく、目の前の男は冷たくて何を考えているのかわからない表情をしている。
言いようのない得体の知らなさに、ぞわりと背筋が震える。
自分と同じ瞳が、冬斗をじっと見下ろしてくる。
背中をくすぐる、さらさらとした長い髪。腰に添えられた、長くすらりとした冷たい指。
閉ざされたこの部屋を。覆い被さっている男を。不思議とよく知っていた。
『お前は……温かいな』
一葉と同じ声。だけど、もっとずっと無機質に感じられた。
男の体はどこも冷たいのに、吐息だけが熱い。
背後から抱きしめられる。背中から伝わる冷たい体温と、驚くほど遅い鼓動。
普通の人間じゃないと思った。
『や、やめ……』
弱々しく、か細い声が喉から出る。
自分の声がいつもと違う。自分だけど、自分じゃない。
顎をそっと掴まれ、後ろを向かせられる。
男の顔が目の前にあって、思わず息をのむ。
自分と同じ紫水晶の瞳に、一葉とそっくりな美しい顔。
紫水晶の瞳の奥に、どこか見覚えのある、怯えた少年の顔が写っていた。
――脳裏に炎がよぎる。
闇に揺れる石畳。
道を開け、跪く民衆。
そして、自分をじっと待つ、薄氷のように美しい白銀の男。
――“怖い”
――“……助けて”
額に傷を持つ、黒い濡れたカラスのような黒髪を思い出す。
冬斗は、そっと目を閉じた。
『……来い』
自分を呼ぶ声が、聞こえた気がした。
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