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第3話

「と、遠月、冬斗です……。よろしくお願い、します」  見慣れない校舎。知らない教室。慣れない空気感。初めて聞く声、ざわめき。  教室には全校生徒の21人が全員揃っていた。学年やクラスがないのだと予め一葉に聞いていたから、それについての驚きはない。  それよりも驚いたのは、冬斗が教室に入ったときにぴたっとざわめきが止み、痛いほど視線を浴びたことだった。 「おー! 本当に転校生だ!」  ひときわ元気そうな声が静まり返った空気を破った。  21人全員の視線が自分に痛いほど突き刺さる。体に穴が開きそうだと思った。 「遠月、よろしくな。みんな、どんどん話しかけてやってくれ」  担任の余計な一言を皮切りに、堰を切ったように人の群れに飲みこまれる。 「ねえねえ、冬斗くんって、東京から来たんだよね?」 「なあ、向こうってどんな感じなん? やっぱ人多いんだろ?」 「あ、冬斗って呼んでもいい?」 「学校帰りにスタバ行くって本当?」  とたんに冬斗の周りには人だかりができていた。 「あ、う、あ……」  こんなに人に囲まれたことは初めてで、冬斗はどこを向いて誰に返事をすれば良いか分からず、頭がオーバーヒートを起こしそうになる。 (だ、誰か助けてくれ……!)  目をぐるぐると回していると、凛とした声が響いた。 「みんな落ち着けよ。冬斗、困ってるだろ」  柔らかいが、低くてよく通る耳触りの良い声。  とたんに、周囲の同級生がぴたっと話すのをやめた。 「……たしかに、そうだよね。ごめんね、冬斗くん」 「ごめん、ごめん。驚かせたいわけじゃないんだ」  さざなみが引くように生徒たちの興奮が鎮まり、そこからは少しずつ落ち着いて話ができるようになった。  ぽつりぽつりと自分なりに言葉を丁寧に返しながら、ちらりと一葉の方を見た。目が合う。  相変わらず柔らかい笑みを浮かべる一葉に、なんだかどぎまぎして、ぱっと視線をそらした。 ◆  転校初日は、想像していたよりもはるかに順調だった。  最初はどうなることかと思ったが、一葉のおかげでなんとか輪の中に入ることができた。  SNSで繋がれた同級生たちのリストを見て、自室の布団の中で足をもぞつかせた。  (本当に一葉に助けられたなあ)  一葉が東京の高校にいたとしても、絶対に人気者になる。というか都内の生徒たちは勝手にSNSに動画投稿するに違いない。動画のタイトルは「イケメンすぎる高校生」。万バズは確定だ。というかむしろモデルか芸能人のスカウトは確実にされて芸能界デビューは間違いなしだろう。 (そんなすごいやつが、俺に優しくしてくれるなんて……)  自分のようなこんな陰キャにも優しくしてくれる。神は二物を与えないとは盛大な嘘だったのだ。二物どころではない。俺が100万回生まれ変わったとしてもきっと一葉にはなれない。どんな徳を積んだらああなるんだろう。 (……でも、一葉がいて良かった)  じわじわと嬉しさが込み上げていると、不意にスマホの通知が鳴った。  【藤堂 伊織《とうどう いおり》:あ、そうだ、明日、体育あるからジャージ忘れずにな】  連絡先を交換した伊織だ。真っ先に教室で元気な声を上げた伊織みたいなタイプは冬斗の一番苦手なタイプで、まず仲良くなることは無いだろうと思っていた。でもまさかまさか向こうから親しげに話しかけてくれるなんて。  伊織と連絡先を交換した時のことを思い出す。 『なあなあ、インスタ交換しようぜ。まあ、つってもあんま投稿とかしねえけど』 『へっ!? あ、インスタ……? い、いいけど……』 『あ、アイコンにしてる子、俺も好き』 『え、マジ? めっちゃ可愛いよな。特にこの時の衣装が最高で』 『めっちゃわかるわ! いつもとちょっと違うのが良いんだよな!』 『そうそうそう!』  意外にも盛り上がって、LINEまで交換してしまった。あんな「ザ・陽キャ」と連絡先を交換できるなんて、信じられない。  感極まりながら、トーク画面を見つめる。 【冬斗:おう。ありがと】  素早く返信をして、トーク画面を閉じた。  友達とのやりとりが、こんなに普通に成立していることが信じられなかった。  嬉しさに打ち震えていると、再びスマホが震えた。 「わわっ」  今度は一葉の名前が表示されていた。 【椿 一葉:そういえば、冬斗、明日もバスで登校する?】 (こ、こんなにメッセージが……!) 【冬斗:そのつもり】 【椿 一葉:良かった。明日も隣、座って良い?】 「お、おおう……」  思わず驚嘆の声を漏らす。  一軍様と、いや、神様と、そんな、いいんですか。  冬斗は思わず口を覆った。  耐えられるか。自分に。他人と長時間いるのが苦痛な自分に。コミュ障の自分に。  いやでも、一葉ならいけるか? いや、もうわからない。とにかくなるようになれだ。  【冬斗:もちろん】  返信してキャパオーバーになり、ぼふっとスマホを布団の上に投げて手で顔を覆った。 「わー、やばいって、やばいって。あんな一軍男子とつるめるなんて、そんな……うわーあああ」  言葉にならない声が漏れる。 (それにしても、一葉はなんでこんなに優しくしてくれるんだ……? いや、イケメンだからか。性格もイケメンってことか、おい)  じたばたと布団の中で悶えていると、下の階から晩御飯を告げる母親の声が聞こえてきたので、冬斗は我に帰った。  

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