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第5話

――っはあ、はあっ……!」  ハッと目を覚ました。  はぁはぁと激しく胸が上下する。  ここはどこだ。  まだあのおぞましい場所なのか。 「はーっ……はーっ……」  なんとか呼吸を整えようと深く息を吸う。  最近ようやく見慣れてきた、ぬくもりのある木製の天井を見つめるうち、冬斗はじわじわと我を取り戻していった。  ここは、白泰村の祖母の家だ。  そうだ。自分は1週間前、体を壊した祖母のために母と共に東京からこの村へやってきた。  令和に生きる、普通の高校2年生、遠月冬斗だ。  そう再認識して、大きくフーッと息を吐く。こわばっていた体から力が抜けて、だんだんと呼吸が整ってくる。  冷や汗で、寝巻きがびっしょりと濡れていた。  どうやら自分は悪夢を見ていたらしい。時計を見ると、まだ朝の6時前だった。  ちらりと窓を見やると、雪は止んでいたが、そこはやはり銀世界で、やっぱりここは東京とは違うのだとまざまざと思い知らされる。 冬斗は、窓の銀世界を見つめながら、はぁ、と細く小さな息を吐いた。 ◆ 「おはよう、冬斗」 「あ、ああ……お、おはよ」  バス停に行くと、一葉がいた。  一瞬、どきりする。  相変わらず厚手の防寒具からでも、その美貌と圧倒的なプロポーションの良さは隠しきれていない。  その容貌に、一瞬昨夢のことを思い出したが、あの男とは似ても似つかない黒色の瞳と柔らかな笑顔に、静かに安堵した。  (にしても、変な夢だったな……。なんであんな夢見たんだろ。え、もしかして俺、欲求不満…? ……いやいやいやいや。でも、なんで一葉? いや、確かにイケメンだよ? イケメンだけどさ) 「――いや、そもそも男同士だし……」 「……冬斗? おーい、聞こえてる?」 「いや確かにイケメンだよ? 俺が今まで見てきた中で1番顔整ってるしスタイルもいいけど……いやいや、男相手にそれはまずいでしょ……」 「ふーゆーと」 「……っどわぁ!?」  気がついたら、今ぐるぐる考えていた相手の顔が間近にあって、冬斗は思わず大声を出してしまった。 「わ、びっくりした。どしたの? すごい難しい顔しながらブツブツ唱えてたけど」 「え? あ、ああ、いや、なんでもない! 昨日の夢の話! うん。あ、ごめん。なんて?」  慌てて顔を背けながら早口で弁明すると、一葉がきれいに整った眉をぴくりと動かした。 「夢? それって、どんな夢?」 「わああ、いや、あの、普通の夢! 気にしないで!」  (墓穴掘ったー!)  言えるわけがない。一葉そっくりの男に迫られる夢なんて。  顔の前でぶんぶんと手を振ると、ふと一葉が静かになった。 「……?」  不思議に思って、ちらりと視線を一葉にやると、やっぱり顔が近い。至近距離で見つめられて、心臓が大きく高鳴った。  夜のような漆黒の瞳に、惚けたような冬斗が映っている。  引力のように一葉の瞳に吸い込まれ、目を逸らせずにいると、不意に一葉がにこりと笑った。 「うん。やっぱり、目、きれい」 「んなっ……!?」  さっきまでの空気を断ち切るかのように明るく笑った一葉に、冬斗は口をぽかんと開ける。 「冬斗、なんで眼鏡かけてるの? 前髪も切ってさ、堂々とみんなに見せればいいのに」 「い、いや、こんなの、みんな、気味悪がるだろ」  一葉から顔を逸らして俯く。 「そうかなぁ。でも、俺はすごく好きだけどな」 「なっ……! お、おま、おま……好きって、おま……!」  好きだなんて言葉を人生で初めて母親以外に言われた。  そういう意味ではないと分かってはいるものの、眼鏡のブリッジを無駄に触りながらめちゃくちゃにどもりながら動揺していると、そんな冬斗に構うことなく、一葉は「あ、そうだった」と話題を変える。 「もう教科書、全部揃ってる? ってきいたんだけど」 「え? あ、いや、まだ、そろってない」 「やっぱり。じゃあ、俺の一緒にみようよ」  そう言ってにっこり笑った一葉に、心臓がバクバクと早鐘のように鳴っている。  (うぉいうぉいうぉい……! なんだよ、今の! っくりした〜……! イケメンこわ! 急なイケメンのアップこわ! あと好きとか言うな! 心臓に悪いわ! 恋に落ちかけたわ!)  一葉が顔を近づけてくると、某国民的アイドルのラブソングが流れてきそうだ。  一葉はそれにしても本当に目力が強いというか引力がある。  目を合わせたら、なんだかこちらからはそらせなくなるような、不思議な吸引力があった。 「え、てか、教科書、いいの……?」 「うん、いいよ。俺、冬斗のお世話係だしね」  そうだ。昨日、冬斗の座席は廊下側の1番後ろだったが、一葉がまだ不慣れな冬斗の世話係を買って出たおかげで、冬斗は一葉の隣の席になった。  担任も「一葉になら安心して任せられる」と異論もなく、クラスメイトたちもすんなりと受け入れていた。  改めて、一葉がどれだけ周囲からの評判が高いかがわかった。  そんな訳で、冬斗は一葉に甘えて当面の間はいろいろと面倒を見てもらうことになったのだ。 「お、今日は手袋だ」 「お、おう。昨日でさすがに学んだ」 「ちなみに、イヤーマフと帽子もあると良いよ」  そういう一葉は、厚手の防寒具は着ているが、首元と頭部にはなにも着けていない。  冬斗は首を傾げて、一葉を見上げた。 「か、一葉は、寒くねえの?」 「ああ、俺ね、なんかあんまり寒さとか感じづらいんだよね。だから冬はけっこう強いんだ。冬斗とは反対」 「そ、そうなんだ……」  純粋に羨ましい。というか、自分が話したことを一葉が覚えていてくれたことに感動した。  今日は雪は降っていないからまだ昨日よりはマシだが、それでも寒いものは寒い。昨日はガンガンに暖房をつけて、熱い風呂に浸かり、厚着して眠って対策をしていた冬斗とは大違いな一葉に羨望の眼差しを向ける。 「なんでだろ。筋肉の差……?」 「いやいや、冬斗、俺の筋肉見たことないでしょ」 「え、そうだけど。絶対細マッチョじゃん」 「あはは。細いかは分かんないけど、確かにちょっとゴツいかも」 「ああ、確かに」 「え?」 「ん?」  一葉が困惑したので、冬斗はきょとんと首を傾げた。  自分は何か変なことを言っただろうか。 「いや、なんか、その言い方だと、見たことあるような言い方だなーって」 「え? ……ああっ」  一瞬で顔が熱くなった。  そうだった、無意識に昨夜の夢で見た男を一葉だと思って話してしまっていた。夢の男は男神のように引き締まった、美しく雄々しい体をしていたので、ついそれを一葉のことだと思ってしまっていたのだ。  慌てて首をブンブンふる。 「いやいや、違くて。確かに、そっちっぽいねってことで……」 「あ、そういうことかぁ」  びっくりした、と笑う爽やかな一葉の笑顔に、湯気が出そうなくらい冬斗は恥ずかしくなる。  そうこうしているうちに、エンジン音が聞こえてきて、バスがやってきた。  バスに乗り込むと、やっぱり冬斗は全員に挨拶をされ、挨拶を返していた。昨日と同じ顔ぶれなような気がする。昨日、あまり周囲を見る余裕がなかったから、正確なことはわからないが。  一葉のついでのように冬斗も挨拶をされるので、会釈をする。コミュ障にはこれが限界だ。  今日は先に一葉が座席に座る。2人がけの席だ。冬斗はどうしたら良いか躊躇したが、すぐに一葉が自分の隣をぽんぽんと叩いてきたので、そちらにおずおずと座った。  (おいおい、イケメンにしか許されねえ仕草だろ……。わ、てか、やば、ちょっと緊張……)  どうしたってバスの隣がけだと距離が近くなる。というかパーソナルスペースでいうところの恋人同士の距離くらいになる。  変な夢を見たせいか、昨日とはまた違った意味の緊張も相まって、冬斗は硬直した。  隣をちらりと盗み見ると、一葉は窓の外を見ていた。  相変わらず、口角は常に微かに上がっていて、柔らかい人相だ。さらさらと黒い直毛が揺れている。くっきりと浮き出たシュッとしたフェイスラインは男らしく、しかしその肌はきめ細やかで陶器のように白い。  (やっぱり、夢の中のアイツと、似てるよなぁ……)  髪と瞳以外は、生き写しだ。ただ、柔らかい表情を常に浮かべている一葉とは違って、夢の中の男は氷のように冷たい表情をしていた。 (似てるけど、やっぱり全然違う……)  ぼんやりと見つめていると、ふと一葉がこちらを向いた。  ばっちりと目が合い、心臓が大きく跳ねた。  とっさに目を逸らす。顔が熱くなってくる。  (やば、俺きも! きもきもきも! ぜってぇ変に思われた!)  同級生の男の顔をじっと見つめるなんて、さすがにキモいと思われたに違いない。  冬斗は穴を掘ってそこに隠れたい気持ちに襲われながら、マフラーを引き上げ顔を隠した。 「ねぇ、冬斗」 「ん!? なに!?」  話しかけられて、とっさに返事をしたら声が裏返った。ああ、消えたい。 「冬斗はさぁ、恋人とかいるの?」 「え、え!?」  なんだその質問。どういう意味? え?  予想もしなかった質問に、思わず顔を上げて一葉を見るとやっぱり眩しいくらいのイケメンがこっちを見ていた。  目が合い、慌てて逸らす。 「いや、え? い、いるように見える?」 「うん。だって、かっこいいじゃん、冬斗」 「え、ええぇいやいやいそんなそんな。いるわけない、いるわけない。てか、そんなこと言ったら、一葉っしょ。絶対彼女の2人や3人はいるっしょ」 「はは。何言ってんの。そんなにいちゃダメでしょ。……うーん、俺はね、よくわからないんだ、そういうの」 「……え?」  驚いて顔を上げると、一葉は相変わらず柔らかく微笑んでいた。  しかし、今まで余裕を感じていたその表情に、なぜか諦念のようなものが滲んでいるように思えて、冬斗は息を詰めた。 「一葉、それって……」  どういうこと、と訊こうとした瞬間、停車駅にバスが停まった。 「おりよっか、冬斗」 「あ、おう」  不思議な気持ちになりながら、バスを降りる。  一緒に学校まで向かう道中、他の同級生が話しかけてきたので、結局その話の続きは聞けなかった。  

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