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第6話

「なあなあ、冬斗ってさ、なんかゲームやってる?」  その日の午後。  体育の授業で、冬斗は同級生の伊織とペアを組んでストレッチをしていた。  伊織は「ザ・一軍陽キャ」で、スポーツができる爽やか系イケメンだ。普通なら冬斗が一番苦手なタイプだが、伊織は気さくで、コミュ障の自負がある冬斗にも積極的に話しかけてくれる。それに、こちらがどもったりしてもバカにしないし、性格が良いのがすぐ分かる「光の陽キャ」だ。  座って開脚したまま背中を倒す。体は柔らかい方なので何の苦にもならない。ペアである伊織の手を借りなくてもぺたりと上半身は床に着いた。 「うお、お前体やわらけえな」 「う、うん。まあ……これしか取り柄ないけど。……ゲームは、ウイイレとかやってる」 「お! マジ!? おれもおれも! チームは?」  一葉とは違う、いわゆる親しみやすいイケメンだ。一葉はちょっと人間離れした別格感があるが、伊織は近所にいるイケメンのお兄さん、って感じのタイプだ。  白水高は人数こそ少ないが、なんだか美男美女ばかりな気がする。前にいた都内の高校よりも、正直、外見の偏差値ははるかに高い。  (ど田舎だけど、みんな顔いいな…・) それこそ、「顔面偏差値がバカ高い高校」としてバズりそうなものだ。 「それでさー、そこの姉ちゃんがさー、すげぇ可愛くてさ〜」  伊織とは話していて楽しい。肩肘張らず、思わず冬斗もそれほど時間を置かず、素になって話していた。 「え、マジ? そんなんもうラノベじゃん」 「もうラノベよ、ラノベ」  ついついオタクノリでリアクションしてしまったが、伊織はさらっとノリ良く返してくれる。冬斗は嬉しくなった。  体育の時間、ストレッチしながらしょうもない話をする。楽しい。  なんだか自分がちゃんと高校生として友達と話せていることに感動する。 「ちょっと伊織〜、何の話してんのよー!」 「えー? なにがー?」 「ほんと男子ってそういうことしか考えてないわけ?」  咎めてきたのは椿 茜《つばき あかね》だ。茜は黒髪ロングの美少女で、冬斗にとってはとてもじゃないが高嶺の花過ぎて絡むことなどできやしない。  伊織は茜にじっとりと睨めつけられても、からからと軽快に笑っていなすだけだ。さすがカースト同格。俺ならどもって終わりだね。  のれんに腕押しの伊織の反応に、茜は大きくため息をついた。 「まったく……。あんた、冬斗くんをそっちに引き込まないでよねー」 「はあー? そっちってなんだよ。男子はみんなこっちです〜。なー?」  不意に自分にふられ、冬斗はぎこちなく頷いた。それを見た茜は呆れたような顔をする。  こんな、男友達とふざけて女子に嗜められるなんて経験を自分ができるとは思わなかった。茜の印象が悪くなったのは間違いないが、それでも伊織とのいわゆる『男友達のノリ』ができたことが、心の底から冬斗は嬉しかった。 「もう。あんたたち、一葉を見習いなよ」 そう言って茜は一葉の方を見る。つられて冬斗も一葉の方を見ると、一葉は会話が聞こえていたのか、苦笑いをした。 「いやいや。俺のことなんだと思ってんの、茜」 「一葉はそういうのじゃないもんねー」 「そういうのってなんだよ」 困ったように笑う一葉は、相変わらず美形すぎて眩しい。ただのストレッチも、まるで何かの撮影中のように決まっている。 「一葉からは、伊織みたいな下品さを感じない!」 「はあー? 男はみんな狼なんだよ」 「あっそー」  茜はふいっと顔を背ける。 「あいつ、気ぃ強いから気をつけろよ〜」  こそっと、伊織に耳打ちされて冬斗はちらりと茜を見る。すると、茜は伊織の方を何とも言えない顔で見ていて、どきりとした。  (もしかして……)  茜の気持ちをなんとなく察した冬斗は、ため息を吐いた。茜とどうこうなりたい訳じゃないが、美少女が誰かに想いを寄せている、というのは男として残念に思うのは当然だ。  しかし、当の本人である伊織はまったく気が付いていないようで、冬斗は内心舌打ちをした。  (やっぱ、美人はイケメンに持ってかれんのか……)  いいなー、と思っていると、ふとボールが弾む音がして、そちらを見てみると一葉と数人の男子たちがバスケをしていた。  体育は全学年合同で行われるため、いつもよりもにぎやかだ。といっても、全学年の人数が少ないのでちょっとした部活のようだが。  ボールを持っているのは一葉だ。鮮やかなドリブルと身のこなしで、あっという間にディフェンスをかいくぐり、レイアップシュートでゴールを決める。パスっと綺麗な音ともにリングをボールがくぐる。綺麗なフォームに、思わず見惚れた。  (いや、あれは、誰でも惚れるだろ……)  惚れない女なんていないだろう。むしろ男も惚れる。  ちらりと見えた腹筋はやはり男らしく引き締まっていて、夢のことを思い出してしまった冬斗は顔が熱くなった。  周りの生徒たちから感嘆の息が漏れる。特に女子たちなんかはもう全員目がハートマークになっているんじゃないかと思うほど、うっとりと一葉を見ていた。 「イケメンでスポーツもできるってずりぃよなー」 「なぁ。……って、いや、伊織もだろ!」  隣で悔しそうに笑う伊織に思わず頷いたが、冬斗はすぐにツッコミをいれた。 「いやー、もうあれは次元違うっしょ」 「……まあ、確かに」 「って、おい! 自虐ネタは本人だけが言って良いの!」  2人で笑い合っていると、ふと視線を感じた。  そちらをみると、一葉と目があって心臓が跳ねる。  ゲームを終えた一葉が、タオルで汗を拭きながらこちらを見ていた。その表情は夢の中の男みたいに冷ややかで、冬斗は一瞬息を呑んだ。  しかし、瞬きをした瞬間、一葉はすぐにいつもの柔和な表情に戻っていて、周囲と談笑していた。 (気のせいかな)  首を傾げ、気にしないようにした。夢と混同してしまったのだろう。疲れているのだ。眼鏡を外し、目をごしごしと擦る。    体育館は暖房がついており、それほど寒くはない。極寒を予想していただけに、最初は冬斗は驚いたが、ありがたかった。聞けば、寒すぎて授業にならないので数年前に導入されたのだという。おかげで長袖ジャージだけで動き回れる。  今度は冬斗たちがゲームをする番だった。伊織と同じチームで、相手チームには一葉がいる。 「冬斗ー、パス、パス!」  前方を走る伊織からパスを要求され、冬斗はバスケットボールを投げた。運動神経はお世辞にも良い方じゃない。けれども、この時は運良くボールはうまく伊織の方へと向かった。  よし、と心の中でガッツポーズを決めた瞬間、視界から白く逞しい手が出てきて、大きなその手がボールをパスカットした。  その瞬間、女子たちが黄色い歓声が上げる。  ボールを奪ったのはやはり一葉で、冬斗は思わず見惚れてしまった。  一葉の黒い前髪がさらさらと揺れて、前髪の間から強い眼光がのぞき、冬斗を捉える。  その肉食動物のような強い眼に、ドクリと心臓が音を立てる。  一葉と目が合うと、いつも心臓が脈打つ。ざわざわと血管が収縮するような、不思議な感覚に陥る。  全てを奪われてしまうような、そんなおそろしさ。  華麗にボールを奪って冬斗を抜き去っていく一葉。そんな一葉に伊織が追い縋るが、伊織が追いつく前に一葉がシュートを決める。 「なんだよ……。今日はえらく気合い入れてんじゃん、一葉」 「そうかな? いつも通りだよ」  パスカットをされてシュートを決められた伊織は悔しそうに一葉の肩を叩く。一葉はいつものように口角を上げて笑うが、やはりどこか好戦的に思えた。 「か、一葉。すごいな」  試合後、一葉に声をかけると、一葉は照れくさそうに笑った。 「ありがとう。ちょっとむきになっちゃったかな」 「いや、マジで、めっちゃすごかった。前の高校にもバスケ部の奴いたけど、それより全然すごいよ」 「そうなんだ。ここ以外のことは分からないけど、冬斗に褒められるのは嬉しいな。冬斗は……かわいかったね」 「なっ……おい!」  暗に運動神経が悪いことを指摘されて、思わず口を尖らせて講義しようとしたが、一葉の眼があんまりにも優しくこちらを見つめていたので、毒気を抜かれて冬斗は黙った。 「か、一葉先輩、お疲れ様です。あ、あの、これ……」  そこへ、女子がおずおずと声をかけてきた。振り返ると、そこには茜と一緒に可愛らしい女の子が立っていた。  その手の中にあるスポーツドリンクを見て、冬斗は目を丸くした。  これは、あれだ。気になる男子に差し入れをするってやつだ。良くドラマとかで見るやつ。でも現実にあるなんて思わなかった。  謎の感動のようなものを覚えていると、一葉が笑顔で眉を下げた。 「ありがとう、鈴音《すずね》。でも、俺さっき自分の分買ってきちゃったんだ」  やんわりと断りを入れられて、鈴音はしゅんと残念そうに表情を曇らせた。茜の高嶺の花感とは違うが、なんだか守ってあげたくなるような可愛い系女子だ。正直言って一葉が羨ましい。 「え……」 (断っちゃうの?)  俺なら全然自分の分あってももらうけどね。3本くらい一気飲みできるけどね。  心の中で「イケメンうらやま」を連呼する。  一葉は「でも気持ちは嬉しいよ。ありがとう」と微笑み、冬斗の腕をつかんできた。 「え?」  急に腕を掴まれて驚くと、一葉と目が合った。 「ほら、次はチーム替えだって。男子、集まってるから行こ」  相変わらず柔らかな表情の一葉に促され、そちらに目を向けると、確かに男子たちが集まっていた。 「お、おう」  ちらりと鈴音の方を見ると、茜に励まされるように背中をぽんぽん叩かれており、少し泣きそうな顔をしながら反対側の女子コートへ戻って行った。  (やっぱ、一葉ってモテるんだなぁ)  一葉を「先輩」と呼んでいたので、一年生だろう。そういえば、教室にいたか。  (そりゃこんな王子様みたいな先輩がいたら、恋するなって方が無理か……)  1人で勝手に納得しながら、一葉に手を取られるがままに冬斗は男子の方へと戻った。  

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