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第5話「笑ってる方がいい」

「なあなあ、冬斗ってさ、なんかゲームやってる?」  午後の体育で、伊織とペアを組んでストレッチをしていた。  伊織は一葉とはタイプが違う、親しみやすいイケメンだ。一葉はちょっと人間離れした別格感があるが、伊織は近所にいるイケメンのお兄さん、って感じだ。  この村は人口五百人しかいないくせに、なぜか顔面偏差値だけは異様に高い。 「それでさー、そこの姉ちゃんがさー、すげぇ可愛くてさ〜」  伊織とは話していて楽しい。前髪が長くてほとんど目が見えていないような、もっさりした隠キャである自分にも、普通に接してくれる。  自分がちゃんと高校生として友達と話せていることが信じられない。 「はあ……ほんと男子ってそういうことしか考えてないわけ?」  咎めてきたのは椿(つばき) (あかね)だ。茜は黒髪ロングの美少女で、冬斗にとってはとてもじゃないが高嶺の花過ぎて絡むことなどできやしない。  伊織は茜にじっとりと睨めつけられても、軽快に笑って流すだけだ。さすがカースト同格。冬斗ならどもって終わりだろう。  茜はこれみよがしに大きくため息をついた。 「まったく……。あんた、冬斗くんをそっちに引き込まないでよねー」 「はあー? そっちってなんだよ。男子はみんなこっちです〜。なー、冬斗?」  不意に自分にふられ、冬斗はとっさにぎこちなく頷いた。それを見た茜はますます呆れたような顔をする。茜の中で冬斗の印象が悪くなったのは間違いないが、それでも伊織とのいわゆる『男友達のノリ』ができたことが、心の底から嬉しかった。 「もう。あんたたち、一葉を見習いなよ」 茜は一葉の方を見る。つられて一葉の方を見ると、一葉は会話が聞こえていたのか、苦笑いをした。 「俺のことなんだと思ってんの、茜」 「一葉はそういうのじゃないもんねー」 「そういうのってなんだよ」 困ったように一葉が笑うと、茜が伊織を見ながら聞こえるように言った。 「一葉は伊織みたいに下品じゃないもんね〜」 「はあー? 男はみんなケダモノだぞ」 「はいはい。あっそー」  茜はふいっと顔を背ける。 「あいつ、気ぃ強いから気をつけろよ〜」  こそっと伊織に耳打ちされて、ちらりと茜を見る。茜は伊織の方を何とも言えない顔で見ていて、どきりとした。  (もしかして……)  なんとなく察して、ため息を吐いた。茜とどうこうなりたい訳じゃないが、美少女が誰かに想いを寄せている、というのは男として残念に思うのは当然だ。当の本人である伊織はまったく気が付いていないようだが。  (やっぱ、美人はイケメンに持ってかれんのか……)  ふと、ボールが弾む音がした。そっちを見てみると一葉と数人の男子たちがバスケをしていた。  ボールを持っているのは一葉だ。鮮やかなドリブルと身のこなしで、あっという間にディフェンスを抜き、レイアップシュートでゴールを決める。綺麗な音を立ててリングをボールがくぐる。思わずため息が漏れた。  (いや、あれは誰でも惚れる)  惚れない女なんていないだろう。むしろ男も惚れる。  ちらりと見えた腹筋はやっぱり引き締まっていて、朝の会話を思い出して一瞬恥ずかしくなるが、すぐにその後の一葉の目を思い出す。ぎゅっとズボンを握りしめた。  一葉の活躍に、周りの生徒たちから感嘆の息が漏れる。 「イケメンでスポーツもできるってずりぃよなー」 「なぁ。……って、いや、伊織もだろ!」  隣で悔しそうに笑う伊織に思わず頷いたが、冬斗はすぐにツッコミをいれた。 「いやー、もうあれは次元違うっしょ」 「……まあ、確かに」 「って、おい! 自虐ネタは本人だけが言って良いの!」  二人で笑い合っていると、ふと視線を感じた。  見てみると、一葉と目が合って心臓が跳ねる。  ゲームを終えた一葉が、タオルで汗を拭きながらこっちを見ていた。その表情に一瞬息を飲んだ。  瞬きをした瞬間、一葉はすぐにいつもの柔和な表情に戻っていて、周囲と談笑していた。 (気のせいかな)  首を傾げる。あんな夢を見たせいで、疲れているのかもしれない。  眼鏡を外し、目をごしごしと擦る。 「か、一葉先輩、お疲れ様です。あ、あの、これ……」  そこへ、女子がおずおずと声をかけてきた。振り返ると、そこには茜と一緒に可愛らしい栗毛の女の子が立っていた。その手の中にあるスポーツドリンクを見て、目を丸くする。  これは、あれだ。気になる男子に差し入れをするやつだ。よく漫画とかで見るやつ。でも現実にあるなんて思わなかった。  謎の感動を覚えていると、一葉が眉を下げた。 「ありがとう、鈴音(すずね)。でも、俺さっき自分の分買ってきちゃったんだ」  やんわりと断りを入れられて、鈴音はしゅんと残念そうに表情を曇らせた。茜の高嶺の花の感じとは違うが、なんだか守ってあげたくなるような可愛い系美少女だ。 (え、断っちゃうの?)  もし俺なら全然自分の分あってももらうけどね。三本くらい一気飲みできるけどね。そんで好きになっちゃうね。……まあ、そんなことは永遠にないけど。  心の中で「イケメンうらやま」を連呼する。  一葉は「でも気持ちは嬉しいよ。ありがとう」と微笑み、冬斗の腕をつかんできた。 「え?」  驚くと、一葉と目が合った。 「ほら、次はチーム替えだって。男子、集まってるから行こ」  一葉に促され、そっちに目を向けると確かに男子たちが集まっていた。 「お、おう」  鈴音の方を振り返ると、茜に励まされるように背中をぽんぽん叩かれていた。  (やっぱ、一葉ってモテるんだなぁ)  一葉を「先輩」と呼んでいたので、一年生だろう。そういえば教室にいたような気もする。  (そりゃこんな王子様みたいな先輩がいたら、恋するなって方が無理か……)  一人で勝手に納得しながら、一葉に手を取られるがままに冬斗は男子の方へと戻った。 ◆ 「……あれ、一葉。買うの?」  体育の授業終わり。教室に戻る途中にあった自販機の前で、一葉が「ちょっと待ってて」と言われてぼんやり待っていた冬斗は、一葉が自販機に小銭を入れるのを見て思わず声を上げた。 「うん。あ、冬斗もいる?」 「い、いや、俺はいいよ。じゃなくて。自分のあるんじゃなかったの?」  さっきの鈴音とのやりとりを思い出して言うと、一葉はさらりと言った。 「ああ、あれね。嘘だよ」 「えっ」  なんで、という疑問を冬斗から感じ取ったのか、一葉は自販機のボタンを押しながらなんてこと無いように言った。 「めんどうだろ。ああいうの」 「めんどう……」  一葉から「めんどうくさい」なんてネガティブな言葉が出てきたので驚いた。今まで、なんというか人間離れしたような存在として見ていたので、ふと人間ぽさを感じて目をしばたたく。  (まあ、そうだよな。言うても、一葉だって俺と同い年だもんな) 「……俺、人を好きになったことないんだよね」 「えっ……?」  突然の告白に、冬斗は目を丸くした。  それは、いったいどういうことだろう。  ふと、朝のバスの中での会話を思い出した。  そういえば、一葉は朝もそんなことを言っていた。 「好きになってくれるのは嬉しいけど、応えられないから。期待させるのも可哀想だろう?」  そう言って、自販機から飲み物を取り出した一葉はキャップを開けてごくごくと飲み物を飲む。男らしい喉仏が動くのを見つめる。 「そ、そうなんだ。初恋も、じゃあ、なし?」 「うん。そうだね」 「まじ?」  すっと、一葉の目にとらえられた。 「冬斗は初恋あった?」 「え? う、うん、そりゃね」 「いつ?」  じっと、見つめられる。 「い、いつだろう。うーん……小学校三年生くらいの時? 学年で一番可愛かった子が挨拶してくれて」 「へぇ。冬斗ってメンクイなんだ」 「いやいやいや、誰だってそうだろ」 「ふうん」  そう言って面白そうに笑う一葉は、正直男の冬斗から見てもときめくぐらいにはかっこいい。  そう思いながら、一葉と並んで教室に戻る。 「恋って、良いものなのかな」  ぽつりと、一葉がつぶやいた。  独り言のようにも聞こえたが、冬斗はしばらく考えて、ぽつりと返した。 「……お互い、心が通じてれば良いもんなんじゃね」  (やば、ちょっとくさかったかも)  童貞の自分が何を言ってるんだろう、と一瞬で恥ずかしさが込み上げてきたが、一葉が真剣な顔をしているので自分もふざけた返事はできない気がした。  冬斗は本気の恋をしたことがない。  あの子いいなー、とか、あの子可愛い、とは思っても、執着したり、嫉妬に駆られたり、そういう感情とは無縁だった。 「心が通じてれば、か」 「まあ、多分。俺も、ちゃんとした恋愛ってしたことないから、知らんけど」  童貞だと告白しているようなものだが、一葉の前では別に些細なことに思えた。  人を好きになったことがない、そんな心の弱い一部を見せてくれた一葉には、誠意として自分も本音で返すべきだと思った。 「そっか。じゃあ、俺たち、似てるね」 「……うーん、ちょっと一緒かもね。恐れ多すぎるけど」 「なんだよ、それ」  そう言って無邪気に笑う一葉は年相応の少年に見えて、なんだか冬斗は嬉しくなった。  こうやって恋バナをするのも、まるで友達みたいだ。  白泰村に来てから、奇跡のようなことがたくさん起きる。  もしかしたら、白泰村に来たことは自分にとって運命の分かれ道だったのかもしれない。  くすぐったさを覚えていると、ふと一葉が自分を見下ろしていることに気がついた。  その目つきに、また昨日の夢の男が重なった。 (……まただ) 『おまえは美しい』  そう言ってうっとりと自分を見つめてきた、銀髪の男を思い出して、夢と現実の境目が分からなくなりそうになる。  でもそれは一瞬の出来事で、気がつくと一葉の目はもう冬斗からはずされていた。 「冬斗は、笑ってる方が良いよ」  そう言って笑う一葉に、ハッと我に帰った冬斗は瞬きをする。  優しい顔なのに、なぜか無性に胸がざわざわとした。

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