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第6話「遅いぞ」

 その夜。冬斗はまた夢を見ていた。  雪に濡れた夜の石畳を走る。雪を含んだ藁靴が重い。着物が重く、吐く息が白い。  (────もうどのくらい来たか。あの人は、もう着いてるのだろうか)  急いで走るが、いかんせん普段から鍛えていないためか、体力がない。ぜぇぜぇと喘ぎながら、石灯籠と行燈の明かりを頼りに、石畳の上をなんとか走る。  木廊下で屋根があり、舞い降りてくる雪は防げるとはいえ、やっぱり雪深いこの城下町は、夜はかなり冷え込む。    夜道を歩いている町民の姿はまばらで、時折酔っ払いの声が聞こえてくる。  普段ならもう寝ている時間だが、眠気はなく、むしろ気持ちが高揚していた。  やがて、目当ての建物にたどり着く。普段は祭事でしか使われない芝居小屋は、静まり返った夜に見ると、少し不気味さがある。    “冬斗”は正面入り口ではなく、山側の裏口に回った。小さな木戸は既に開いていて、そっと押すだけで軋んだ音を立てて開く。  細く暗い廊下を、目を凝らしながら手探りで歩く。雪を含んで濡れた藁履の、重い足音だけが響く。  やがて、木戸に突き当たった。トン、トン、と二回戸を叩く。 「誰だ?」  向こう側から返事があった。 「探し物をお届けに参りました」  “冬斗”が告げると、静かに戸が開いた。  戸の向こうから、ぼんやりと明かりが見える。  すると、すぐに何者かに体を抱きしめられた。 「遅いぞ」 「ごめんな」  拗ねたような声に少し笑い、恋しい男を見上げた。 「会いたかった」  そう言って笑う。男の口元も弧を描いた。  ◆ 「……っはぁ」  目が覚めた。  まだ夜明け前のようで、部屋は薄暗い。    自分が誰なのか混乱しかけて、冬斗は腕を持ち上げて眺める。  白い腕じゃない。ある程度日に焼けて、健康的な見慣れた腕だ。  次に、体を起こして電気をつける。夜明け前の暗い窓に映る自分を見て、ほっと息をついた。  ちゃんと、自分だ。あの“冬斗”じゃない。いつもの自分だ。遠月冬斗だ。  ほっと息をついて、冬斗は再びベッドに沈み込んだ。 「……はぁ」  (また、自分だけど“俺”じゃない夢……)  今度は、誰かと待ち合わせをしていた。積もる雪で芯から凍えるような夜の中、心を弾ませながら、誰かに会いに行っていた。 (しかもまた男かよ……!)  冬斗は手で顔を覆った。自分はいったいどうしたんだろう。  (も、もしかして、俺って実はゲイ……?)  今まで気がついていなかっただけで、自分はゲイだったのだろうか。  (いや、そんなことはない……はず)  ない、と言い切ろうとして、一葉の顔が思い浮かび、ブンブンと激しく頭を振る。  (いやいや、違う違う。え? なんでここで一葉? は?)  顔を手で覆って、深く息を吐く。  今回は顔はうまく見えなかったが、聞こえた声は一葉とは違うものだった。  前回の夢で見た銀髪の男とは、また違う男ということだろうか。  でも、どこかで聞き覚えがあるような気がする。  もやもやしたが、考え込むととろくなことにならなさそうで、冬斗は二度寝を決意して、布団をかぶった。 ◆  その日の朝。今日も一葉と共に登校して教室に入ると、すぐに肩に腕を回された。 「よう! おはよ、冬斗!」  予想通り、伊織だった。伊織は冬斗の肩に腕を置きながら、「なあなあ、昨日のイベントクリアできたー?」とゲームの話をふってくる。 「クリアした」 「え!? ガチ? 天才じゃん!」  驚嘆の声を上げる伊織は、暑苦しいが不快ではない。むしろ憧れていた「男子ノリ」に、冬斗は口元が緩んだ。 「おはよ、伊織」 「お、おはよー。一葉」  にっこりと挨拶をする一葉は、なんとなくだが、少し目が笑っていない気がした。冬斗に肩を回したまま、伊織は太陽のように明るい笑顔を返す。 「冬斗、苦しそうだから、離してあげなよ」 「え? あ、わり」  別にそんなことはなかったのだが、一葉に言われて伊織は肩から腕を外す。 「冬斗、数学の課題、やってきた?」 「やったけど、あんまりわかんなくて……」 「それなら、数学一限にあるし、今教えてあげるよ」 「え? あ、ありがと」  一葉に促され、自席に着く。隣の席に座った一葉は、冬斗の机に自分の机を合わせて、自分のノートを取り出した。美しい筆跡で綺麗にまとめられているノートはとても見やすい。 「あっ、ずりい! 一葉、俺にも見して」 「自分でやった方が覚えるよ、伊織」 「え、冬斗と対応違くね?」 「同じなわけないだろ?」 「なんでだよ!」  コントのような一葉と伊織のやりとりがおかしくて、思わず笑ってしまう。  しかし、そこで既視感を覚えた。  (ん……?) 「一葉は冬斗にだけ甘いよなぁ」  むくれる伊織。 (あ、わかった)  冬斗は気がついた。  『遅いぞ』  そう言って口元に笑みを浮かべていた男。  (あの声、伊織だ)  爽やかに笑う伊織の横顔を、冬斗はぼんやり見つめた。

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