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第7話「名前、呼べよ」

 「────お祭り?」  冬斗が白水高校へやってきてから二週間ほどが経っていた。  昼休みに茜がプリントを片手に声をかけてきた。 「冬斗は知らないもんね。毎年この時期になると、白蛇祭をやるの。雪解けと来年の豊穣のお祈りするってわけ。でも、まあそんなに固くないけどね」 「へえ。白蛇って珍しいな」 「うちの土地神様なんだってさ」  東京では土地神なんて馴染みがない。閉鎖的な白泰村らしい、と思って、冬斗は「ふうん」と呟いた。  プリントを見ると、役割希望の欄がある。 「え、なにこれ。役割?」 「そう。ロングホームルームで役割分担するから、希望をあらかじめとってるの」  茜はこの学校で生徒会長をやっている。ただ、生徒数が二十一人でかなり小規模だから、実質学級委員長のようなものらしい。 「役割分担ってことは、俺たちが準備するの?」 「うん。あ、といっても、お手伝いだけどね。運営は基本的に老人会の人たちがやってるから。ほら、うちの村って若手が少ないでしょ。だから、うちの高校と連携してやるわけ。」  高校が地域の祭りに参加するなんて驚いたが、茜の話を聞いて納得する。たしかに、白泰村では高校生の労働力は貴重だろう。   「飾り付け、炊き出し、整備、資料展示と……神楽・演劇? なにこれ」  プリントを改めて見てみて、あまり馴染みのない言葉に首を傾げる。 「衣装着て踊るんだよ。この祭りの目玉」  横から会話に入ってきた伊織は、あくびをしながら茜からプリントを受け取る。 「まあ、定員は二人だし、一人はもうどうせ決まってるけどな」 「え?」 「もう一人は、今年はどうなるかな」  茜が口元に指を当てて考える。 「え、茜がやるんじゃねえの」 「えっ……私は、今年は良いかな」  伊織が茜を見ると、茜がぱっと目を逸らした。 「去年で満足したし。てか、あれ意外と衣装も重いし、寒いし、大変なんだよね。……あんたは、今年も炊き出し?」 「おう。あったけえし、味見できるし、最高」 「はあ……。だと思った。あんたが味見しすぎないか心配だから、私も炊き出しやろうかな」 「え〜、お前くると絶対厳しくなるじゃん」 「うっさい」  茜と伊織のやりとりを聞きながら、冬斗は何を希望しようか考えていた。  (神楽・演劇は論外として……)  展示資料が本命で、第二希望は装飾にしよう。第三希望は炊き出しと迷ったが、警備にした。炊き出しも悪くないが、湯気などで眼鏡がくもるのは避けたい。 「冬斗は何やんの?」  伊織が覗き込んでくる。 「うーん……展示資料かな」 「えー。一緒に炊き出しやろうぜ」 「いや、俺重いの持つの苦手だし、火とか使うだろ? 俺、火ダメだから」 「なんだ、つまんね〜。まあ、いいや。遊び行くよ」 「だから遊びじゃないっての!」  茜に怒られて、伊織は肩をすくめた。 「冬斗、神楽・演劇は?」  今まで黙ってやりとりを聞いていた一葉が、急にこっちを覗き込んできた。思わずどきっとして顔を逸らす。 「絶対やりたくない。い、一番“なし”だし」 「なんで。衣装きた冬斗見てみたかったのに」 「は、はぁ?! 何言ってんだよ」  一葉は残念そうにしゅんと眉を下げる。そわそわして眼鏡を押し上げると、伊織がすかさずツッコミを入れた。 「出た! 一葉、冬斗好きすぎだろ」 「なっ、おまっ、ちがうって!」  やれやれ、とため息をつく伊織にかっとして否定する。ちらりと一葉の方を見ると、優しい顔で微笑まれる。 「別に、それで良いんじゃない?」 「か、一葉も何言ってんだよ!」 「愛されてるねえ、冬斗」  感心したような声を出す茜に、ぶんぶんと首を振る。 「まあでも、今年は誰がやるんだろうね、神楽」  茜が教室を見回す。神楽と聞いて、冬斗はふと気になった。   「一人はもう決まってるって言ってたけど、それって……」  言いながら、隣で静かに座っている男を見る。   「一葉だよ」 「やっぱり」  伊織に答え合わせをされて、冬斗は頷いた。  一葉が神楽役なのは解釈一致だ。むしろ他に誰がやるのかと思う。 「だから一緒にやりたかったのにな」  そう言って残念そうにする一葉を見て、冬斗は顔の前で手を振った。 「いやいやいやいや。ないから。不釣り合いすぎるから」  本心からそう言うと、一葉の目が細くなった。 「それはないよ」  はっきり言い切る一葉の顔は、真剣だった。  思わず、冬斗も黙り込む。  一瞬、空気が静かになった。  いつもと違う雰囲気に息を飲んでいると、にっこりと一葉が笑う。 「冬斗はきれいだよ」    突然投下されたとんでもない殺し文句に、顔がかーっと熱くなった。   「ば、ば、ばかやろー! お、男に言われても嬉しくねえぞ!」  とっさに眼鏡を押し上げて俯いた。意味もなく顔の前で手を動かす。心臓が早鐘を打つ。 「あはは。冬斗、動揺しまくってておもろ。そんで、一葉はガチで天然の人たらしで引く」 「違うわよ、伊織。冬斗だけによ」 「あ、確かに」  冬斗を置き去りにして楽しんでいる伊織と茜のやりとりも、耳に入ってこない。  (び、びっくりした……! なんだ、今の)   まだ心臓がバクバクしている。  一葉をちらりと盗み見る。    優しい顔をしてこっちを見ている一葉と目が合う。    じっと冬斗を見る一葉の目は優しいが、何を考えているのかわからない。  冬斗は思わず目を逸らして、うるさいほどに高鳴る胸元をぎゅっと握りしめた。 ◆ 「じゃあ、今年の神楽・演劇は……とりあえず一葉は決まりでいい?」  茜が教卓の前で役割決めの指揮をとっている。全員の目が一葉に向いた。 「俺、今年は神楽じゃなくて展示とかやりたいかも」  さらっと提案を断った一葉の言葉に、教室中がどよめいた。 「何言ってんだよ。一葉じゃないと映えないって」 「老人会の人たちも、去年大絶賛だったじゃん」 「神楽は絶対一葉だよな」  ざわざわと教室が騒がしくなる。まあ、確かに一葉が飛び抜けてビジュアルが良いから、当然の反応かとも思ったが、それにしてはみんな熱が入りすぎじゃないかと不思議になった。 「先生……」  茜が困ったように教室の隅で見守っていた担任を見る。担任は困ったような顔をした。 「うーん。老人会のみなさんにも、今年も一葉をぜひって強く推されてるからなぁ。……一葉、神楽、本当に無理か?」  教室中に「え、一葉やらないの?」という軽い緊張が走っている。 「白蛇祭の顔だから、なんとかやってくれないか」  担任の言葉に、一葉が困ったような顔をした。 「どうしよう、冬斗」  一葉がこっちを振り返ってくる。  (え、なんで俺?)  どきりとしたが、みんなの視線が一斉にこっちに集まってくるのを感じて、慌てて口を開いた。 「神楽やりなよ、一葉。みんな期待してるみたいだし」  視線が集まるのが耐えられなくて、早口で即答する。 「……わかった。じゃあ、神楽やるよ」  一葉は諦めたように一息ついた。 「じゃあ、一葉は決まりね」  茜が黒板の神楽役のところに一葉の名前を書く。  みんながほっとしたように拍手をする。 「あー、よかった。うちのおばあちゃんも、一葉の神楽、楽しみにしてたんだよね」 「うちのじいちゃんも、一葉の時だけ見にくるよ」  生徒たちが嬉しそうにする中、当の一葉は気にも止めてないように聞いていた。 「あと1人、どうする?」  そこで、また教室がザワザワし始めた。 「やっぱ紗枝じゃない? 去年、茜の踊り一緒に練習してたし」 「いや、朱美は? 舞踊習ってたじゃん」 「栞も去年やりたがってたよね」    様々な名前が挙がってくるが、全部女子の名前だ。基本的には男女で踊るのだろう。 「……あの!」  ざわめきの中、ガタンと音がした。見ると、鈴音が立っている。 「私、やりたいです」  少し恥ずかしそうにしながらも、はっきりと言った鈴音に、一瞬教室が静まり返って、その後すぐに「いいじゃん」と賛同の声が上がる。 「鈴音、小さいけど可愛いし」 「一葉と身長差目立って、可愛くなりそうだよね」 「衣装も、丈詰めればいけるよね」  うんうんと頷く生徒たち。鈴音はほっとしたように胸に手を当てて、その後、おずおずと一葉を見た。 「い、いいですか?」  顔が少し赤い。問われた一葉は、ちらっと冬斗を見た。  一瞬、一葉と目があって動揺する。  (だから、なんでこっち見んだよ……!)  小さく何度も頷くと、一葉は何か考えるように下を見るが、すぐに顔を上げた。 「別に。俺はなんでもいいよ」  嬉しそうに鈴音が笑って、茜を見る。茜もにやりと笑って、「じゃあ、鈴音で決定」と一葉の名前に横に、鈴音の名前を書いた。 「じゃあ、次は装飾やりたい人……」  話が進む中、冬斗はこそっと一葉に小声で話しかけた。 「な、なんでいちいち俺の方見るんだよ」 「え? なんかまずかった?」 「まずいっていうか……」  きょとんとした顔の一葉に、言葉が詰まる。 「自分で決めろよ」 「うん。だから、冬斗に決めてもらおうかと思って」 「は、はあ?」  自分で決めたいから、冬斗に意見を聞く。矛盾している一葉に、冬斗は口をぱくぱくさせた。 「な、何言ってんだよ」 「あ、ほら、冬斗。展示資料の希望聞いてるよ」 「えっ」 「展示資料やりたい人、もういないー?」  慌てて黒板の方を見れば、確かに展示資料まで話が進んでいた。慌てて手を上げる。 「はい、じゃあ冬斗もね。ちょうど定員だからきりまーす」  茜の言葉にほっと息をついた。無事に希望が通りそうで、安心する。 「本当は俺も展示資料やりたかったなー」  残念そうにぼやく一葉に、冬斗は少しくすぐったいような気持ちになる。 「イ、イケメンは大変だな」  眼鏡のブリッジを押し上げて言うと、一葉は一瞬きょとんとして、曖昧に笑った。   ◆  ぱちっと、火鉢が爆ぜる音がする。  薄暗闇の中、ぼんやりと赤く光る木炭を見つめる。  寄せ合った肩から、互いの温もりが伝わってくる。  少し気恥ずかしくて、でも胸があたたかくて、そっと隣を見た。目が合って、床に置いていた手に男の手が重なった。   「今日はどんなことがあった? 教えてくれ」  優しげに細められる目に、自然とこっちも笑顔になる。 「雪丸が、また子犬を拾ってきたんだ。それで、父上に見つかって叱られていた。でも、こっそり厩舎(きゅうしゃ)のすみで飼うらしい。はりきって干し魚を台所からくすねていた」  男は面白そうに笑う。   「雪丸は本当に話題に事欠かないな……。それで? どうせ、お前も子犬を触ってきたんだろう」  男の指摘に、顔がじわりと赤くなる。 「……少しだけだ」 「やっぱりな」  そう言って低くくつくつと笑う男を見上げる。 「でも、依峰(よりみね)だって、実際に目の前にしたら触るだろう」 「そうかもな」 「ほら」  肩で軽く小突くと、依峰がこっちをじっと見つめてきた。改めて見つめられると気恥ずかしくて、つい目を逸らしてしまう。 「……正一(しょういち)」  名前を呼ばれて、目を戻す。依峰の意志の強い目に見つめられて、心臓が跳ねた。  依峰の顔が近づいてくる。目を伏せた。  柔らかくて、温かい。  依峰の舌が潜り込んできて、正一はおずおずと口を開けた。  途端に、口付けが深くなる。握り合った手が、少しだけ熱で湿る気配がした。 「……名前、呼べよ」  口付けの中、ひっそりと囁かれる。正一はうっとりと、恋人の名前を呼ぶ。 「依峰……、依峰……」  名前を呼ぶと、満足そうに依峰が笑う気配がした。衣擦れの音。お互いの息と、水音が小さく響く。  どれほどそうしていただろうか。何度も角度を変えて口付けを交わした後、ようやく離れる。  ぼうっとしたまま、依峰の肩にもたれかかって、火鉢を眺める。  火鉢の火は、もう消えそうに弱くなっている。 「……そろそろ、帰らないといけないな」  依峰が呟く。正一は、静かに目を伏せた。  火鉢の木炭が、サラ、と音を立てて崩れる。  芝居小屋の外では、雪が降り始めた気配がした。  

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