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第7話

「……あれ、一葉。買うの?」  体育の授業が終わり、教室に戻る途中にあった自販機の前で一葉が「ちょっと待ってて」と言うのでぼんやり待っていた冬斗は、一葉が自販機に小銭を入れるのを見て思わず声を上げた。 「うん。喉乾いちゃって。あ、冬斗もいる?」 「い、いや、俺はいいよ。じゃなくて。自分のあるんじゃなかったの?」  さきほどの鈴音とのやりとりを思い出して言えば、一葉は苦笑した。 「ああ、あれね。嘘なんだ」 「えっ」  なんで、という疑問を冬斗から感じ取ったのか、一葉は自販機のボタンを押しながらなんてこと無いように言った。 「めんどうだろ。ああいうの」 「めんどう……」  一葉から「めんどうくさい」なんてネガティブな言葉が出てきたので驚いた。今まで、なんというか人間離れしたような、俗世とは切り離された神のような存在として見ていたので、ふと生々しい人間ぽさを感じて冬斗は目を瞬いた。  (まあ、そうだよね。言うても、一葉だって高校生男子で、俺と同い年だもんな) 「……俺、人を好きになったことないんだよね」 「え……」  突然の告白に、冬斗は目を丸くした。  それは、いったいどういうことだろう。  冬斗は、朝のバスの中での会話を思い出した。  そういえば、一葉は朝もそんなことを言っていた。 「好きになってくれるのは嬉しいけど、応えられないから。期待させるのも可哀想だろう?」  そう言って、自販機から飲み物を取り出した一葉はキャップを開けてごくごくと飲み物を飲む。男らしい輪郭から喉仏にかけてのラインが美しい。 「そ、そうなんだ。初恋も、じゃあ、なし?」 「うん。そうだね」 「まじ?」  すっと、夜の瞳が冬斗に向けられる。 「冬斗は初恋あった?」 「え? うん、そりゃね」 「いつ?」  じっと、見つめられる。 「い、いつだろう。うーん……小学校3年生くらいの時? 学年で一番可愛かった子が挨拶してくれて」 「へぇ。冬斗ってメンクイなんだ」 「いやいやいや、男たるもの、可愛い子には弱いだろ」 「ふうん」  そう言って面白そうに笑う一葉は、正直男の冬斗から見てもときめくぐらいにはかっこいい。  俺が女子だったら100回は惚れてるね。  そう思いながら、一葉と並んで教室に戻る。 「恋って、良いものなのかな」  ぽつりと、一葉がつぶやいた。  独り言のようにも聞こえるそれに、冬斗はしばらく考えて、ぽつりと返した。 「……お互い、心が通じてれば良いもんなんじゃないかな」  (やば、ちょっとくさかったかも)  童貞の自分が何を言ってるんだろう、と一瞬で羞恥が込み上げてきたが、一葉が真剣な顔をしているので自分もおちゃらけた返事はできない気がしたのだ。  実は、冬斗は本気の恋をしたことがない。  あの子いいなー、とか、あの子可愛い! とは思っても、執着したり、身を焦がすような嫉妬に駆られたり、そういう感情とは無縁だった。 「心が通じてれば、か」 「まあ、多分。俺も、ちゃんとした恋愛ってしたことないから、知らんけど」  童貞だと告白しているようなものだが、一葉の前では別に些細なことに思えた。  人を好きになったことがない、そんな心の弱い一部を見せてくれた一葉には、誠意として自分も本音で返すべきだと思った。 「そっか。じゃあ、俺たち、一緒?」 「……ちょっと一緒かもね」 「はは。なんか嬉しい」  そう言って無邪気に笑う一葉は年相応の少年に見えて、なんだか冬斗は嬉しくなった。  まるで友達のようだ。自分には縁がないと思っていたものが、この白泰村に来てからは次々と降ってくる。  もしかしたら、白泰村は自分にとって運命の分かれ道だったのかもしれない。  そんなことを思いながら温かい気持ちになっていると、ふと一葉が自分を見下ろしていることに気がついた。  その目つきに、昨日の夢の男が重なった。 『おまえは美しい』  そう言ってうっとりと自分を見つめてきた、銀髪の男。  瞳の色は違うが、その男と同じ目をしているように見えて、一瞬、冬斗は夢と現実の境目が分からなくなった。  気がつくと、一葉の目はもう冬斗からはずされていた。  ハッと我に帰った冬斗は、狐につままれたような気持ちで瞬きをした。 「冬斗は、笑ってる方が良いよ」  そう言う一葉は、柔らかい笑みを浮かべている。自分はさっき笑っていたのか。全然自覚がなかった。 「い、良いって、なんだよ」  動揺しながら言い返すと、一葉が目を細めた。 「……まあでも、そのまんまでもいっか」 「は? ど、どゆこと」 「なんでもないよ」  意味がわからない。  一葉の考えてることがわからない。  頭の中に大量のハテナを浮かべながら、早足で歩く。  その半歩後ろを、ゆったりと一葉が歩いていた。

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