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第10話「俺は、いい」

10「俺は、いい」  ────えーん、えーん、と子どもの泣き声が雪山に響いていた。  赤い夕焼けが、雪山の影を濃くする。  来た道もわからず、しゃがみこんだ。  ろくに防寒もせずに飛び出してきたので、体も凍えている。  ひゅう、と風が木々の間を通り抜ける音がした。どこかでぱきっと枝が折れるような音もする。  しゃくりあげて、膝に顔を埋めた。 「おい」  ふいに声がした。  見上げると、木々から漏れる夕日を背にして、少年がこちらを見下ろしていた。  黒い髪の毛に、白い小袖を着ている。自分とそう変わらない年のようなのに、その雰囲気はなんだか大人びている。 「あ……」  うまく顔は見えなかったが、こんな山奥に人がいると思わなかったので、思わず涙が止まった。 「どうした」  そう問う少年の言葉に、泣いていた理由を思い出して、またひっくひっくと涙をこぼす。 「お、お母さん、し、しんじゃったの」 「……そうか」 「か、帰りたくない」 「だが、もうすぐ夜になるぞ」 「いやだ。帰りたくない」  泣きじゃくっていると、少年の手が頭に乗せられた。 「泣くな」 「う……うああ……」  どこか少年の手はぎこちなかった。  泣きながら、ぎゅっとその裾をつかむ。肌触りの良い絹がくしゃりと皺になっても、少年は何も言わずにしゃがんで背中をそっとさすってくれた。 「そんなに泣いたら、目が溶けるぞ」 「と、とけても、かまわない……」 「俺はかまう」  少年の静かな声を聞いていると、不思議と落ち着いてくる。    ――どのくらいの時間そうしていただろうか。気がつけば、あたりは薄暗くなっていた。  泣きすぎて小康状態になっていると、少年に手を引かれた。 「帰るぞ」 「う……」  帰りたくなくて、口を引き結ぶ。  少年にじっと見つめられた。  その口が静かに開く。 「……お前に、死んでほしくない」  濡れたカラスのような黒い瞳。  そこに、惚けたような自分の顔が映り込んでいる。 「行くぞ」  静かに声をかけられる。  今度は素直に従うことができた。  よろよろと立ち上がり、その手を掴む。    少し前を歩く少年は、迷うことなく歩みを進める。  しっかりした足取りに、ふらふらと精一杯歩きながらついていく。    すると、途中で足を滑らせた。 「あっ……」  ずる、と雪道に足が取られて、ぐらりと体が傾げる。  滑落すると思った時。    少年に腕をひかれた。    雪道に尻餅をつく。    目の前で、少年が落ちていく。    悲鳴をあげて、慌てて下を見た。    見下ろすと、少年は「うっ……」とうめきながら、体を起こしていた。  少年はふらりと立ち上がると、木々につかまりながらゆっくりと斜面を登ってきた。途中で何度か足を取られながらも、こちらまで戻ってきた。   「ごめんなさい……っ」 「……大事ない」  少年は汚れた小袖をぱんぱんと払った。 「だから、泣くな」  そう言ってこちらを見下ろす少年の額には、十文字の傷がついていた。赤い血が滲んでいる。 「でも、血が……」 「これくらい、すぐ治る」  少年は本当になんとも思っていないようだった。  でも、なんだか自分の方が痛いような気がして、思わず顔をくしゃりと歪ませる。ぽろぽろと大きな目から涙がこぼれた。 「でも、傷が残ってしまう……! こんなにきれいなのに、ごめんなさい」  目の前の小袖の裾をきゅっと握る。  少年は目を丸くした。  そうすると、少年はやっと年相応に見える。 「……気にするな」  そう言って、手を握られる。温かいその感触に、なんだかほっと安心した。  その後、しばらく休んだ後、再び二人は歩き出した。  少年に手を引かれながら足元に気をつけて歩く。    そうしているうちに、あっという間に館が見えてきた。  少年は鳥居の前で、歩みを止めた。 「さあ、行け」  手を離される。 「え……」  振り返る。  少年はひっそりと鳥居の前に立っていた。 「一緒に帰らないの」  そう言うと、少年はふと目を伏せた。   「俺は、いい」  行け、と再度うながされて、よろよろと歩き出す。 「……名前」  ふと、少年のつぶやき声が聞こえて振り向く。 「お前、名は」  少年にじっと見つめられて、赤くなった目で見つめ返す。 「……千代丸(ちよまる)」  少年は「千代丸……」と確かめるように呟く。 「……また会おう」  頷いて、少年の名を聞こうとした時、遠くで自分を探す声が聞こえた。  途中、何度か振り返る。  少年は鳥居の向こうで、じっと千代丸を見つめていた。  夕日はもう沈み、夜が来ていた。  

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