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第11話「俺は、いい」
────えーん、えーん、と遠くで子供の泣く声がする。
赤い夕日が差し込み、雪山の影を濃くする。
来た道もわからずしゃがみこんだ。
ろくに防寒もせずに飛び出してきたので、体も凍えている。
ひゅう、と風が木々の間を通り抜ける音がした。どこかでぱきっと枝が折れるような音もする。
しゃくりあげて、膝に顔を埋めた。
「おい」
ふいに声がした。
見上げると、木々から漏れる夕日を背にして、少年がこちらを見下ろしていた。
黒い髪の毛に、白い小袖を着ている。男の子とそう変わらない年のようなのに、その雰囲気はなんだか大人びている。
「あ……」
うまく顔は見えなかったが、こんな山奥に人がいると思わなかったので、思わず涙が止まった。
「どうした」
そう問う少年の言葉に、泣いていた理由を思い出して、またひっくひっくと涙をこぼす。
「お、お母さん、し、しんじゃったの」
「……そうか」
「か、帰りたくない」
「もうすぐ夜になる」
「いやだ。帰りたくない」
泣きじゃくっていると、少年が男の子の頭に手を優しく置いた。
「泣くな」
「う……うああ……」
どこか少年の手はぎこちなかったが、泣きながらぎゅっとその裾をつかむ。肌触りの良い絹がくしゃりと皺になっても、少年は何も言わずにしゃがんで男の子の背中をそっとさすった。
「そんなに泣いたら、目が溶けるぞ」
「と、とけても、かまわない……」
「俺はかまう」
少年の静かな声を聞いていると、不思議と落ち着いてくる。
どのくらいの時間そうしていただろうか。気がつけば、あたりは薄暗くなっていた。
泣きすぎて小康状態になっている男の子の手を、少年が優しく引いた。
「帰るぞ」
「う……」
帰りたくなかったが、少年に見つめられる。
「お前に死んでほしくない」
濡れたカラスのような黒い瞳に、惚けた子供の顔が映り込む。
「行くぞ」
静かに声をかけられて、今度は大人しくよろよろと立ち上がった。
少し前を歩く少年は、迷うことなく歩みを進める。
しっかりした足取りに、ふらふらと精一杯歩きながらついていく。
途中で、足を滑らせた。
「あっ……」
ずる、と雪道に足が取られて、ぐらりと体が傾げる。滑落すると思った時、少年に腕をひかれた。
雪道に尻餅をつく。
目の前で、少年が落ちていった。
悲鳴をあげて慌てて下を見る。少年は「うっ……」とうめきながら、体を起こしていた。
少年はふらりと立ち上がると、木々をつかみながらゆっくりと登ってくる。雪道に途中足を取られはしたが、それでも戻ってきた。
手を伸ばすと、しっかりと手をつかまれる。
「ごめんなさい……っ」
「大事ない」
汚れた小袖をぱんぱんと払い、少年は男の子を見下ろした。
「だから、泣くな」
そう言ってこちらを見下ろす少年の額には、十文字の傷がついていた。赤い血が滲んでいる。
「でも、血が……」
「これくらい、すぐ治る」
少年は本当になんとも思っていないようだった。でも、なんだか自分の方が痛いような気がして、男の子は顔をくしゃりと歪ませて、ぽろぽろと大きな目から涙を流した。
「でも、傷が残ってしまう……! こんなにきれいなのに、ごめんなさい」
少年は男の子の小袖の裾をきゅっと握った。少年は目を丸くした。そうすると、少年はやっと年相応に見える。
「……気にするな」
そう言って、手を握られる。温かいその感触に、なんだかほっと安心した。
その後、少年に手を引かれながら再び歩き出す。すると、あっという間に館が見えてきた。
少年は山裾にある鳥居の前で、歩みを止めた。
「さあ、行け」
手を離される。
「え……」
振り返る。少年はひっそりと鳥居の前に立っていた。
「一緒に帰らないの」
少年はふと目を伏せた。
「俺は、いい」
行け、と再度うながされて、男の子はよろよろと歩き出した。
「……名前」
ふと、少年がぽつりとつぶやき、振り向く。
「お前、名は」
少年にじっと見つめられて、男の子は赤くなった目で見つめ返す。
「……千代丸」
少年は「千代丸……」と確かめるように呟く。
「……また会おう」
頷いて、少年の名を聞こうとした時、遠くで自分を探す声が聞こえた。
途中、何度か振り返る。
少年は鳥居の向こうで、じっとこちらを見つめていた。
夕日はもう沈んで、夜が来ていた。
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