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第11話「蛇神伝説」

「じゃあみんな、今からバス降りるが、降りたら石段登ったところの境内で点呼とるからな。雪で滑らないように気をつけろよ」  この日は、白蛇祭の準備のために白蛇神社に来ていた。生徒たちが次々とバスを降りていく。通路側に座っていた一葉が席を立ったので、続いて冬斗も席を立つ。  神社の石段前に停まっていたバスから降り、石段の前で冬斗は思わず息を飲んだ。  深い杉林の奥。降り積もった雪の中に、白蛇神社は厳かに佇んでいた。  古くて質素な白泰村の中で、明らかにこの神社は異質だった。  黒塗りの屋根。金細工で埋め尽くされた社殿(しゃでん)。  白雪を被ってもなお、その異様なまでの豪奢さは隠しきれていない。 「す、すご……」  呟いた声が、雪に吸い込まれる。  石段の両脇、大きな鳥居の前に、巨大な白蛇の像が鎮座していた。  首をもたげ、今にも噛みつきそうな姿勢のまま、こっちを見下ろしている。  鋭い牙の中からのぞく、細く先が割れた舌。雪を被った鱗は、生き物みたいに鈍く白かった。  石像と目があった気がして、思わず自分の腕を握る。 「冬斗」  声をかけられて、肩が大きく跳ねた。 「わっ。な、なに」 「点呼、遅れちゃうから行こう」  思わず声が裏返る。一葉に促されて境内の方を見ると、生徒たちが集まっていて、担任と主任が冬斗たちを呼んでいた。 「やば……」  慌てて足を踏み出す。  鳥居をくぐったその時。  ────ぞわり。  全身を何かに巻き付かれたような、言葉にし難い感覚に襲われて、冬斗は再び足を止めた。 「どうしたの、冬斗」  肩に手を置かれる。おそるおそる見上げると、一葉の黒い瞳と目があった。その目がこっちを探っているように見える。胸がざわついた。 「な、なんでもない」  (なんだ、今の……)  気のせいかと、かぶりを振って歩き出す。一葉が後ろからついてくる。    なんだか、背中に視線が張り付いている気がして、落ち着かなかった。  ◆ 「じゃあ、作業は十五時めやすで。老人会の皆さんの言うことをきちんと聞くこと。作業が終わったら最後に必ずご挨拶するんだぞ。終わったらそのまま帰宅して良いからな。じゃあ、解散」  担任の号令を合図に、生徒たちがそれぞれ担当のところへばらけていく。隣にいた一葉に声をかけられる。 「冬斗、資料展示班だよね?  社務所の横の資料室だから、途中まで一緒に行こうか」 「あ、うん」  入り口の豪奢さから想像はできていたが、やっぱり境内は広く、いろいろな建物がある。東京の有名な寺を思い出すが、それよりももっと豪華な造りなのが不思議だった。  手水舎(ちょうずしゃ)が目に入る。龍の口からじゃなくて、蛇の口から水が出ている。その様子を横目に見ながら歩いていると、後ろから小走りで近づく足音がした。 「か、一葉先輩、ついて行きます」  見ると、一葉を挟んで冬斗の反対側、鈴音が駆け寄ってきていた。  長身で美形の一葉と、小柄で可愛らしい鈴音が並ぶと、「お似合い」という言葉が自然と頭に浮かぶ。   「一葉先輩。私、初めてなんでわからないことだらけで。だから……いろいろと、教えてください」  鈴音がちらりと一葉を見上げる。その上目遣いは、わかりやすく恋する女の子のものだ。    冬斗は思わず、一葉の袖を掴んでいた。 「あ……」  とっさに掴んでしまったものの、その後のことは何も考えていなかった。  (な、何やってんだ俺……!?)  一葉は少し驚いたように冬斗を見ていたが、やがてふっと笑った。 「……冬斗、もし良かったら、今日、うち来る?」 「え?」 「菊乃さん衣装係だから、今から来るんだ。だから、解散したらそのままうち来ない?」  一葉はなんだか嬉しそうに見えた。気のせいかもしれないけれど。 「い、行く」  気がついたら即答していた。隣で、鈴音が「いいなあ」と呟く。 「せ、先輩、私も行っちゃダメですか……?」  控えめに一葉を見上げる鈴音。胸がざわめく。 「ごめん。男子会なんだ」  微笑んで断った一葉に、ほっと息をついた。鈴音が残念そうな顔をする。 「じゃあ、冬斗。またあとでね」 「お、おう」  社務所の前で一葉たちと別れる。鈴音が一葉の後をついていく。でも、もうその背中を見ても気持ちはざわつかなかった。  ◆   「あ、うち、ホワイトボード持ってくる」 「なら、あたしも行くよ」  資料室で作業をしていると、班のメンバーの一人が席を立った。それにつられてもう一人も席を立つ。  資料展示班は三人だったが、冬斗以外の二人は仲が良い女子たちなので、冬斗は基本的に黙々と資料を整理していた。  女子たちが部屋を出て行く。  とたんに、資料室には沈黙が降りた。  古いストーブの微かな駆動音。窓の外では、誰かの笑い声が遠く聞こえる。湿気を吸った木の匂いと、墨の匂い。  ふぅ、と息を吸い込んだ。  静かな方が落ち着く。  肩の力が抜けて、資料を見返した。改めて資料を眺めていると、 ふと一枚の絵巻が目についた。 「あ……」  山のように巨大な蛇と、その前にひれ伏す人々。そして、一人だけ立って蛇と向かい合っている女性の姿が描かれている。 「……蛇神伝説じゃ」  見入っていると、後ろから不意に声がして、はっと振り返った。  ストーブの近くの椅子に座っていた、資料展示班の指導係の佐久間だった。 「……東京の子なのに、よく見ておるな」  最初に挨拶と指示をしただけで、あとは眠ったように椅子に腰掛けていた老人に突然話しかけられて、思わず目を丸くする。  落ち窪んだ目でじっとみつめられて、冬斗は息を詰めた。 「蛇神、伝説……」  ぽつりと呟くと、佐久間が腰をゆっくりと上げた。椅子にかけられていた杖を取り、コツ、コツ、とつきながら近づいてくる。  その姿に、既視感を覚えた。   「その絵巻が気になるか」 「あ……はい、少し。……この女性は誰なんですか?」  一人、大蛇に向き合っている女性を指すと、佐久間が切れ込みのような口を開いた。 「巫女様じゃよ」 「巫女……」  女性の姿を見る。後ろ姿しか描かれていないが、長い黒髪がたなびいていて、いかにも美しそうだった。 「あの……これはどんな場面なんですか?」  訊くと、佐久間は一瞬、沈黙した。 「……平安の頃、この白泰に人が住み着いた。じゃが、ほどなくして大災害が起こっての」 「大災害……」 「蛇神様のお怒りによるものじゃった」 「お怒り?」  佐久間は頷く。 「蛇神様は伴侶として、村一番の娘を差し出せとおっしゃった。その娘が、巫女様じゃ。じゃが、ご先祖様たちはこれに頷かなかった。お怒りになった蛇神様が、この白泰に災害をもたらしたのじゃ。そして、お怒りを鎮めるため、巫女様は蛇神様のもとへお行きなさった」  佐久間から語られた蛇神伝説に、冬斗は思わず眉を顰めた。なんだか、言いようのない気持ち悪さに襲われる。 「……それで、その巫女様は、どうなったんですか?」  訊いた瞬間、佐久間は黙り込んだ。  ストーブの火が、小さくぱちりと鳴る。 「……蛇神様の伴侶になったのじゃ」  そう言った佐久間の目は、冬斗を見ていなかった。  直感で、この老人は何かを隠している。そう思った。    冬斗の顔を見て何を思ったのか、佐久間は目を細めた後に、ふぅ、と一息ついた。 「まあ、昔の話じゃ」  杖をついて椅子の方へ戻る。椅子に腰掛けて、再び眠るように目を閉じると、それきり口を開くことはなかった。  冬斗は、女子たちがホワイトボードを持って騒がしく資料室に戻ってくるまで、その絵巻を見つめ続けた。    

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