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第13話「傷を撫でる」
「おす、冬斗! やってるかー?」
時計の針が14時を回った頃、伊織が資料室に顔を出してきた。
「あ、伊織、サボりだー」
軽快に笑う伊織の姿に、女子たちがにやりとする。伊織は「はー? サボりじゃねーし! やることちゃんとやってきましたー」と返しながら中に上がってきた。
「炊き出し班はもう打ち合わせ終わったからさ。暇なんだよな〜」
炊き出し班は、献立や買い出しの確認くらいでもうやることがないらしい。
「前日と本番は大変だけど、準備初日は楽なんだよなー」
そう言いながら伊織は冬斗の横に腰掛ける。
「あ、佐久間のじいちゃん、こんにちは」
「……おお、藤堂んところのせがれか」
目を閉じていた佐久間さんが、ちらりと伊織を見る。やっぱり白泰村ではみんなが顔見知りで、どこかしらでつながっている。
「ちょっと冬斗借りてもいい?」
「……好きにせい」
佐久間さんはまた目を閉じる。「よっしゃ」と笑った伊織に腕を引かれた。
伊織に手を引かれながら、冬斗は最後に振り返った。
椅子に深く腰掛けた老人は、再びうつらうつらと船をこぎ始めていた。
◆
「ふう。あー、やっと冬斗としゃべれた」
伊織に連れてこられたのは、境内を出て、神社を出たところだった。伊織は向かい合う二体の蛇の石像を眺める。
「……不気味だよなぁ」
「えっ」
苦々しく呟いた伊織を、思わず見上げる。そんな冬斗の様子を見下ろして、伊織はふっと笑った。
「……まあ、みんなナチュラルに受け入れてるもんなぁ。冷静に考えたら、怖くね? この像とか」
「う、うん……」
伊織がそんなことを言うのがなんだか意外だった。伊織の横顔を見上げる。
雪明かりの中の真顔は、いつもより大人びて見えた。
“依峰”と同じ顔だ。
伊織が冬斗の視線に気がついて、こっちを見下ろしながら笑う。
「ん?」
いつもの明るい表情になった伊織に、ハッとして瞬きをした。目を見られないように、慌てて俯く。
「い、いや……。俺も、ちょっと同じこと思ってた。……なんか、見られてる感じ、するし」
そう言うと、伊織が一瞬だまった。
「……わかる」
ぽつりと伊織が呟く。
目の前を車が一台通り過ぎる。車がいったあとは、また雪の気配しかしなくなる。
「てかさ、冬斗、協力イベやんね?」
伊織がスマホを取り出して、にやっと笑った。
「え、でも、まだみんな作業してるし……」
「良いって。どうせ他の奴らもそろそろ暇になってきてるだろ」
「せ、先生に見られたらさ」
「大丈夫、大丈夫。どうせ大人たちは大人たちでだべってるし。ちょっとくらい良いだろ」
「そ、そっか……」
冬斗はきょろきょろと周りを見回す。他には誰もいない。境内の方では生徒たちの騒がしい声が聞こえる。
「じゃあ……」
おずおずとスマホを取り出す。伊織が楽しそうに肩を小突いてきた。「い、いてえよ」と言いながらも、冬斗は自然と口元が緩んでいた。
「あ、そっちカバーして」
「いやこっちまだチャージ中だから無理」
「あー、んだよー」
肩を寄せ合ってゲームをする。いつのまにか夢中になってやっていたら、気が付いたら後ろに怖い顔をした担任が立っていて、頭をこづかれた。
担任に二人で謝りながら、ちらっと目配せする。そして、担任に見られないようにこっそりと笑い合った。
◆
その日の夜。冬斗は、また“正一”の夢を見ていた。
――ぱちり、と火鉢の炭が爆ぜる音がする。
こうこうと赤く燃える木炭を見つめながら、正一は依峰と肩を並べて、芝居小屋に座っていた。
楽屋の中は相変わらず薄暗く、外は雪の気配がしている。
正一は依峰の前髪をそっとかき分けた。
「……お前は本当に好きだな。この傷」
呆れたような声が落ちてくる。
正一はくすりと笑った。
「ああ。好きだ」
そっと指先を伸ばす。
依峰の額に残る、十文字の古傷を慈しむように撫でる。
依峰は少し眉を寄せた。
「傷なんて好きになるやつがあるか」
「俺は好きだ」
「……変なやつだ」
ふっと依峰が笑う。
「お前は覚えてないんだろうけど」
「ああ……」
依峰が小さくため息をついて、曖昧に笑う。
「俺には大事な思い出なんだ」
正一の脳裏に、幼い日の夕焼けに染まった雪山がよぎる。
依峰はしばらく黙っていたが、やがてそっと正一を抱き寄せた。
「……なあ、名前、呼べよ」
「……依峰。……お前は、名前呼ばれるのが好きだよな」
「ああ。お前に呼ばれると、たまらない」
依峰に見つめられる。黒い瞳は、どこか翳っているように見えた。
やがて、どちらからともなく唇を寄せる。
甘く口付けを交わしながら、窓の外では雪の気配を確かに感じていた。
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