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第12話「傷を撫でる」

「おす、冬斗! やってるかー?」  時計の針が十四時を回った頃、伊織が資料室に顔を出してきた。 「あ、伊織、サボりだー」  軽快に笑う伊織の姿に、女子たちがにやりとする。伊織は「はー? サボりじゃねーし! やることちゃんとやってきましたー」と返しながら中に上がってきた。   「炊き出し班はもう打ち合わせ終わったからさ。暇なんだよな〜」  炊き出し班は、献立や買い出しの確認くらいでもうやることがないらしい。 「前日と本番は大変だけど、準備は楽なんだよなー」  そう言いながら伊織は冬斗の横に腰掛ける。 「あ、佐久間のじいちゃん、こんにちは」 「……おお、藤堂んところのせがれか」  目を閉じていた佐久間が、ちらりと伊織を見る。やっぱり白泰村ではみんなが顔見知りで、どこかしらでつながっている。 「ちょっと冬斗借りてもいい?」 「……好きにせい」  佐久間はまた目を閉じる。「よっしゃ」と笑った伊織に腕を引かれた。  伊織に手を引かれながら、冬斗は最後に振り返った。  椅子に深く腰掛けた老人は、再びうつらうつらと船をこぎ始めていた。  ◆ 「ふう。あー、やっと冬斗としゃべれた」  伊織に連れてこられたのは、境内を出た先、石段の下だった。  伊織は向かい合う二体の蛇の石像を眺める。 「……不気味だよなぁ」 「えっ」  苦々しく呟いた伊織を、思わず見上げる。 「蛇って……なんか、好きになれねえんだよな」 「え?」  伊織はぼんやりと石像を眺めている。  らしくない伊織の様子に、冬斗は戸惑った。  そんな冬斗に気がついたのか、伊織は冬斗を見下ろしてふっと笑った。 「いや。みんな普通に受け入れてるけどさ。あんな像、冷静に見たら怖くね?」 「う、うん……」  伊織がそんなことを言うのがなんだか意外だった。伊織の横顔を見上げる。  雪明かりの中の真顔は、いつもより大人びて見えた。   (『依峰』と同じ顔だ……)    伊織が冬斗の視線に気がついて、こっちを見下ろしながら笑う。 「ん?」  いつもの明るい表情になった伊織に、ハッとして瞬きをした。目を見られないように、慌てて俯く。 「い、いや……。俺も、ちょっと同じこと思ってた。……なんか、見られてる感じ、するし」  そう言うと、伊織が一瞬だまった。 「……わかる」  ぽつりと伊織が呟く。  目の前を車が一台通った。車が通り過ぎると、また雪の気配しかしなくなる。 「てかさ、冬斗、協力イベやんね?」  伊織がスマホを取り出して、にやっと笑った。   「え、でも、まだみんな作業してるし……」 「いいって。どうせ他の奴らもそろそろ暇になってきてるだろ」 「せ、先生に見られたらさ」 「大丈夫、大丈夫。どうせ大人たちは大人たちでだべってるし。ちょっとくらい、いいだろ」 「そ、そっか……」  冬斗はきょろきょろと周りを見回す。他には誰もいない。境内の方では生徒たちの騒がしい声が聞こえる。 「じゃあ……」  おずおずとスマホを取り出す。伊織が楽しそうに肩を小突いてきた。「い、いてえよ」と言いながらも、冬斗は自然と口元が緩んでいた。 「あ、そっちカバーして」 「いやこっちまだチャージ中だから無理」 「あー、んだよー」  肩を寄せ合ってゲームをする。いつのまにか夢中になり、ふと顔を上げると、後ろに怖い顔をした担任が立っていた。  二人で担任に謝りながら、ちらっと目配せする。そして、担任に見られないようにこっそりと笑い合った。  ◆  その日の夜。冬斗は、また夢を見ていた。  ────ぱちり、と火鉢の炭が爆ぜる音がする。  こうこうと赤く燃える木炭を見つめながら、正一は依峰と肩を並べて、芝居小屋の楽屋に座っていた。  室内は相変わらず薄暗く、外は雪の気配がしている。  正一は依峰の前髪をそっとかき分けた。 「……お前は本当に好きだな。この傷」  呆れたような声が落ちてくる。  正一はくすりと笑った。 「ああ。好きだ」  そっと指先を伸ばす。  依峰の額に残る、十文字の古傷を慈しむように撫でる。  依峰は少し眉を寄せた。 「傷なんて好きになるやつがあるか」 「俺は好きだ」 「……変なやつだ」  ふっと依峰が笑う。 「お前は覚えてないんだろうけど」  正一の言葉に、依峰は小さくため息をついて曖昧に笑った。  その横顔には、火鉢の火を受けて寂しげに影が落ちている。 「……俺には大事な思い出なんだ」  そう言って、正一はあの時のことを思い出す。    幼い頃。夕焼け。雪山。十文字の傷。    詳しく思い出そうとしても、頭に分厚い膜が張られているようにうまくいかない。  背中の一点が、火に炙られたようにちりりと疼いた。    依峰はしばらく黙っていたが、やがてそっと正一を抱き寄せた。 「……なあ、名前、呼べよ」 「依峰。お前は名前呼ばれるの、本当に好きだよな」 「ああ。……お前に呼ばれると、たまらない」  依峰に見つめられる。黒い瞳は、どこか翳っているように見えた。    やがて、どちらからともなく唇を寄せる。    甘く口付けを交わしながら、窓の外では雪の気配を確かに感じていた。   

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