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第13話「内緒」※
「冬斗ー?」
ぼんやりとしていると、突然伊織の顔が目の前に現れた。
「わっ……! び、びびった、なんだよ」
どきりとして慌てて眼鏡を押し戻すと、伊織が唇を尖らせる。
「ずっと話しかけてんのに、無視すんだもんよー。てか、もう授業終わったぞ?」
「え? あ」
周りを見ると、昼休みになっていたようで、周囲は賑わっている。
全然気が付かなかった。隣を見ると一葉がいない。
「一葉なら鈴音と一緒に神楽の練習で出てったぞ」
「……あ、そうなんだ」
いつもなら昼休みになると一葉が真っ先に声をかけて来ていた。だから、昼休みに入っても気が付かなかったのか。
伊織が弁当箱を見せて笑う。
「昼、食おうぜ」
「おう」
伊織は一葉の席に座って、弁当箱を広げる。
冬斗も弁当箱を広げながら、ふと、伊織と二人で食べるのは初めてだと気がついた。
「てかさ、お前、最近よくぼーっとしてるよな」
「あー……うん」
曖昧に頷いて、冬斗は卵焼きをつついた。
「なんか悩んでんのか?」
「い、いや、そういうんじゃないけど……」
「けど?」
冬斗はごくりと喉を鳴らした。
「……ゆ、夢を見るんだ」
「夢?」
伊織が生姜焼きをご飯と一緒に口に放り込む。
頷いて、冬斗は箸を止めた。
「変な夢でさ。……俺、なんか時代劇に出てくるようなところにいるんだ」
『正一』と呼ばれる自分。
冷たい白銀の男。
恋人の『依峰』。
雪山の子供たち。
「妙にリアルでさ。……出てくる人たちの名前まであるんだ」
「なんだそりゃ。確かに変な夢だな」
「うん。もうさ、ここ一ヶ月くらい、ずっとその夢ばっかり見るんだ。なんかもう変になりそうで……」
言っているうちに、だんだん視線が落ちていく。
最初は、ただ、変な夢だな、と思うくらいだった。
東京から白泰村に来て、心細さと疲れから見たんだろう、と思っていた。
しかし、その内容があまりにも生々しくて、だんだん気味が悪くなってきた。
「参ってるみたいだな。……ちなみに、どんな奴が出てくんの?」
「えっ」
冬斗は思わず顔を上げた。伊織は存外真面目な顔をしている。心臓がどくりと跳ねた。
言っていいんだろうか。
そう思った瞬間、脳裏に火鉢がよぎった。
伊織にそっくりな『依峰』との、濃厚な口付け。
一気に顔が熱くなった。
「い、いや、なんか、いろいろ……」
「なんだそれ。気になるんだけど」
伊織が笑いながら身を乗り出してくる。その距離に、冬斗は思わず身を引いた。
『────名前、呼べよ』
脳裏に、夢の中の低い声が蘇る。
「っ……」
「冬斗?」
「あ、いや……その」
伊織の顔をまともに見られない。
弁当箱へ視線を落としながら、ぼそぼそと呟く。
「……な、なんかイケメンばっかり出てくる」
「ん? 願望ってことか?」
「ち、ちげえよ! そ、それでさ……すげえ距離が近いんだ。あ。べ、別に変な意味じゃないぞ」
焦って早口になる。顔が熱い。
伊織は数回瞬きをした後、吹き出した。
「ははっ、なんだそれ。やっぱ願望じゃん」
「ち、ちげえって! そんなんじゃねえから!」
そうに決まっている。そうであってたまるか。
伊織はおかしそうに笑う。
「いや、だってお前、めちゃくちゃテンパってんじゃん。絶対そのイケメンたちとそういう夢見ただろ」
「はっ!? ちが、ば、ばか! んな訳ねえだろ!」
思わず、依峰の顔が浮かぶ。
真っ直ぐな黒い目に見つめられて、唇を交わした。
それから氷のように冷たい紫の目の男。
後ろから抱きしめられて、耳元で低く囁かれた。
「やば。お前必死すぎ。てか顔真っ赤じゃん」
伊織は腹を抱えてひとしきり笑った後、ふっと表情をやわらげた。
「……はぁ。まあ、でもさ」
「?」
「その夢、お前だけで抱えてるとしんどいなら、また話せよ」
伊織は、いつもの軽い調子でそう言った。
「俺、聞くくらいならできるし」
その言葉に、目を見開く。胸の奥が、じんわりと熱くなって、なんだか少し泣きそうになった。
「……ありがと」
「おう」
伊織はにっと笑って、生姜焼きを口に放り込んだ。
その横顔を小さく笑いながら見た瞬間。
────ぞくり。
反射的に、教室の入り口を見る。
一葉が立っていた。
黒い瞳が、まっすぐこちらを見ている。
隣には鈴音がいた。でも、一葉は鈴音を見ていなかった。
ただ、伊織の隣で笑っている冬斗を見つめていた。
「……一葉」
ぽつりと呟くと、伊織が一葉たちの方を向く。
「お、おかえり。神楽、どうよ?」
「ただいま。良い感じじゃないかな」
「はい。先輩が優しく教えてくれて、だいぶ上達した気がします」
一葉はやわらかな表情を浮かべてこっちにやって来る。その後をぴょこぴょこと鈴音がついてくる。
「そっちは……なんか楽しそうだね?」
「ん? ああ、まあな」
「……なんの話してたの?」
「あー、内緒!」
伊織は冬斗を一瞬横目で見て、口元に人差し指を当てて笑った。一葉の口元が弧を描く。
「……へえ」
冬斗は俯いた。
一葉が隣に座ってくる。
「冬斗」
名前を呼ばれて、おそるおそる一葉を見る。
「な、なに」
一葉の白い指が伸びてきて、髪にそっと差し入れられる。
びくりと震える。
早鐘のように心臓が鼓動を刻む。
「髪、跳ねてるよ」
そう言って笑った一葉。
「あ、はは……」
笑おうとして、失敗した。
◆
夢の中。
正一は広い和室にいた。
宵の障子の向こうから、かすかな祭囃子 の音が漏れ聞こえてくる。
「……正一」
低く、ざらついた声。
耳元で名前を呼ばれて、おそるおそる顔を上げる。
「……あ」
銀髪の間からのぞく紫の目。
氷のような美貌の男と目が合って、息を飲んだ。
ふと腰まわりに違和感を覚える。
見下ろすと、自分は男の膝の間に座らされ、正面から腰を抱かれていた。
袴が乱れていて、逞しく白い手が腰を這っている。
下着の結び目が解かれていた。
「やめ……っ」
背筋が震えた。
怖い。
怖くてたまらない。
なのに、むしろ体は熱い。
正一は混乱して、目の前の男を見上げた。
「あ、あの……あなたは……?」
そう訊ねると、男の目が静かに細められた。
答えがないまま、顎をそっと取られた。
ひやりとした手の感触に驚いていると、息ができなくなった。
「……っ」
口付けをされている。
そう理解した瞬間、かっと体が熱くなった。
障子の向こうからは、笛や太鼓の音が聞こえてくる。
「……んっ」
男の舌が潜り込んできて、正一は息を乱した。
触れる体はどこもかしこも冷たいのに、口内だけは熱い。
「……正一」
『正一』。
男が自分を呼ぶ声に、依峰の声を思い出した。
肩を寄せ合い、静かに思いを交わしていた。その思い出が、白く塗りつぶされていく。
「あっ……ぅん……っ」
それは口付けというより、捕食のようだった。
息もつけないほど深く唇を奪われて、思わず涙が滲む。
正一は恐怖に震えながら、目の前の男を見上げた。
「か、巫 様、なぜ……こんな……っ」
「───巫などと呼ぶな」
紫の目が妖しく光った。
ひゅっと喉が鳴る。
「……シキだ」
シキ。
その名を聞いた瞬間、なぜか胸が締め付けられた。
背中がちりちりと熱を持つ。
シキはふと何かに気がついたように、目を細めた。
袴と小袖をつかまれたかと思うと、男に背を向け、畳に手をつく体勢をとらされた。
背中が露わになる。
頭上でシキの動きが止まった。
「……これか」
低く、氷点下の怒りをたたえたような声が聞こえた。
背骨あたりをそっと撫でられて、その冷たさにびくりと体が震えた。
シキはしばらく黙り込んだ。
正一の震える呼気だけが聞こえる。
いつのまにか、祭囃子は止んでいた。
やがて、静かに顎をすくわれた。
「……正一」
首筋に歯を立てられる。
(───食われる)
なぜか、そう思った。
「やめ……て、くださ……」
声が震える。
「……もう、待てぬ」
ひっそりと告げられた言葉に、正一は目を見開いた。黒い瞳に、涙が滲む。
「どこにも行くな……」
耳元で熱く囁かれ、逃げられないようにきつく抱きすくめられる。
───その日、訳もわからぬまま、正一はシキに奪われた。
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