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第14話「内緒」※
「冬斗ー?」
ぼんやりとしていると、突然伊織の顔が目の前に現れた。
「わっ……! び、びびった、なんだよ」
慌てて眼鏡を押し戻すと、伊織が唇を尖らせた。
「ずっと話しかけてんのに、無視すんだもんよー。てか、もう授業終わったぞ?」
「え? あ」
周りを見ると、昼休みになっていたようで、周囲は賑わっている。
全然気が付かなかった。まばたきをして、隣を見ると一葉がいない。
「一葉なら鈴音と一緒に神楽の練習かなんかで出てったぞ」
「……あ、そうなんだ」
いつもなら昼休みになると一葉が真っ先に声をかけて来ていた。だから、昼休みに入っても気が付かなかったのか。
伊織が弁当箱を見せて笑う。
「昼、食おうぜ」
「おう」
伊織は一葉の席に座って、弁当箱を広げる。ふと、気になってきょろきょろと見回した。
「あれ、茜は?」
「茜は担任んとこ行ってる。ほら、白蛇祭、リハも近くなって来ただろ? いろいろ打ち合わせがあるんだとよ」
「へえ。忙しいな」
冬斗も弁当箱を広げながら、ふと、伊織と二人で食べるのは初めてだと気がついた。
「てかさ、お前、最近よくぼーっとしてるよな」
「あー……うん」
曖昧に頷いて、冬斗は卵焼きをつついた。
「なんか悩んでんのか?」
「い、いや、そういうんじゃないけど……」
「けど?」
冬斗はごくりと喉を鳴らした。
「ゆ、夢を見るんだ」
「夢?」
伊織が生姜焼きをご飯と一緒に口に放り込む。
頷いて、冬斗は箸を止めた。
「変な夢でさ、俺、なんか時代劇に出てくるようなところにいるんだ。それが妙にリアルでさ。出てくる人たちの名前まであるんだ。何回も見るんだけど、場所とかは違ってもほとんど毎回、同じ人が出てきたりする」
「なんだそりゃ。確かに変な夢だな」
伊織が眉を顰める。
「うん。もうさ、ここ一ヶ月くらい、ずっとその夢ばっかり見るんだ。なんかもう変になりそうで……」
言っているうちに、だんだん視線が落ちていく。
最初は、ただ、変な夢だな、と思うくらいだった。
東京から白泰村に来て、心細さと疲れから見たんだろう、と思っていた。
でも、それがこうも連続で、しかもあまりにも生々しく、整合性が取れていることから、不審に思うようになってきていた。
「参ってるみたいだな。……ちなみに、どんな奴が出てくんの?」
「えっ」
冬斗は思わず顔を上げた。伊織は存外真面目な顔をしている。心臓がどくりと跳ねた。
言っていいんだろうか。
夢の中の男たち。依峰。銀髪の男。火鉢。口付け。
そこまで考えて、一気に顔が熱くなった。
「い、いや、なんか、いろいろ……」
「なんだそれ。気になるんだけど」
伊織が笑いながら身を乗り出してくる。その距離に、冬斗は思わず身を引いた。
――『名前、呼べよ』
脳裏に、夢の中の低い声が蘇る。
「っ……」
「冬斗?」
「あ、いや……その」
伊織の顔をまともに見られない。弁当箱へ視線を落としながら、ぼそぼそと呟く。
「男、なんだ」
「……男?」
「夢に出てくるやつ」
一瞬、空気が止まった気がした。
やばい。変に思われた。
そう思って慌てて顔を上げると、伊織はきょとんとしていた。
「へえ。男なのか」
「そ、それでさ! なんか、すげえ距離近いんだよ! いや、別に変な意味じゃなくて!」
焦って早口になる。伊織は数回瞬きをした後、吹き出した。
「ははっ、なんだそれ」
「わ、笑うなよ!」
「いや、だってお前、めちゃくちゃテンパってんじゃん」
腹を抱えて笑う伊織に、冬斗はむっと頬を膨らませた。
「笑い事じゃねえって。俺、本気で悩んでんだからな」
「悪い悪い」
伊織はまだ少し笑いながらも、「でもさ」と箸を止めた。
「なんつーか、そこまでリアルだと気味悪いな」
「だろ……?」
冬斗はほっと息を吐いた。否定されなかったことに、少しだけ安心する。
「ちなみに、その夢に出てくる男って、どんな感じ?」
「え……」
また聞かれて、言葉に詰まる。
依峰の顔が浮かぶ。
真っ直ぐな黒い目。額の傷。火鉢の赤。触れる唇。
それから、もう一人。
紫の目。氷のような冷たさを纏った、美しい男。
喉がひりついた。
「……お、覚えてない」
ぽつりと呟く。
「はあ? 逆に気になるじゃんよ」
「いや……なんか、うまく顔は見えなくて。でも、すっげえみんなイケメン」
伊織はしばらく黙って冬斗を見ていたが、やがて「ふうん」と小さく笑った。
「冬斗、イケメン好きなの?」
「は!? ち、ちげえし! 何言ってんだよ!」
弁当箱を落としそうになって、慌てて持ち直す。眼鏡の奥から見える伊織は、にやりと笑っていた。
「でも夢って、願望とか出るって言うじゃん」
「や、やめろ!!」
顔が爆発しそうだった。
伊織はけらけら笑いながら、「悪い悪い」と謝る。
けれど、その後ふっと笑みを薄くした。
「……でもさ」
「?」
「その夢、お前だけで抱えてるとしんどいなら、また話せよ」
伊織は、いつもの軽い調子でそう言った。
「俺、聞くくらいならできるし」
その言葉に、目を見開く。胸の奥が、じんわりと熱くなって、なんだか少し泣きそうになった。
「……ありがと」
「おう」
伊織はにっと笑って、生姜焼きを口に放り込んだ。
その横顔を小さく笑いながら見た瞬間。
――ぞくり。
突然、背筋に冷たいものが走った。
反射的に教室の入り口を見る。
一葉が立っていた。
黒い瞳が、まっすぐこちらを見ている。
隣には鈴音がいた。でも、一葉は鈴音を見ていなかった。
ただ、伊織の隣で笑っている冬斗を見つめていた。
「……一葉」
ぽつりと呟くと、伊織が一葉たちの方を向く。
「お、おかえり。神楽、どうよ?」
「ただいま。良い感じじゃないかな」
「はい。先輩が優しく教えてくれて、だいぶ上達した気がします」
一葉はやわらかな表情を浮かべてこっちにやって来る。その後をぴょこぴょこと鈴音がついてくる。
「そっちは……なんか楽しそうだね?」
「ん? ああ、まあな」
「……なんの話してたの?」
「あー、内緒!」
伊織は冬斗を一瞬横目で見て、口元に人差し指を当てて笑った。一葉の口元が弧を描く。
「……へえ」
その間、冬斗は一言も口をきけなかった。なんだか、一葉の方を見るのが怖かった。
◆
夢の中で、冬斗は目を開けた。
芝居小屋にいた。でも、いつもと違って、火鉢はない。でも、不思議と寒くはなくて、周りもよく見えた。
「……正一」
低く、ざらついた声。耳元で名前を呼ばれて、後ろを振り向く。
銀髪の間からのぞく紫の目。目が合って、息を飲んだ。
「……あっ」
それと同時に、下肢に違和感を覚える。見下ろすと、自分は白い打ち掛けの上に座らせられていて、後ろから男に抱き込まれていた。袴が乱れていて、男の雪のように白く、逞しい手が腰に這わせられている。下着の結び目が解かれていて、正一の中心はすでに兆している。
「やめ……っ」
怪しげに男の指が腰骨を撫で、耳元に吐息が吹き込まれる。
背筋が震えて、正一は息を詰めた。
「やっと、お前に触れられる」
「いや……だ……」
怖い。怖くてたまらないはずなのに、嫌悪感はない。むしろ体が熱くなっていって、正一は混乱した。
「……ここで、あの男と会っていたんだろう」
「え、なんで……」
ひっそりと囁かれた言葉に目を見開くと、顎をそっとつかまれた。冷たい指に顎をとられたと思った瞬間、息ができなくなる。
口付けをされている。
そう理解した瞬間、かっと体が熱くなった。
男の体はどこもかしこも冷たいのに、口の中だけが熱かった。
「……正一」
『正一』
男が自分を呼ぶ声に、依峰の声を思い出した。
肩を寄せ合い、静かに思いを交わしていた。その思い出が、白く塗りつぶされていく。
「あっ……ふ、ぅん……っ」
それは口付けというより、捕食だった。息もつけないほど深く唇を奪われて、正一は思わず涙が滲む。
「……お前は、俺のものだ」
やっと解放されたと思えば、紫の瞳に射抜かれる。凍るような美貌に、思わず魅入った。
男にゆっくりと組み敷かれた。背後から覆い被されている体勢だ。正一は後ろを振り向いた。
「や、やめろ……っ! なんで、なんでこんなことを……っ! 巫 様、なんで……っ」
「巫などと呼ぶな」
紫の目が妖しく光った。ひゅっと喉が鳴る。
「俺は、シキだ」
「シキ……」
呟くと、男――シキは満足そうに薄く微笑んだ。
「ぁっ……」
次の瞬間、袴と小袖をつかまれて、背中が露わにされた。恐怖に震えると、頭上でシキの動きが止まる。
「……これか」
低く、氷点下の怒りをたたえた声が聞こえた。
背骨あたりをそっと撫でられて、びくりと体が震えた。
「……これのせいで、俺は……」
シキが何か言っているが、正一はそれどころではない。これから何をされるのか。自分がどうなってしまうのか。それを静かに予見して、動悸がした。
「……正一」
ちゅ、と音がして、肩甲骨の間に濡れた感触がした。思わず声が漏れる。体がまた熱くなってきて、正一は思わず内腿を擦り合わせた。
首筋に歯を立てられる。ぞわりと、根源的な恐怖に呑まれて、ガタガタと歯が鳴った。
「やめ……て、くださ……」
声が震える。
「もう待てぬ」
ひっそりと言ったシキの冷たい指が、兆していた中心に添えられた。
「あう……」
「もう、甘露が漏れているな」
「そ、そんな……」
怖い。怖くて仕方がないのに、なぜか体が昂ってしょうがない。体と気持ちの乖離 に、涙が溢れた。
「泣くな」
意外にも、優しく涙を拭われる。その手つきと声に、なぜか感情を揺さぶられる。
依峰と引き裂かれ、訳もわからず連れてこられた。挙句に、貞操を奪われようとしている。
それなのに、自分の体は拒否を示すどころか、積極的にシキに応えようとしている。
その反応が信じられず、怖い。自分なのに、自分ではないようだ。
いやらしい、耳を塞ぎたくなるような水音が足の間から聞こえてきて、正一はぎゅっと目を瞑る。
耳裏に口付けられ、胸の尖りをにじられる。足の間では、絶えずシキの手が正一のものを妖しく愛撫している。
体が熱い。
それなのに、背中に感じるシキの体温はひやりとしていて、汗一つかいていない。
羞恥で消え入りたくなった。
ぞわぞわとしたものが、腰骨から脳天まで痺れるように広がっていく。
ぐったりと体から力が抜けて、気がつけば正一はシキに腰だけを上げた四つん這いの姿勢になっていた。
はぁ、とシキが思わずと言ったように吐息を漏らす。ぐ、と尻たぶをつかまれて、そっとひろげられる。
かっと顔が熱くなった。
「そ、そこは……っ!」
たまらず体を起こそうとするが、力が入らない。そうしている間にも、内部に何かが侵入してくる感触があった。
「あ……っ!」
息を詰める。必死に後ろを振り返ると、シキが正一の胎の中に指を挿入しているようだった。
白銀の豪奢な狩衣がはだけていて、白い肌の下で筋肉がしなやかに動く。目を逸らしたいのに、逸らせなかった。
「……痛くはないはずだ」
シキの言葉と同時に、胎の中で蠢く感触がした。
「あっ!」
腹側に向かって、シキが指を動かすたびにじわじわとした快楽が湧き上がる。
声が漏れないよう、必死で腕を噛んでいると、口に長い指が潜り込んできた。
「腕を噛むな。俺の指をくわえていろ」
そう言われて困惑すると、次の瞬間、ビリリと弾けるような快感が走った。
「〜〜〜っ!」
目を見開いて、シキの指から口を離す。はくはくと口が震えた。
「ここか……」
シキが笑った気配がした。何が起こったのか理解できず、正一は声にならない声を漏らす。
胎の中のある一点をシキの指が執拗に愛撫する。そのたびに喘ぎ声が漏れて、正一の立ち上がったものからは透明な蜜が溢れた。
くらくらする。汗で髪が首筋に張り付く。その汗を、シキの熱い舌が妖しく舐める。シキに何かされるたびにぞくりとして、達しそうになってしまう。
このままではおかしくなる。そう思うまで散々体を蕩された後、体を仰向けにされた。シキの指が口から離れる。
まともに働かない思考の中で、シキを見つめる。
銀糸の長髪は、わずかに汗で湿っているように見えた。真っ白な肌が窓から差し込む月明かりでぼんやりと照らし出されている。引き締まった体は陰影がはっきりしていて、生々しいのにどこか神聖さがある。
胎の中から指がずるりと抜け出ていって、代わりにもっと質量のあるものが押し付けられた。
「あ……だ、ダメ……」
うわごとのように呟く。「だめ」と弱々しく繰り返していると、唇を優しく塞がれた。
「……ぁ、んんんっ!」
そして、今までにない圧迫感を下肢に感じる。痛みはない。恐ろしいことに、なぜか充溢感に包まれる。自然と涙がこぼれた。
「あ、あんっ……! は、ああっ……!」
口付けを交わしながら、体を隙間なく重ね合わせる。ほてった熱が、シキの体に移り、体温が混じり合っていく。
最初はゆっくりだった抽送が、やがてだんだんと速く、規則的になっていく。
抗えない快感に嗚咽をこぼし、震える。
怖くてたまらない。でも、気持ちが良い。
見上げると、氷のような美貌がある。シキの顔から、少しずつ余裕が消えていく。胸が締め付けられた。
シキの銀の髪が、胸元をくすぐる。はぁ、と吐息が漏れた。
胸がざわざわと騒ぎ、熱くなる。
この感情が一体なんなのか分からない。
快感の波にさらわれる。
熱い剛直に穿たれるたびに、甘く果てる。もう息も絶え絶えで、行き場のない手が空を切る。
冷たい手に、手を取られる。そのまま指を絡められて、地面に縫い止められる。
繋いだ手の力強さに、胸が痛いほど軋んだ。
紫の目が正一をとらえる。その恐ろしい目を、美しいと思った。
「もう、どこにも行くな」
低い声が囁く。
その瞬間、深く突き入れられて、ぱっと目の前が白く散った。
「あ、ああ……っ〜〜〜!」
背筋が寒くなるような感覚の中、大きく昇りつめて果てる。
胎に熱い奔流を感じながら、正一はふっと意識を手放した。
――閉じていく視界の中で最後に映ったのは、正一をじっと熱く捉える、紫の瞳だった。
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