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第18話「傷」※

 ――まただ。  もう何度目かもわからない。悪夢だ。 「あ……あう、んんっ……」  後ろからゆっくりと突き上げられる。無意識に畳に爪を立てると、そっと手を重ねられた。重ねられる手は優しいのに、突き上げられる腰は力強い。 「はぁっ……! あ! あ……っ!」  男同士の行為は、苦痛を伴いやすいと聞いていた。それなのに、シキとの行為では苦痛どころか体が簡単に熱くなってしまう。  これも、シキの“力”なのだろうか。  体の熱に心がついていかない。  依峰を思うと涙が出る。それなのに正一は何度も何度も気をやり、下半身が痺れるような感覚になる。  依峰の温かくて優しい顔を思い出す。触れた肩の温もり。  それらすべての思い出が、シキの熱塊に突き上げられるたびに一つずつむしり取られていく気がした。 「も、もう、許して……くださ……っ!」 「……良くはないか?」  悲鳴を上げると、今度はゆっくりとかき回される。さっきまでとはまた違う刺激に、喉から子犬のような声が漏れた。 「感じているな」 「あっ……あぁ……っ!」  どこか嬉しそうな声が耳元で聞こえる。また上り詰めていく感覚に、ぞくぞくと体が震えた。  体勢を変えられて、今度は仰向けに倒されて片足をシキの肩に乗せられる。そのまま深く突き入れられて、規則的に剛直で穿たれる。行燈に照らされた白い腹筋がなめらかに動いて、汗が伝うのが見えた。  沸騰しそうな頭の中、依峰の顔が白く霞んで遠くなっていく。  意識も絶え絶えになっていると、頬に冷たい感触を感じた。  目を開けると、シキが正一の頬に手をあてていた。氷のような美貌が、自分を見下ろしている。銀髪がさらさらと正一の肌をくすぐる。切れ長の紫の目が恐ろしいほどまっすぐ、熱を持って正一を射貫いた。 「……正一」  どこか苦しそうな声に、訳もなく胸がざわめく。表情は冷たいのにその目だけが熱を持っていて、正一は途方もない快感の中、思わずシキに手を伸ばす。 「……泣くな」  いつのまにか流れていた雫を、シキの指にそっと拭われる。  いつも、シキは正一に「泣くな」と言う。そうしているのは自分なのに、なぜか苦しそうな顔をする。  やがて、ぞわぞわとした快感が大きな波になって押しあがってくる。迫り来る快感の中、思わず縋りついた逞しい腕に爪を立てる。 「あ、ああ〜〜…………っ!」  一際大きく鳴いて、身体を弓なりに反らせる。吐精はない。ただ、いつまでも引かない強烈な快楽に体ががくがくと震えた。  熱い。熱い。  縋りついた男の体温は低く、感じる鼓動は人間離れしてゆっくりだ。  本能が告げている。  この男は人間ではない。    ――喰われてしまう。  恐ろしい。自分の体の変化も。これからどうなってしまうのかも。  正一を見るシキの熱っぽい目も。  全てが恐ろしい。なのに、シキに縋り付いてしまう。  ――どうにかなってしまう。  今までの自分が壊される。  ――それなのに、抗いきれない。  こめかみを涙が伝う。白い腕に滲む、自分がつけた赤いひっかき傷が見えた。  慰めるように優しく口付けられて、正一は祈るように目を閉じた。       「……体は痛くないか」  行為の後、シキは必ず体調を気遣ってくる。  それなら最初からあんなにしなければ良いのに。そう思い、ふい、と顔を逸らした。 「……」  無言でいると、行燈の光が揺れた。次の瞬間には体が宙に浮いていて、ぎょっとする。 「あ、あの……っ」  抱き上げられている、と気がついて、幼子のような扱いに顔が熱くなった。  七尺近くあるシキに抱き上げられると、床までが異様に遠い。  正一を抱えたまま、シキは部屋を出る。丑三つ時にさしかかる今、侍女たちは控えていない。それにも関わらず、襖が勝手に開き、廊下の行燈がひとりでに灯っていく。  (ああ、やっぱり……)  体に伝わる冷たい体温を感じながら、正一はごくりと喉を鳴らした。  そのまま、シキに連れていかれたのは湯殿だった。  広い檜造りの浴槽にはまだ湯は張られていない。すでに十分はだけていた小袖を脱がされて、正一は戸惑った。  すぐに裸にされると、いつの間にかなみなみに湯が張られていた浴槽の縁にそっと座らせられた。  息を呑みながら湯にそっと触れると、温かい。湯気を立てて静かに水面を揺らす湯に目を丸くしていると、服を脱いだシキに再び抱き寄せられた。  思わず身体を固くすると、そのまま湯に入れられる。肩まで浸からせられ、無意識にほっと体の力が抜けた。 「……どこか不便はないか」  低く静かな声で問われ、顔を上げる。  湯の中、髪を後ろに流したシキはいつもよりも“男”らしさを感じた。  紫の目は、どこかこちらを気遣うような色がある。  正一は目を伏せた。 「……大丈夫です」  ぼそりと返し、湯面を見つめる。  いつも湯殿では侍女たちに身体を清められていた。今日はこの時間だからか、シキが直々に正一を湯に入れているようだ。 「そうか」  短く言ったシキが手を伸ばしてくる。湯の中でもひやりとした指に頬を触られ、びくりと震える。 「……何かあれば言え」 「……それでは、私をお帰しくださいませ」  とっさに、口答えが出た。湯で気が緩んだせいかもしれない。湯の中にいるシキを人間らしいと思ったせいかもしれない。  言った後ですぐに後悔しかけたが、ぐっと唇を引き結ぶ。 「それはできぬ」  即答だった。分かってはいたが、胸が苦しくなって俯く。 「……ならば、交わりを……減らしてくださいませ」  本当はなくして欲しかった。シキに抱かれるのは、おそろしい。まるで抱かれるごとに自分が作り替えられているような錯覚を覚えるからだ。  シキが目を細めた。 「……お前は良く感じているが」  だからです。とは言えなかった。  湯の中でぐっと拳を握る。 「……そんなことはありません」  搾り出すように言うと、シキの視線が突き刺さる。嘘だと見透かされているのが分かった。  首筋をつ、と撫でられてびくりと肩が震える。 「あ……っ」  それだけで再び体が熱を持ち始める。ぎゅっと歯噛みして、自分が情けなくて息が震えた。 「お前は愛らしいな」  熱を含んだ声に、どくどくと心臓が大きく脈打ち始める。顎をそっとつかまれる。  湯気が重たく湿気る気配がした。  シキの顔が近づいてくる。力なく目を伏せる。ふと、白く逞しい腕が目に入った。  (あれ……)  さっきまであった赤い傷が無くなっているような気がしたが、湯気でよく見えない。  何か違和感を覚えたが、すぐに熱い口付けに思考が霧散した。

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