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第20話「猫ちゃんたち」

 「ねえ、この後さ、暇?」  境内に集合して、担任から明日の動きの確認を聞いた後、生徒たちがどんどん解散する中、茜が冬斗を振り返った。 「えっ、あ、ひ、ひま」  茜と二人で話す時はまだ緊張する。  若干つっかかりながら返事をすると、茜がにやりと笑った。 「冬斗、暇だって!」  隣にいた伊織の腕を引っ張る茜に、冬斗は目をぱちくりさせた。 「じゃあ、冬斗も参加だね!」 「おー」  伊織が振り返ってきて、目が合う。心臓が跳ねて、思わず俯いた。 「一葉先輩は、どうですか……?」  伊織とは反対側にいた鈴音が、茜の影から顔を出すようにして冬斗の隣に立つ一葉を見る。 「よく分かんないけど、俺も行こうかな」 「やった……!」  ぼそりと呟いて、鈴音が嬉しそうに破顔する。その顔はやっぱり可愛らしくて、冬斗はもやっとした黒い渦が胸に生まれた。   「じゃあ、いつものメンバーね」    茜の言葉に、思わず顔を上げた。茜は楽しそうに笑っている。伊織も鈴音も――一葉も。  息が震えた。きゅっと口を引き結んで、その後、マフラーに顔を埋める。マフラーの中で口元が緩んだ。  ◆ 「鈴音、なにそれ可愛い〜」 「茜ちゃんのは……なにそれ?」  目の前で美女と可愛い子が雪遊びをしている。  雪に咲く二輪の百合……。なんて思っていると、そこに割り込む男がいた。 「なんだよ、茜。それ、豚?」  伊織は茜の手元を見て笑う。茜が顔を赤らめて目を釣り上げた。 「なわけないでしょ! 猫ちゃんよ、猫ちゃん!」  確かに、茜の手元で形どられている雪は、何の生き物かちょっとわからないくらいひしゃげている。一方、鈴音の手元には、可愛い雪うさぎがいた。  茜が伊織に雪玉を投げつけて、伊織が悲鳴を上げる。  平和だなぁ、と眺めていると隣に腰掛けていた一葉が「冬斗」と声をかけてきた。  広場のベンチに腰掛けている一葉は、やっぱりドラマか何かの撮影のようにきまっている。 「冬斗も、何か作らない?」  優しく微笑む一葉にどきりとして、視線を逸らす。 「じゃあ、一葉も作ろ」  そう言うと、一葉が頷く気配がしたので、立ち上がって茜たちと少し離れた場所に座った。  神社のすぐ近くにある広場には十分雪が積もっていた。豊富にある資源をどう活用しようかと悩んで、とりあえず丸めてみる。  ザク、ザク、と足音がして、一葉が隣にしゃがみ込んだ。  一葉も雪に手を入れて、集めている。伏せられた長いまつ毛に思わず見惚れそうになり、慌てて作業に集中した。  白く質量のある雪をつかんで、押し固めていく。  手袋越しでも、雪は冷たい。寒いのに、なんだかあまり辛くない。  視界の端で、伊織たちが雪合戦をしているのが見える。楽しそうな笑い声と悲鳴。  冬斗は、鼻を啜った。 「寒い?」  一葉が手を止めてこっちを見る。反応が早い。  冬斗は首を振った。 「ううん。大丈夫。寒いけど、でも平気」 「それならいいけど。はい、これ」  それなら良い。そう言ったのに、一葉は自分のコートを脱いで冬斗にかけてくる。 「いや、一葉が寒いだろ。大丈夫だよ」 「いいよ。俺、寒さには強いから。……ほら」  手を差し出される。手袋を脱いで触ってみると、確かにあたたかい。 「え、すげえ」 「だろ?」  一葉が笑う。  真っ白な雪の中で、一葉の輪郭だけがはっきりしている。冬斗は一葉からかけられたコートを握りしめて、ぼんやりと一葉を見つめた。 「冬斗が寒い時は、俺が温めるよ」  一葉が夜の瞳を細める。触れ合った手が溶けそうになった。顔が一気に熱くなる。  その時、一葉に伊織が倒れ込んできた。一葉が体勢を崩して、雪の中に手をつく。 「わ! 一葉! わりぃ!」 「……伊織」  体を起こした一葉は、笑ってるけど目の奥が笑ってない。 「あ、てか、何それ。はにわ?」  伊織は顔の前で手を立てて謝っていたが、一葉の手元を見てきょとんとした。  見ると、何やら形成途中の雪の物体があった。 「……猫だよ」 「ね、ねこ?」  思わず素っ頓狂な声が出た。一葉は少し気まずそうな顔をしている。 「ね、ねこ……!?」  伊織は雷に打たれたような顔をした。伊織の後ろから、茜と鈴音が顔を出す。 「猫ちゃんよね! わかる。わかるよ、一葉!」 「わー……先輩、ギャップ可愛い」  茜は興奮したように目を輝かせ、鈴音は目を丸くしている。 「いやなんで茜はわかんだよ。同じレベルだから通じ合ってんの?」 「は? 伊織、あんた今一葉のことも敵にしたからね」  茜が一葉に目配せする。一葉が腕まくりをした。 「お、おい……待て」  無言で雪玉を手に取る一葉に、怯えて伊織が後ずさる。伊織の後ろから茜が雪玉を投げつけた。一葉は伊織の正面から雪玉を投げつける。 「挟み撃ちはずりいって! ぎゃー! やめろ!」  鈴音もちゃっかり笑いながら雪玉を投げつけている。  伊織は集中砲火を受けて騒ぎながらも笑っている。一葉も口元を緩めていた。茜も、鈴音も。 「……っふ」  冬斗も、おかしくなって笑った。雪玉を手に取って、伊織に投げつける。 「冬斗! お前まで! お前だけは味方でいろよ!」 「悪い。こっちの方が楽しい」  担任に言うからな! と子供みたいに騒ぐ伊織に笑いが止まらない。  そのうちやけを起こした伊織がめちゃくちゃに雪を周りに投げ散らかしてきて、さらに笑えた。 「――お前ら、今日のこと、ぜってぇ忘れねえからな」  みんなで疲れてベンチに座ると、伊織がうらめしそうに呟いた。  男女で分かれてベンチに座っているが、伊織は大きく足を広げているので男子組はやや狭い。 「おい、もっと足閉じろよ」  不満を訴えると、伊織に睨まれた。 「うるせえよ。四対一だったんだぞ。もっと俺を大切にしろ」 「関係ねえし」 「そもそも発端は伊織が俺にぶつかってきたからだろ?」  一葉が口角を上げたまま伊織を見ると、伊織が「う……」と顎を引いた。 「み、みんな、こっち向いてくださーい」  鈴音の声がしてそっちを向くと、スマホを高くかかげた鈴音がいた。内カメラになっているのに気づくと同時に、カシャ、と音がする。 「あ、おい、今撮っただろ」 「ふふ」  鈴音と茜はちゃっかり可愛いポーズをとっている。手前から鈴音、茜、一葉、うなだれた伊織、冬斗の順番で並んでいる写真だ。 「写真送りたいので、グループ作りますね。グループ名どうしようかなぁ……。あ、これにしよ」  鈴音が手早くLINEのグループを作ると、冬斗にも通知が届いた。 『猫ちゃんたち』というグループ名で、アイコンには茜と一葉の雪猫たちが採用されていた。  思わず笑うと、一葉がため息を吐いて、伊織が吹き出した。 「鈴音、お前最高」 「ちょっと……鈴音?」 「えへへ」  茜に肩をつかまれて、鈴音は楽しそうに笑った。  送られた写真を見てみると、冬斗は前髪で相変わらず目元は見えていないが、それでも笑っているのがわかる写真だった。  思わず、奥歯を噛み締める。冬斗がじっと写真を見ていると、不意に伊織が覗き込んできた。 「なに、泣きそうなん?」  突然の至近距離に、思わずどきりとする。伊織はいたずらっぽく笑っている。 「な、泣かねえし」  ふい、と顔を背ける。 『俺、お前のこと、好きかも』  ふと脳裏に伊織の静かな横顔が浮かんで、冬斗はとたんに体に緊張が走った。幸い、伊織がすぐに顔を離してくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。 「……明日、楽しみだね」  茜がぽつりと呟いた。 「うん。……明日、晴れると良いなぁ」  鈴音が空を見上げる。 「あ」  冬斗の手の甲に雪が溶けた。見上げると、灰色の空からちらちらと白い雪が舞い降りてきていた。 「降ってきたな」  伊織も空を見上げる。  曇天を見つめて、冬斗はこの暖かな時間がずっと続きますように、と小さく胸の中で祈った。 「明日には止みますように」  鈴音が呟く。冬斗は、一葉をこそっと盗み見た。  雪は相変わらず、一葉を濡らさずに落ちていく。ぎゅっと、一葉のコートを握りしめた。  なんとなく、明日も雪は降る気がした。  

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