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第23話「シキがいる」

 昼休憩の時間が終わり、一葉と鈴音が神楽の準備のために抜けて行き、続けて伊織と茜も炊き出しのために抜けていった。  昼過ぎから夕方までが一番混雑するらしい。担任がやってきたので、もう大丈夫だと言うと、担任はまじまじと冬斗の顔色を確かめて、前髪をよけて額に手を当ててきた。目を閉じると、すぐに手を離して担任が頷いたので、ほっと息をついた。  くれぐれも無理はしないように、との注意をもらって、冬斗は外に出られることになった。  パイプ椅子に座っていた宮原さんに「ありがとうございました」とお辞儀をすると、宮原さんはにっこりと笑った。    テントの外に出ると、雪はちらちらと降ってきていたが、人が多いせいかそれほど寒さは感じない。  白泰村に来てから、こんなに多くの人を見るのは初めてだったので驚いた。  境内には出店が多く出ていて、若者の姿も少なく無かった。村では見たことのない人たちや子ども連れもいるので、もしかしたらこの日のために帰省してきているのかもしれない。  (この感じ、懐かしいな……)  祭り自体にはそれほど馴染みはないが、それよりも人がたくさんいて賑わっている風景に、懐かしさを感じる。  決して人混みが好きではないのに、なぜか今日ばかりは居心地の良さを感じて、ほっとした。  ────……ドン、……ドン……。  力強い太鼓の音が聞こえる。腹の底から揺さぶるような音。  雪の冷たい空気の中、和笛の細い音が聞こえてくる。  しゃん、と鈴の音が鳴り響く。 「おとうさん、カステラ買ってぇ」 「だめ。さっき、ポテトも食べたでしょ」 「やだやだぁ」 「わがまま言わない」  小さな女の子と若い父親の会話が通り過ぎる。 「てか相変わらず雪ばっかだな」 「な。靴のチョイスミスった」 「あー、お前それはやってるよ」  大学生くらいの男たちの声。 「てかまじ、うちの村って神社だけ映えるよね」 「ねー。あ、そこのベンチの前で写真撮らない?」 「いいね。あ、いつも通りのアプリでよろしく」  若い女性たちが通り過ぎる。  冬斗は一人で出店を冷やかしながら、少しずつ境内を進んでいく。  ────ドン……、ドン……。 「おにいちゃん、待ってよー」    小さな子どもたちが目の前を駆けて行く。  はっとして、足を止めた。    後ろから来た人にぶつかって、慌てて小さく謝り、道の端へ行く。  胸がざわざわする。  出店の影に移動し、人々をぼんやりと眺める。  鉄板が熱く焦げる音。香ばしい匂い。子どもたちの笑い声。    ぼうっとしていると、ふと視線の先に杖をついた老人がいた。 「あ……」  佐久間さんだった。杖をつき、ゆっくりと境内を歩いていく。出店には目もくれず、本殿のある方へ向かって一人で進む姿は異様にも見えた。 『その名は……どこにも載っておらん』  ふと、佐久間さんの言葉を思い出した。  佐久間さんは、何か知っているのだろうか。シキについて。そして、冬斗が見る夢のことを――。  思わず足を踏み出した。  佐久間さんの小さな背中を追うと、だんだんと神楽殿が見えてきた。  今日のために特設された、本殿の前にある神楽殿。一歩一歩近づくごとに、太鼓と笛の音が大きくなっていく。  心臓が高鳴る。  太鼓の音と、心臓の音。どちらのものか、分からなくなってくる。  佐久間さんになかなか追いつけない。佐久間さんの歩みが速くなっているのか、それとも自分の足取りが重くなっているのかは分からない。  ――あれ、自分は今どこに向かっているんだっけ。  ふとそう思った時、太鼓と笛の音が止んだ。  神楽殿の方からわあっと声が聞こえてくる。  見ると、神楽殿の上に一葉と鈴音が登壇しているところだった。 「やば! やばい!」 「ガチやん……!」 「帰ってきて良かったぁ……」  人々の興奮したようなざわめきが聞こえる。神楽殿の前方にはパイプ椅子が設置されていたが、誰も座っていない。若者は興奮したようにスマートフォンを向けているし、老人たちの中には拝む者までいた。  しゃん、と鈴の音が響いた。    ざわめきがぴたりと止む。    二人が顔を上げた。  誰かが小さく息を飲む。  スマートフォンを掲げている若者たちも、拝んでいた老人たちも、みんなが息を止めて一葉を見ている。  ────シキが、いる。  呼吸が止まった。  全神経が、細胞が、目の前の男に反応している。  (違う……)  黒い、夜の瞳が雪あかりの中で濡れるように光る。  (そんなはずない。一葉だ)    そう思いたいのに。  長い銀髪が揺れる。  脳裏に、妖しく光る紫水晶がちらつく。    長い銀髪の(かつら)。白銀に輝く豪奢な狩衣の裾には鱗模様がひらめく。濃紫の袴には銀の雪輪が透けている。その手には鈴が握られていて、隣には同じく鈴を握った巫女装束の鈴音が立っていた。  ────しゃん、と。  鈴が鳴った。  視界から人々が消えていく。自分がどこに立っているのかもわからない。  ゆっくりと二人が腕を広げた。    雪が止む。    冷たい空気を震わせる和笛の音と、地を揺らすような厳かな低い神楽歌。力強い太鼓の音。  白銀の男と巫女が、神秘的に、優雅に舞う。派手な動きはないのに、なぜか目を奪われる。  誰も何も言わない。ただ、息を飲んで神楽殿で舞う二人を見ている。  白銀がひらめき、巫女と対になる。 『神婚じゃ……』  誰かのつぶやき声が聞こえた気がした。 『伴侶様が……』  脳裏に青白いかがり火がちらつく。  一葉が鈴音へ手を差し伸べた。 「あ……」  刀で斬られたような、鋭い痛みが胸に走る。  (違う。その場所は……)  一葉が鈴音を見る。  鈴音は頬を染め、一葉を見上げていた。銀髪が鈴音の胸元に落ちる。    一葉が鈴音の手を取った。  (────その場所は、俺なのに)  その瞬間、冬斗は背を向けて駆け出していた。  

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