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第28話「守るよ」

 ゆらゆらと満ち引きする波のように、冬斗は夢とうつつを行き来していた。落ち着く匂いと、心地よいあたたかさ。  うっすらと目を開けると、一葉の顔が近くにある。相変わらずため息が出そうなくらい美形だ。だけど、どこか近寄りがたい雰囲気もある。 「一葉……」  むにゃむにゃと、一葉の名前を呼んで、また緩慢にまぶたを閉じる。すると、頭が撫でられる感触がした。  大きな手。温かな布団。  また、眠気がとろとろとやってくる。 「学校……」  そうだ。学校へ行かないと。  でも、行きたくない。みんなの目がフラッシュバックする。  温かい雫がこめかみを伝った。  ふと、あたたかくて柔らかい感触を目尻に感じた。  なんだろう。見てみようとも思ったが、温かな泥のように重い睡魔に抗えない。  そのまま、また意識が沈んでいく。   「……ん」  ふと、意識が浮上して、冬斗はゆっくりと目を覚ました。 「……?」  ぼんやりと天井を見つめる。しばらくそうして天井を眺めていると、ごそりと隣で音がした。 「あ、起きた?」 「……っ」  ベッドの横、ローテーブルの前に座っていた一葉が、こっちを見ていた。手元には、あの本が置いてある。 「今、何時……?」  うめいて、枕元のスマホを探す。 「十四時だよ」 「え?」  一葉の言葉に、ぴたりと手が止まった。窓から差し込む日差しは、確かに朝よりも色がはっきりとしている。  確か、一葉の家に来た時はまだ九時半頃だった。五時間弱ほど寝ていた計算になる。 「えええっ」  がばりと体を起こした。もう五限が終わる時間だ。今から向かっても六限には間に合わない。月曜の六限はなんだっけ……。  ぐるぐると考えていると、一葉が声をかけてくる。 「大丈夫。学校には午前中に欠席の連絡しといた。……ぐっすり眠ってたね」    そう言われて、はた、と気がついた。 「あ……」  夢を見ていない。  そのことに気がついて、冬斗は絶句した。  毎日毎晩悩まされていた、あの夢を見ていない。  (え? なんで?)  久しぶりに熟睡したせいか、体が軽く感じる。常に痺れているようだった頭もクリアになっている気がする。目も重くない。  ぱちぱちとまばたきをして、冬斗は一葉を見つめる。一葉は冬斗と目が合って、やわらかい微笑みを浮かべる。  (そういえば前も、ゆっくり眠れた……)  神楽が始まる前。特設テントで休んでいた時、あの時も夢を見なかった。そして、起きた時には一葉のコートがかけられていた。  なぜだろうか、と考えて一葉を見つめる。    ──── 一葉が、隣にいるから?  (……いや、まさか)  そんなことはあるはずがない。頭に浮かんだバカな考えを打ち消して、冬斗は改めてスマホを確認した。  伊織から何件かメッセージが来ている。冬斗の体調を慮るような内容と、明日の連絡。  伊織は優しい。そう思った瞬間、神楽の時の伊織の怯えた目を思い出して、胸がずきりと痛くなった。  結局返信ができず、冬斗はスマホをズボンのポケットにしまった。 「……神楽の時のこと、みんな気にしてるかな」 「……うーん、どうだろう」  一葉は曖昧に言う。冬斗は一葉の横顔をじっと見つめた。 「……なんかさ、今までも目のことがバレたら、あ、あんな感じの反応が多かったんだけどさ。なんか……もしかして……紫の目って、なんか不吉な目とか、言われてたりする?」  密かに気になっていたことだった。今までも、確かに目の色のことを知ったら周囲には気味悪がられてきた。でも、それはあくまでも生まれつきの目だと知った時のことで、だいたい最初はカラコンかと思われる。  でも、神楽の後、冬斗の目を見た村人たちの反応は明らかに様子がおかしかった。冬斗の目を一目見ただけで、異様に反応していた気がする。  冬斗もあの時は取り乱してしまって、そこまで深く考えられなかったが、よく考えると不自然だ。  『紫の目』。保存会誌にそう書いてあった。村の人たちは何か紫の目について伝わっていることがあるのかもしれない。 「……不吉なんかじゃないよ」  一葉は冬斗の言葉を黙って聞いていたが、そっと顔を上げた。黒い瞳で冬斗をまっすぐに見つめる。 「不吉なんかじゃない」 「……じゃあ、なんで、あんな……」 「みんな、驚いちゃったんじゃないかな。悪気はないと思う」    膝の上で拳を握る。  ────本当に、それだけなのだろうか?    うつむくと、そっと一葉が肩に手をかけてくる。 「大丈夫。俺が冬斗を守るよ」  はっとして顔を上げると、一葉は穏やかな顔をしていた。 「だから、安心して」 「……うん」  手が置かれた肩が熱い。一葉が前髪を分けてくる。目を覗き込んでくる一葉の顔は、どこか嬉しそうにも見えた。  これって普通の友達の距離感なんだろうか。  分からない。  分からないけど、一葉にこうして見つめられると胸の奥が熱く疼く。  窓の外では、雪が静かに降り初めていた。        

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