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第33話「お救いください」
「ご加護を……」
冬斗の姿を捉えた佐久間さんが、ひび割れのような口から震えたしゃがれた声を出した。
「……え?」
なんと言ったのかうまく聞き取れず、思わず首を傾げると、よろよろと佐久間さんが近づいてくる。
ザク、ザク、ザク。
雪を踏み締めて近づいてくる老人に、冬斗は後ずさった。リュックをぎゅっとつかむ。
「あ、あの……」
「蛇神様のご加護を……」
佐久間さんは異様に興奮しているようで、完全に瞳孔が開いていた。乾いた皺だらけの口からは、話すたびに唾がこぼれる。
「巫様、この白泰をお救いださいませ……!」
「え? あ、あの……やめ、やめてください!」
異様な雰囲気に呑まれて動けないでいると、佐久間さんがすがるように冬斗の腕を掴んできた。枯れ木のような手はふしくれだっていて、手袋もしていない。予想以上の力強さに、冬斗は半ばパニックになった。
佐久間さんの目は大きく見開いていたが、冬斗を見ているようでどこか遠くを見ているように見えた。
熱に浮かされたように震える声で早口に語り出す。
「妻が死んだあの日……山へ探しに行った……。熊に襲われて死ぬかと思ったが、御社へ駆け込んだら、熊がこうべを垂れよった……」
佐久間の腕を振り払おうとするが、振り解けない。
「ちょ、ちょっと、いったい何の話───」
「あのお方が産まれた日……冬眠してた獣たちが一斉に騒ぎよる。晴れていたのに雪まで降ってきおった。……ああ、わしは……わしはこの日をどんなにか待っていたことか……」
どこか虚にも見えた瞳が、急激に焦点が合い始める。そして冬斗を捉えた。その目には涙が光っている。
「紫の目……。巫様、巫様、村をお救いください。この村をご覧ください。もう、若者は少ない。蛇神様を信じとる者もほとんどいなくなってしもうた……。ご加護を…!ご加護を……!あなた様がもう一度神楽を舞ってくだされば、村はまた蘇るのじゃ……!」
逃げなければいけない。なのに、足が動かない。
老人は冬斗に縋り付くように崩れ折れていた。雪に佐久間さんの嗚咽と涙が落ちていく。
この人は何を言ってるんだろう。そう思うのに、ただの狂人とは思えなかった。
冬斗は息を震わせて、佐久間さんを見下ろした。小さくて、命として干からびたような背中が震えている。
「あ、あなたは……」
冬斗が口を開いた時だった。
「ちょっと、うちの子に何してるんですか!」
気がついたら母親に引き寄せられていた。玄関口に立つ母親は、エプロン姿のまま必死な形相で佐久間さんを睨みつけている。後ろから祖母もやってきた。
「公孝 さん……」
祖母は複雑そうな表情で、雪にうずくまる佐久間さんを見下ろした。
「帰ってください!」
母親は毅然と佐久間さんを叱りつける。祖母にそっと抱きしめられて、冬斗は呆然と佐久間さんを見下ろした。
のろのろと体を起こそうとして、佐久間さんが転ぶ。
あっ、と思ったが、何もできず見ていると、佐久間さんは杖を拾ってよろよろと立ち上がり、うなだれたまま重い足取りで立ち去って行った。
小さくなっていくその背中を、冬斗は祖母の腕の中でじっと見つめていた。
「まったく……。何よ、あの人。冬斗、大丈夫? 怪我してない?」
「う、うん……」
完全に佐久間さんの姿が見えなくなってから、素早く玄関に連れられて、冬斗は母親に優しく肩をつかまれた。
母親は憤ったように表情を厳しくしている。
「お母さん、なんなの、あの人」
「佐久間公孝さんよ。山の麓に住んどる」
ご家族は、とか、甥と一緒に住んでる、とか二人の会話を流し聞きして、冬斗はぼんやりと考えていた。
「ばあちゃん……」
祖母に、小さく問いかける。
「……紫の目って、何?」
その瞬間、祖母が苦しげに顔を歪めて、そして諦めたように目を閉じた。
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