39 / 41
第37話「帰ろう」
茜は肩を震わせていた。ひっ、ひっ、とひきつるような細い嗚咽が溢れる。
「茜ちゃん……」
鈴音がそっと茜に寄り添う。茜は自分より小柄な鈴音によりかかるようにして泣いている。
みんながざわざわと茜を心配し始める。
「茜、大丈夫?」
「どうしたんだろう、茜ちゃん……」
「珍しいよね……」
伊織は振り払われた手をじっと見つめていた。冬斗は、目の前で起きていることにどうすることもできず、ただ立ち尽くす。
自分が、茜を壊してしまった。
茜の居場所。茜の気持ち。
慰めることができない。今、冬斗が慰めたら、茜は余計に傷つく。
でも、じゃあどうすればいいかわからない。
胸が絞られるような感覚がした。うまく息ができない。
「遠月がなんかしたのか……?」
「やっぱりあの目……」
次第に茜への目が冬斗に向けられる。
冬斗は、違う、とも、ごめん、とも言えず、ただ項垂れる。
「紫だから……」
「茜ちゃん、可哀想」
ざわめきが酷くなっていく。
茜が耐えきれなくなったように教室を出ていく。鈴音が慌てて着いていく。伊織は茜が出て行った方を見つめて、だんだんと視線を床に落とした。
「遠月、何したの……?」
「やっぱり、普通じゃないんだよ……」
視界が歪んできた。頬が不規則に痙攣する。ふ、ふ、と息が漏れる。
───あ、もうダメだ。
その時。
「───おい」
ぞわりと。
背筋に寒気が走るような、低い声が背後でした。
教室がしんと静まり返る。
おそるおそる振り返ると、そこにはやっぱり一葉がいた。
黒い瞳には何の感情も見えない。笑みも浮かべていない。全てが削ぎ落とされたような、そのあまりの温度のなさに、息が止まる。
教室の温度が急に冷えた気がした。みんなが怯えた目で一葉を見ている。
黒い瞳が、教室をゆっくり見回した。
窓の外には黒い暗雲が垂れ込め始めた。
突風が吹く。ガタガタと激しく窓が揺れた。
こすれるような風の細く高い音が、悲鳴のようにも聞こえる。
一葉がゆっくりと冬斗の前に出た。
それだけなのに、生徒たちは雷が落ちように体を縮こませる。伊織だけは、一葉を驚いた顔のまま見ていた。
外では吹雪が吹き荒れている。もう教室は氷点下のように寒い。ストーブを見ると、いつの間にかその火が弱まっている。床に落ちていた涙の跡が、白く凍りついていく。
その横顔は一葉のはずなのに、なぜか目が紫になったような気がした。
一葉は最初の一言以降、何も言っていない。
それでも、みんなが一葉に怯えている。ガタガタと震える者までいた。
一葉がそんな様子を見ながら目を細める。
胃のあたりが変に捩れるような、足が地の底へ沈んでいくような、形容し難い恐怖心が沸いてくる。
冬斗でさえこれなのだから、真正面からそれを受けている生徒たちはさぞ恐ろしいことだろう。
一葉がさらに一歩踏み出す。
冬斗は思わず一葉の腕をつかんでいた。
「……っ、一葉!」
こっちを振り返った一葉は、冬斗の顔を見てわずかに目を見開いた。
黒い瞳に、ほんのわずかに色が戻る。
「……冬斗」
一葉の声が、かすかに揺れた。
「もう、いい」
冬斗は首を振った。
「大丈夫だよ」
一葉を見上げる。
「……みんな、怯えてる」
一葉は冬斗を見下ろして、一瞬、痛そうな顔をした。
一葉の肩から力が抜ける。
その瞬間、教室に温度が戻ってきた。
さっきまでとは違い、窓の外の雪は静かにしんしんと降り注ぐ。
ストーブが再びこうこうと赤く灯り始めた。
痛いほどの沈黙の中、冬斗は一葉の腕を引いた。
「帰ろう、一葉」
一葉は何か言いかけて、やがて口をつぐんだ。
泣き笑いのような表情を浮かべる。
「……うん」
冬斗は一葉と共に教室を出る。
その後ろ姿を、伊織が遠くを見るように見つめていた。
ともだちにシェアしよう!

