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第37話「帰ろう」

 茜は肩を震わせていた。ひっ、ひっ、とひきつるような細い嗚咽が溢れる。 「茜ちゃん……」  鈴音がそっと茜に寄り添う。茜は自分より小柄な鈴音によりかかるようにして泣いている。  みんながざわざわと茜を心配し始める。 「茜、大丈夫?」 「どうしたんだろう、茜ちゃん……」 「珍しいよね……」  伊織は振り払われた手をじっと見つめていた。冬斗は、目の前で起きていることにどうすることもできず、ただ立ち尽くす。  自分が、茜を壊してしまった。  茜の居場所。茜の気持ち。  慰めることができない。今、冬斗が慰めたら、茜は余計に傷つく。  でも、じゃあどうすればいいかわからない。  胸が絞られるような感覚がした。うまく息ができない。 「遠月がなんかしたのか……?」 「やっぱりあの目……」  次第に茜への目が冬斗に向けられる。  冬斗は、違う、とも、ごめん、とも言えず、ただ項垂れる。 「紫だから……」 「茜ちゃん、可哀想」  ざわめきが酷くなっていく。  茜が耐えきれなくなったように教室を出ていく。鈴音が慌てて着いていく。伊織は茜が出て行った方を見つめて、だんだんと視線を床に落とした。 「遠月、何したの……?」 「やっぱり、普通じゃないんだよ……」  視界が歪んできた。頬が不規則に痙攣する。ふ、ふ、と息が漏れる。  ───あ、もうダメだ。  その時。 「───おい」  ぞわりと。  背筋に寒気が走るような、低い声が背後でした。  教室がしんと静まり返る。  おそるおそる振り返ると、そこにはやっぱり一葉がいた。    黒い瞳には何の感情も見えない。笑みも浮かべていない。全てが削ぎ落とされたような、そのあまりの温度のなさに、息が止まる。  教室の温度が急に冷えた気がした。みんなが怯えた目で一葉を見ている。  黒い瞳が、教室をゆっくり見回した。  窓の外には黒い暗雲が垂れ込め始めた。  突風が吹く。ガタガタと激しく窓が揺れた。  こすれるような風の細く高い音が、悲鳴のようにも聞こえる。  一葉がゆっくりと冬斗の前に出た。  それだけなのに、生徒たちは雷が落ちように体を縮こませる。伊織だけは、一葉を驚いた顔のまま見ていた。  外では吹雪が吹き荒れている。もう教室は氷点下のように寒い。ストーブを見ると、いつの間にかその火が弱まっている。床に落ちていた涙の跡が、白く凍りついていく。  その横顔は一葉のはずなのに、なぜか目が紫になったような気がした。  一葉は最初の一言以降、何も言っていない。  それでも、みんなが一葉に怯えている。ガタガタと震える者までいた。  一葉がそんな様子を見ながら目を細める。  胃のあたりが変に捩れるような、足が地の底へ沈んでいくような、形容し難い恐怖心が沸いてくる。  冬斗でさえこれなのだから、真正面からそれを受けている生徒たちはさぞ恐ろしいことだろう。  一葉がさらに一歩踏み出す。  冬斗は思わず一葉の腕をつかんでいた。 「……っ、一葉!」  こっちを振り返った一葉は、冬斗の顔を見てわずかに目を見開いた。  黒い瞳に、ほんのわずかに色が戻る。 「……冬斗」  一葉の声が、かすかに揺れた。   「もう、いい」  冬斗は首を振った。 「大丈夫だよ」  一葉を見上げる。   「……みんな、怯えてる」  一葉は冬斗を見下ろして、一瞬、痛そうな顔をした。  一葉の肩から力が抜ける。  その瞬間、教室に温度が戻ってきた。  さっきまでとは違い、窓の外の雪は静かにしんしんと降り注ぐ。  ストーブが再びこうこうと赤く灯り始めた。  痛いほどの沈黙の中、冬斗は一葉の腕を引いた。 「帰ろう、一葉」  一葉は何か言いかけて、やがて口をつぐんだ。  泣き笑いのような表情を浮かべる。 「……うん」  冬斗は一葉と共に教室を出る。  その後ろ姿を、伊織が遠くを見るように見つめていた。  

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