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第42話「望んだ世界」
次の日、一葉はバス停にいなかった。
誰もいないバス停で一人、寒さに震えながらバスを待つ。
しんしんと降る雪。
静まり返った銀世界。
一人分だけ残っている足跡。
一葉と初めて出会った日を思い出した。
あの日は、心細かった。
寒くて、不安で。
この雪の中でひとりぼっちな気がしていた。
そんな時、一葉が現れた。
「おはよう」と声をかけて、冬斗にホッカイロをくれた。
冬斗の世界に色がついた気がした。
寒さが和らいだのは、ホッカイロをもらったからだけじゃなかった。
冬斗はマフラーに顔を埋めながら、傘を上げて隣を見る。
隣には、もう誰も来なかった。
一人でバスに乗って、一人でバスから降りて、一人で校門を通る。
教室に着くと、みんなの視線を感じた。
「あれ? 一葉は……?」
「いつも一緒なのに……」
ひそひそとみんなが話しているのが聞こえる。
冬斗はうつむいたまま、席に座る。
黙ってリュックから荷物を取り出して、机にしまう。
机につっぷした。
『冬斗、数学の課題やった?』
そう言って身を寄せてくる一葉の姿がまぶたの裏に浮かぶ。
教室のざわめきがうるさい。
「一葉、いないの……?」
「最近は毎日来てたのにね……」
「茜もこないだ泣いてたし……」
「遠月が来てから、なんかいろいろ起きるよな……」
ひそひそ。
鳥たちがさえずるような声。
一葉が隣にいない今、余計に遠慮がなくなっているような気がした。
教室全体に、うっすらとした排斥の気配が満ちている。
慣れてる。
大丈夫。
もう、冬斗の前に立ってくれる、大きな背中はない。
自分だけで、前を向かなくてはいけない。
……でも、それがこんなにも寂しい。
「───やめなよ」
その時だった。
きっぱりとした、でも少し泣きそうな声が聞こえてきた。
顔を上げてみると、冬斗の前には茜と鈴音が立っていた。
「……そういうの、もうやめようよ」
そういう茜は、冬斗に背を向けてみんなに向かい合っている。鈴音が冬斗を振り返って、少し申し訳なさそうに眉を下げながら、小さく微笑む。
「茜……」
「茜ちゃん、でも……」
生徒たちは一瞬静まった後、またさざなみが帰ってくるように戸惑いの声を出し始める。
「……確かにさ。紫の目って、いろいろ言われてるじゃん。親もそうだし、おじいちゃんおばあちゃんたちなんてもっと。……でもさ」
茜はそこで言葉を一度区切って、深く息を吸った。
「冬斗は、何にも悪くないじゃん」
教室が、しんと静まった。
茜は肩を震わせていた。
「……変わったのは、あたしたちだよ」
そこで、茜の声に涙が混じる。鈴音がぎゅっと茜の手を握った。
「……はは。やっぱ、お前すげえよ、茜」
嬉しそうに笑ったのは伊織だった。
伊織は男子たちに向かい合う。
「なあ、もうダッセェことやめようぜ」
「伊織……」
茜が息を震わせる。鈴音は嬉しそうに手を合わせた。
「冬斗」
伊織が冬斗たちに近づいてくる。
「一人じゃねえよ」
机に雫が落ちた。
そこで初めて、冬斗は自分が泣いていることに気がついた。
「冬斗、ごめん。あたし……っ、勝手にあんたに嫉妬して……」
茜が泣きながら冬斗に謝る。鈴音にハンカチを差し出された。
「冬斗先輩、これ」
冬斗は思わず肩を震わせて、顔を手で覆いながら嗚咽をこぼした。
ちゃんと、居場所はあった。
ずっと、欲しかったもの。
それなのに。
なぜだろう。
温かい胸の奥で、隙間風が吹いている。
視界の端に、隣の空席が見える。
みんなに囲まれているのに、嬉しいのに、冬斗の心には穴が空いたままで、涙は止まらなかった。
その日、冬斗は休み時間を伊織たちと過ごし、昼休みに教室で一緒に弁当を食べた。
「先輩、前髪切らないんですか」
「冬斗、実はイケメンなんじゃない」
「お前、今気づいたのかよ」
みんなの言葉に笑う。
教室の中で、みんなで弁当を食べて、笑い合っている。
周りの生徒たちも、もう冬斗の陰口を言わない。
望んだ世界。
冬斗は笑っている。
笑っている。
それなのに。
一葉に会いたくて、仕方がなかった。
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