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第48話「影の告白」
シキの名前を叫びながら駆け寄る。
しかし、依峰に羽交締 めにされて、突き飛ばされる。尻餅をついて、正一はシキにゆっくりと歩み寄る依峰の背を震えながら見つめた。
「ずっと……。こうしてやりたかった……」
依峰はシキの首元から神器を引き抜いた。
ぶしゅり、と血が噴き出す。
白い鱗を赤く染めながら、血が畳へ落ちていく。
シキは反撃しなかった。抵抗すらしない。
ただ、静かに依峰を見ていた。
依峰はシキの胴体を切り裂きながら、呪詛のように低く唸る。
「ずっと、お前を殺したかった」
────ざくり。
再び神器が振り下ろされる。
白い鱗が裂け、赤い血が飛び散った。
「お前のせいだ」
────ざくり。
「お前のせいで、俺は名も無かった」
────ざくり。
「お前のせいで、俺は『影』だった……っ!」
神器を握る手が震えている気がした。
憎しみなのか。
怒りなのか。
それとも、もっと別の感情なのか。
依峰の目には涙が光っていた。
「依峰……!」
正一は叫んだ。
「やめろ!」
這うようにしてシキへ近づく。
しかし依峰に腕を踏まれた。痛みに顔を歪める。
「……黙れ」
低い声だった。
おそるおそる依峰を見上げる。
「ずっとだ」
依峰は笑った。
ひどく歪んだ、暗い笑みだった。
「ずっと、こいつのせいだった」
────ざくり。
シキの体はもう血まみれだ。
依峰は返り血で黒い着物を赤く濡らしている。
炎が勢いを増す。空気が焦げる。
「やめろ、依峰……っ! やめてくれ……っ!」
必死に依峰の足を掴む。
切り刻む手が止まった。
ゆっくりと、依峰が正一を見下ろした。
「……なぜ庇う」
低い声がぽつりと落ちた。
黒い前髪から、昏 い眼光がのぞいて、正一を鋭く射抜く。
「依峰……」
普段とはまるで違うその形相に、正一は言葉を失った。
依峰は正一をじっと見つめたかと思うと、ふっと口元を緩めた。
「……なんだよ、その目」
はっ、と乾いた笑いをこぼす。
「ああ……。最初から……お前はこいつに懐いてたもんな」
「……え?」
その時、今まで身じろぎもしなかったシキの体が、ぴくりと動いた。
「……お前か」
大きな口から血反吐を吐きながら、シキが横たわったまま忌々しそうに吐き捨てた。
「……はっ。俺のこの傷が、どうしてできたか、知ってるか?」
依峰が血に濡れた手で前髪をはらった。
あらわになる十文字の古傷。
二人の絆の象徴。
依峰は低く笑った。
「自分で入れたんだよ」
「え……」
ゆらり、と炎の中で依峰の影が揺れる。
依峰は体を揺らし、腹を抱えながら哄笑 した。
正一の腕を乱暴に足で払う。
「あー……滑稽 だったな。お前、阿保みたいに懐いてきやがって」
おかしかった。そう言いながら、壊れたように依峰は笑った。
正一は信じられない思いで、その姿を見つめた。
(この人は……)
本当に、自分の知る依峰なのだろうか。
月夜の芝居小屋で、肩を寄せ合った。
口付けをした。
たわいもないことで笑い合った。
目の前で泣くように笑う男は、一体誰なのだろう。
「……はぁ」
ふと、笑うのをやめて依峰はぼんやりと天井を見つめた。
どこか遠くを見るような目でつぶやく。
「どいつもこいつも……。神様が、なんだってんだよ……」
そして、震える正一を見下ろした。
「お前、昔の記憶、ないだろ」
「……」
何が言いたいのか。
無言で見つめ返すと、依峰はくく、と肩を揺らして笑った。
「だよな。……あれ、俺のせい」
「え……?」
呼吸が止まった。
柱が火に呑まれて、ごうっと音を立てる。
その時。
鞭のようにしなる白い尾が、依峰の体を薙ぎ倒した。
今まで力なく伏していたシキが、血を滴らせながらその身を起こしていた。
巨大な体はなお傷だらけだったが、それでも依峰を見下ろすには十分だった。
「貴様……」
紫の目に怒りが宿っている。
鋭く細められた目は、倒れた依峰を憎々しげに見下ろしていた。
こんなにもシキが感情を露わにすることは初めてだった。
依峰は「おー、いてて……」とつぶやきながら、ふらりと脇腹を抱えて立ち上がる。
正一はガンガンと頭痛がしながら、返り血で濡れた依峰を呆然と見つめた。
「お、お前……それ、どういうことだよ……。だって、その傷は……その傷は、俺を助けてくれた時に……」
信じられずに目を見開く正一を見て、依峰が皮肉げに口端を釣り上げた。
「俺はお前のことなんか助けちゃいねえよ」
「……え」
────じゃあ、いったい誰が。
その時。
シキが血濡れの巨体をずりずりと這わせながら、正一と依峰の間に立ち塞がった。
その姿はまるで、正一を守ろうとしているようだった。
瞬間、正一は背中が燃えるように熱くなった。
頭がガンガンと痛む。
正一は頭を抱えた。
火が生き物のように揺らめく。
────傷のことを覚えていない依峰。
────傷がすっかり消えたシキの腕。
────依峰の『影』。
────昔は力がなく、体が弱かったというシキ。
すべてが、一つの答えに向かって収束していく。
「シキ……?」
正一はかたかたと震えて、呆然と大蛇の後ろ姿を見た。
まさか。
そんなはずがない。
だって、あの日。
自分を助けて傷ついたのは――。
────『そんなに泣いたら、目が溶けてしまう』。
頭に響いた、言葉。
シキに言われた言葉。
でも、ずっと昔に、同じことを言われなかっただろうか────。
幼い自分の頭を撫でる手。
雪の匂い。
白い指先。
黒い髪。黒い瞳。
────力がなかったシキは、いったいどんな姿をしていたのか。
その時、依峰の手の中にある神器の刃が鈍く光った。
「愛する者に殺されるんだ。最高だろ? ……まあ、うまくいかなかったけどな」
依峰の声に、はっと意識が戻る。
依峰はシキの後ろにいる正一を暗い顔で見ていた。
ひゅ、と喉が鳴る。
柱が炎に呑まれて焼け爛れていく。
シキがぐらりと体勢を崩した。
巨大な頭が畳に沈んでいく。
その瞬間、依峰が動いた。
ギラリと炎を反射して神器が光る。
正一は叫んだ。
「やめろーーー!!」
────グサリ。
剣が肉を断つ。
炎に血飛沫がぱっと舞った。
紫の目が、大きく見開かれた。
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