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第53話「愛の証」

「冬斗!」  その後、母親と祖母が病室へやってきた。  病院から連絡を受けた母親は、仕事中だったのか、ワイシャツ姿のままだった。  ベッドに起き上がっている冬斗の姿を見るなり、ふらふらと近づいてきて、やがて力強く抱きしめられた。  気丈な母が、肩を震わせて泣いている。  そんなところは初めて見た。胸がぎゅっと苦しくなる。  祖母が、母親と冬斗にそっと寄り添う。 「心配かけてごめん……」  また、涙が滲んだ。  壁際に立って見守っていた一葉をちらりと見ると、薄く微笑む。  冬斗は唇をぎゅっと引き結んで、母親をそっと抱き返した。  しばらくして、伊織と茜、鈴音がやってきた。みんな私服姿で、ろくに防寒具も着けていない。 「死んじゃうかと思ったんだからぁ……!」  茜が冬斗を抱きしめて、泣いた。 「冬斗先輩。本当に、良かった……」  鈴音も涙ぐみ、安心したように笑った。  冬斗は二人にお礼を言って、はにかんだ。  病室の扉の方に、伊織が立っていた。  冬斗は目尻を拭いながら、みんなに静かに言う。 「ちょっと、伊織と話したいんだけど……良いかな」  みんなが気を遣ってくれて退室をした後、伊織と向き直った。 「伊織……あのさ、告白の返事なんだけど」  深く息を吸う。伊織を見つめた。 「……ごめん」  伊織は何も言わなかった。  静寂が病室に降りる。 「……はは」  やがて、乾いた笑いがぽつりと響いた。  伊織を見ると、笑っていた。  でも、それは暗いものではなく、どこかさっぱりとしたような表情だった。 「……俺じゃ、ダメなんだよな」  伊織がぽりぽりと首をかく。  冬斗は、じっと伊織の言葉を聞いた。 「俺さ、正直冬斗に振られてもさ……なんだかんだ立ち直って、多分幸せになれる」  そこで、伊織は顔を上げてにやりと笑った。 「ほら、依峰もさ。一人じゃなかったじゃん?」  冬斗は静かに頷いた。  帳面の、依峰の名前の下。  そこには漢数字で三十二と書かれているだけではなかった。  娘がいた。妻がいた。  それを見て、なんだか冬斗はほっとしたのだ。 「なんだっけ。正一? さんのこと、好きだったんだっけ? ……でもなんだかんだ、依峰もその後、普通に幸せに暮らしたんじゃねえかな」  伊織は明るく笑う。  太陽のように。 「……でもさ。あいつは……一葉は、冬斗じゃなきゃ無理なんだよな」  伊織はふっと病室の扉の向こうを見た。    浮世離れした一葉。  誰よりも美しいけど、誰よりも孤独で……そして、一途だ。 「冬斗がいないと、多分あいつ、幸せになれねえんだと思う」  冬斗は小さく笑った。 「俺も……一葉じゃなきゃだめなんだ」  すると、伊織が面食らったような顔をして、そしてくしゃりと笑った。   「おいおい、熱烈だな。……てか、お前もたいがい重いよな」  その言葉に、冬斗は紫の目に触れた。  静かに微笑む。  すると突然、伊織が大袈裟に項垂れた。   「あーあ! 俺、めっちゃ優しくしたつもりだったんだけどな〜」 「え?」  伊織は自分の頭をかきまぜる。  冬斗は目を瞬かせた。   「理解ある良い男ムーブ、けっこう頑張ったんだけどなあ」 「ええ?」  ふっと皮肉げに笑ったその顔が、一瞬、依峰に見えた。  冬斗は目をぱちくりさせた。   「……いやお前、計算かよ!」  冬斗のツッコミに伊織はへらりと笑った。 「まあまあ。でも言ってることはガチだから」 「お、おお……」    伊織は優しく冬斗の肩を叩いた。  屈託のない笑顔で親指を立てる。   「ま、幸せになれよ。俺は俺で、超絶幸せになっから! むごんちゃんとDMでつながったし!」 「……は、はあああああああ!?!?」  絶叫して目を剥く冬斗に、伊織はいたずらげに笑った。 「嘘だろお前嘘だろ!? どうやって!? なんで!?」 「はっはっは。この顔に感謝」 「お、おまえええ!」  伊織の肩を掴んでがくがくと揺する。ぐらんぐらんと伊織の頭が揺れた。    ふと、伊織と目が合った。 「……」 「……」    くくく、と肩を揺らして、伊織が笑う。  冬斗も思わず噴き出した。 「……ねえ、もういい?」  その時、一葉が廊下から顔を出した。  その顔は露骨に不機嫌そうだ。   「おー、こわ。やっぱいたのかよ。……じゃあ、俺はとっとと帰りますわ。この後家の手伝いしなきゃなんねえし」    伊織は苦笑して、冬斗にひらりと手を振る。    「伊織。また、学校でな」  冬斗の言葉に、伊織が「おう」と笑って背を向けた。  その背中に、唇を噛む。  ぐっと胸を握りしめて、その背に思わず声をかけた。 「伊織!」  名前を呼ぶと、伊織が振り返る。 「……ありがとな」  そう言うと、伊織が少し目を見開いて、そして笑った。 「おー」  今度こそ手を振って去っていく背中を、じっと見つめる。 『お前は、冬斗だよ』  そう言って、いつでも現実に引き戻そうとしてくれた。  伊織がいなかったら、多分、もっと自分を見失っていた。  見つめていると、一葉に抱き寄せられた。    「伊織なんか見るなよ」  むすっとしたような、いじけた子供のような顔。  冬斗は目を丸くして、それから笑った。   「……大丈夫だよ。俺が好きなのは一葉だけだ」    そう言うと、一葉がやっと満足したように微笑んだ。  一葉と目が合う。  冬斗は、自然と目を閉じていた。  一葉の顔が近づいて来る気配がした。  唇にあたたかくてやわらかいものが触れる。    とろけそうな心地に、胸が甘く疼いた。  唇がそっと離れる。  ぎゅっと一葉の袖を掴んだ。 「お、俺……」 「ん?」  冬斗は耳を赤くしながらもごもごとつぶやいた。 「ファーストキス……」  正一の記憶はある。  でもそれは、冬斗の人生じゃない。  冬斗としては、正真正銘、初めてだった。  一葉が目を丸くする。  そして、こらえきれなくなったように噴き出した。 「……俺、冬斗のそういうとこ、好き」    ぎゅっと抱きしめられて、冬斗はあわあわと赤くなった。  窓の向こうでは、あたたかな日差しが、部屋をやわらかく照らしていた。    

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