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第55話「もう大丈夫」

 その日の帰り道。  バスから降りた後、冬斗は一葉と雪道を歩いていた。  今日はまっすぐ帰らずに、ある場所へ行く約束をしていた。   「……一葉はさ、いつから思い出してたの」  冬斗は一葉と手を繋ぎながら問いかけた。  一葉はそっと目を伏せて、小さく息をつく。   「冬斗に会ってから少しずつ。全部思い出したのは、神楽の時」 「えっ。そんなに前から?」  冬斗は思わず一葉を見上げた。  一葉は微笑んでいる。   「うん。……でもさ、確かに記憶はあるけど。俺はシキだけど、シキじゃない。もう蛇とかなれないし。あんな風に話さないし」  冬斗は一葉の黒い瞳を見つめた。  そのやわらかい表情に、自然と頬が緩む。   「……うん。知ってる」  小さく頷いた。  自分の中に別の記憶がある。  でもだからといって、今の自分が塗り替わる訳じゃない。  ここまで生きてきた人生がある。  その時。ふと、向こうの方から歩いて来る小さな人影が見えた。  杖をついたその人は、冬斗たちに気がついて、足を止めた。  冬斗も、足を止める。  目を見開きながら、佐久間さんがそこに立っていた。  御社で、むりやり衣装を着せようとしてきた佐久間さんの姿を思い出す。  思わず、体がこわばる。  その時、すっと一葉が前に出た。  まっすぐ佐久間さんの方に歩いていく。 「こんにちは。佐久間さん」  そう言って、一葉は微笑んだ。  佐久間さんが、びくりと震えてゆっくりと低頭する。 「……冬の山は寒いし危ないので、御社にはもう行かないでくださいね」    一葉は佐久間さんの小さな肩に、静かに手を置いた。  佐久間さんははっとして一葉を見上げる。 「……もう、大丈夫ですよ」  一葉がそう囁くと、佐久間さんが俯いて肩を震わせた。  きらりと光る雫が、雪を濡らす。  まるで赦しを得たように嗚咽を漏らすその姿に、冬斗は切ない気持ちになった。  強い力で掴まれた肩は痛かった。  家に押しかけられた時も、怖かった。  それでも。  (この人も、苦しかったのかな……)  佐久間さんは佐久間さんで、ずっとどこに寄りかかれば良いのか分からなかったのかもしれない。  ふと、そんなことを思った。  ◆    カチッ。  冬斗はポケットからライターを取り出して、線香に火をつけた。  その様子を見ていた一葉が目を見開いた。    「冬斗、それ……」  冬斗はシキの部屋があった場所に線香立てを置いて、そこに火のついた線香を置いた。    「うん。もうあんまり怖くないんだ。……一葉が助けてくれたから」  そう言って一葉を見上げる。  冬斗の顔をじっと眺めて、一葉はそっと微笑んだ。  冬斗たちは香本城跡の、シキの部屋だった場所に来ていた。  ここに来るのは二度目だったが、一葉と一緒にいるからか、あの時よりも随分と楽にたどり着くことができた。  でも、今日はここだけではない。  ちらりと、鳥居の方を振り返った。  まだ、行くべき場所がある。  一葉と目を合わせて、静かに笑い合った。    御社の前で、二人は肩を寄せ合って座った。  千代丸とシキが幼い頃に会っていたように、二人で御社の前で雪を眺める。  後ろから一葉に抱きしめられた。手を握られる。   「……シキ、優しかったな」  ぽつりとつぶやくと、一葉が目を細めた。   「千代丸は、可愛かった」  静かに語り合う。  正一とシキの、始まりの場所。  冬斗はふと思いついた。  隣にいる一葉を見上げる。   「なあ、一葉。……高校卒業したら、一緒に暮らさない?」  一葉がひっそりと笑った。   「良いね」 「そしたら、俺、毎日一葉にドライヤーかけたい」 「ドライヤー?」  一葉が首を傾げる。  冬斗は頷いた。   「前にしてもらった時、気持ちよかったから」  初めて一葉の家に行った時、ドライヤーをかけてもらったことを思い出す。  本当に心地よくて、幸せだった。  今度は、自分がしてあげたい。  一葉が嬉しそうに笑った。  その横顔は年相応の少年のもので、冬斗は思わず見惚れた。 『一緒にくらそう』 『やくそく』  幼い千代丸とシキの声が蘇る。    二人の少年の寄り添う姿が、ゆっくりと雲に溶けていった気がした。  冬斗は隣にいる一葉の手を、ぎゅっと握り返した。    

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