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第56話「約束(1)」※
一年後、三月────。
積雪も溶け始めてきた頃。
白水高校の校舎から、ささやかな歌声が聞こえて来る。
紅白幕のかかった体育館で、冬斗たちは制服にコサージュをつけて、保護者席に向き合っていた。
生徒数が少ない分、保護者や教師たちとの距離が近い。式典だが、堅苦しくはなかった。
卒業の歌を歌った後に退場になるかと思ったが、その場で学年主任と担任の挨拶があり、そのまま体育館で解散となった。
母親は目を真っ赤にして泣いていた。祖母も目を潤ませて笑っている。
一葉は菊乃さんに抱きしめられていた。
美津子さんは写真を撮りまくっていて、伊織が呆れたようにそれを眺めている。
一つ歳下でまだ卒業じゃない鈴音は、茜に抱きついて泣いていた。
「────そういや伊織。もう消防学校行く準備できたの?」
そのうち、みんなで集まって輪になった。
冬斗が訊ねると、伊織は親指を立てる。
「おう。ずっと夢だったからな。もう準備万端よ」
「茜ちゃんは村にいてくれて良かったぁ……」
鈴音が鼻を啜りながら言う。
茜が胸を張りながら腕を組んだ。
「がんがん村おこしやるよ。まずは手始めにSNSの運用ね。腕が鳴るなぁ」
「てか、冬斗がIT系は納得だよな」
伊織が冬斗を見る。茜も頷いた。
「冬斗、そっち系強いもんね」
「あ、でも、一葉先輩が教育系なのはびっくりでした」
鈴音の言葉に、一葉が口端を持ち上げる。
「そうかな。俺、子供好きなんだよね」
一葉を見た茜が、何かを思い出したように突然にやにやし始めた。
「……そんで? あんたたち、もう部屋は決まったの」
冬斗は照れ臭くて、眼鏡を押し上げようとした。
けれど、空振りをする。そういえば眼鏡を忘れてきていた。
一葉が頷く。
「決まったよ。引越し手伝いしてくれても良いんだよ」
「あったりめえだろ。そんで、その後東京案内しろよな」
伊織が一葉の肩をこづく。
一葉は小さく笑って「はいはい」と諦めたように頷いた。
冬斗と一葉はそのまま東京で同棲をする予定だが、伊織たちとは離れ離れになる。
でも、寂しくはなかった。
また会おうと思えば会える。猫ちゃんたちのLINEグループで、連絡が取れる。
そのうち、体育館の中では、大人たちと生徒たちに輪が分かれていった。
どうやら大人たちは先生たちと打ち上げをするらしい。
伊織が美津子さんに呼ばれて、しぶしぶ着いていく。茜と鈴音も、伊織に続いた。手伝い要員として、打ち上げに参加するらしい。
冬斗はみんなに手を振った。
ざわめきが遠くなっていく。
気がつけば、一葉と二人きりになっていた。
一葉が、そっと冬斗の手を取った。
「……今日、うち来る?」
冬斗ははっとして、一葉を見上げる。
ぎゅっと唇を噛んで、そっとその手に指を絡めた。
◆
一葉の部屋のベッドで、冬斗は一葉と向かい合っていた。
心臓が口から出そうなくらい、どきどきと高鳴っている。
一葉に頬を撫でられて、びくりとする。
「冬斗、顔赤いね」
「あ、当たり前だろ……っ」
一葉が目を細めて笑う。
冬斗はうつむいた。
────卒業したら。
一葉と交わした約束だった。
覚悟は決めてきたはずなのに、指先は情けないほど震えている。
正一の記憶はある。
でも、それはもう遠い夢みたいだった。
一年前のあの日以来、冬斗は正一の夢を見ていない。
朝起きて、夢の内容をだんだん忘れていくように、正一だった頃の記憶は遠くなっている。
「や、やばいかも、俺……」
冬斗は胸を抑えて、一葉を見上げた。
「心臓、爆発しそう……」
すると、一葉がわずかに目を見開いて、それからふっと笑った。
「……実はね、俺も」
「か、一葉も……?」
「うん」
ほら、と手を優しくとられて、一葉の心臓の上に当てられる。
制服のシャツ越しに感じる鼓動は、確かに力強かった。
あたたかな体温。
速い鼓動。
────冷たくない。
ぎゅっと、胸が締め付けられた。
一葉は照れくさそうに目を伏せた。
どくどくと鳴る鼓動を聞いていると、つかまれた手首に、すり、と一葉の指が動いた。
ぴくりと震えると、その手に少し力がこもる。
見上げると、一葉の夜の瞳がまっすぐに冬斗を見つめていた。
「……怖かったら、言って」
頭の後ろに一葉の手が回る。
そっと引き寄せられて、唇が触れ合った。
まるで、自分の心臓の音が耳元で鳴っているようだ。
小さく震えながら、ぼそりと言った。
「怖くない。お、俺だって……し、したかったし」
下を向いたまま言うと、一葉が一瞬、ぴたりと動きを止めた。
冬斗は唇をきゅっと噛む。
やがて、一葉の手が耳たぶに触れた。
「ひやっ……」
「冬斗……可愛い。耳、真っ赤だね」
ひそひそと囁かれて、熱い吐息が耳をくすぐる。
びくりと小さく跳ねて、冬斗は息を乱した。
恥ずかしい。
今すぐに逃げ出したい。
でも、もっと触ってほしい。
耳や首筋を優しく甘噛みされて、舐められる。
まるで、味を確かめられているようだ。
頭がぼんやりとする。
指先がじんじんとして、震える。
一葉の服をつかんでいるのが精一杯だ。
一葉が触れたところが熱い。
そこから甘い波紋が広がるように、体が熱を持っていく。
いつのまにか、冬斗はベッドに仰向けに倒されていた。
震えながら手で顔を覆うと、ぎし、とベッドが軋む音がして、手を優しくとられた。
手を繋いで、キスをする。
そのうち深い口付けに変わって、冬斗は夢中で一葉の広い背中にすがりついた。
唇が離れた頃には、もう息が絶え絶えになっていた。
ぼんやりと一葉を見つめていると、指先を口に含まれる。
「冬斗。可愛い。……食べちゃいたい」
一葉の夜の瞳に、妖しさが浮かんだ。
冬斗は指先を甘噛みされながら、じっとその目を見る。
そして、そっとその体を抱き返した。
「うん。……食べて」
耳元で囁くと、一葉の体が震えた。
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