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最終話「バス停」
あたたかな風が頬を撫でる。
冬斗はスーツケースを持ちながら、一人でバス停に立っていた。
白泰村には、少しずつ雪解けが訪れている。
新緑が顔をのぞかせ、やわらかな日の光が村を照らしている。
来た道を見てみる。
もう、雪はほとんどない。
スマートフォンで時刻を確認する。
バスの予定時刻に余裕のある時間。
冬斗は改めて白泰村を見つめた。
寒くて、雪しかないと思っていた。
でも、実際はそんなことはなかった。
いろんなことが、あった。
ぎゅっとスーツケースを握って、空を見る。
晴れた空がよく見えた。
前髪はもう額にかかっていない。紫の目で、じっと空を見つめる。
「────待った?」
その時。
声がして、隣を見ると、一葉が立っていた。
艶やかな黒い髪。切れ長の目。透き通った夜の瞳。
そして、耳には紫のピアスが開いている。冬斗の耳にも、同じものが光っていた。
黒いロングコートを着た一葉は、相変わらず二次元からやってきたのかと思うほど美形だ。
胸がざわざわした。
でも、それは決して嫌なものではない。
目の前の存在に────愛おしい人に、魂が震えるような不思議な感覚だ。
「待ってないよ」
微笑むと、一葉も頬を持ち上げる。
一葉は冬斗の顔を覗き込む。
「もし、俺が来なかったら……どうしてた?」
冬斗はわずかに目を丸くした。
少し考えて、そして笑う。
「探しに行くよ」
一葉が一瞬息を止めた。そして、すぐに嬉しそうに破顔する。
顔が近づいて来て、冬斗は思わず悲鳴を上げた。
「わー! ちょ、こ、ここで!?」
顔を真っ赤にしながら一葉の顔を手で押さえる。
一葉は冬斗の手を取ってにこにこと笑った。
「うん。どうせ人いないし、良いかなって」
「で、でも……」
うろうろと視線をさまよわせる。
「……だめ?」
一葉が小さく首を傾げる。冬斗はぐっと唇を噛んだ。
「ひ、卑怯じゃん……」
ぷしゅー、と空気が抜けていくように、さっきまでの勢いが消えてしまう。
冬斗はきょろきょろと辺りを見回した。
そして、背伸びをする。
「……終わり?」
一瞬のことに、一葉が少し不服そうな顔をした。
「終わり!!」
一葉から目を逸らしながら大きい声で言うと、おかしそうにくっくっと笑われる。
「じゃあ、家に着いたら……ね?」
そう言われて、冬斗はぷいとそっぽを向いた。
頬が熱い。
「今日は、さすがにカイロいらないか」
ふいに、一葉がぽつりと言った。
冬斗は少し考えて、一葉の手を取る。
「……カイロはいらないけど、これはいる」
うつむきながらぼそぼそと言う。
一葉が目を丸くした。
ふと、自分が寒さに弱くて良かったと思った。
一葉に温めてもらいたいがために、もしかしたら自分は寒がりに生まれたのだろうか。
そんなことを思っていると、固まっていた一葉に突然がばりと抱きつかれた。
「冬斗が可愛い……っ。可愛すぎてつらい……っ」
「ばっ……おま、な、何言ってんだよ!」
「きゅんだね」
冬斗から習ったオタク用語を使う一葉。
冬斗は目をぱちぱちさせて、そして思わず噴き出した。
「一葉みたいなイケメンが言うと、なんかおかしいな」
笑っていると、一葉にじっと見つめられる。
「ん?」
顔を上げると、穏やかな顔をしている一葉と目が合った。
「……俺、冬斗の笑ってる顔が一番好きだ」
優しい顔で見下ろされる。
冬斗はくすぐったい気持ちで、また笑った。
バスを待ちながら、改めて白泰村を眺める。
初めてここに来た時のことを思い出した。
一葉が冬斗を見つけてくれた。
一葉のおかげで、白泰村に居場所ができた。
コンビニで買い食いをした。
笑いながら雪遊びをした。
みんなで写真を撮った。
友達ができた。
恋をした。
ここでの思い出の全部に。
一葉がいる。
冬斗は一葉の手を握る手に力を込めた。
「……あのさ」
雪の中で芽吹こうとしている新緑を見つめる。
「他の誰といられるとしても、俺は一葉といたいよ」
言い切ると、不思議とすっきりとした。
春風が、やわらかく吹いて頬を撫でる。
一葉はしばらく黙っていた。
やがて、静かに冬斗に向き合う。冬斗も一葉の方を向いて、その顔を見上げた。
「────俺の世界は、冬斗の形をしてる」
息が止まった。
小さく指先が震える。
冬斗は泣きそうになりながら、目元を緩めた。
世界の形。
なんて、重いのだろう。
それでも、叫びたいくらいの嬉しさを感じる。
────バスの音が遠くから聞こえて来る。
「今日は早いね」
冬斗は時計を見てそう言った。
十五分遅れ。上出来だろう。
一葉が小さく笑った。
「……行こうか」
冬斗は頷いて、スーツケースを持ち直す。
目の前で止まったバスに、二人で乗り込む。
冬斗たちを乗せたバスは、白泰村を縫いながら進んでいく。
雪解けの畑。
神社へ続く石段。
小さな商店。
白水高校の校舎。
懐かしい景色が、ゆっくりと窓の外へ流れていく。
冬斗は遠くなっていく白泰村を、振り返った。
白泰村には、春が来ていた。
二人が去った後のバス停に、あたたかな風が吹いた。
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