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おまけ③ 紫煙の行方と指先の熱
【イケイケ不動産営業マンあるある/日本全国どこへでも行く。そこに不動産がある限り】
仕事終わりの夜、吉永が宮尾のマンションを訪ねると、宮尾は小振りのボストンバッグに荷を詰めているところだった。
控えめなブランドロゴが入ったバッグに、手際よく衣類や日用品が吸い込まれていく。
「どこかへ行くの?」
「急遽、明日から九州に行くことになりまして」
宮尾は手を止めずに答える。
「へえ、それは随分と急だね」
「お喋りな地主の佐藤さんが、ご友人を紹介してくれたんです。九州に何棟かアパートを持っていて、建て替えを検討しているそうで」
宮尾が休日返上で撒き続けてきた種が、ようやく芽吹いたのだ。彼の描いた筋書き通りに事が動いている事実に、吉永は一種の感動を覚えた。
「アパートの新築案件を取っても、宮尾くんの成績になるの?」
「賃貸アパートは専門外ですけど、一応数字は付きますよ」
そこで宮尾は顔を上げ、不敵にニヤリと笑った。
「こういう小さな数字の積み重ねが、トップランカーで居続ける秘訣です。担当部署に横流しするだけじゃ面白くない。今回もきっちり『一枚噛む』ために、わざわざ九州まで足を運ぶんですよ」
なるほど、と吉永は納得した。この男の成功は、野生的な勘だけでなく、こうした泥臭い行動量と緻密な計算の上に成り立っているのだ。
翌朝、宮尾は軽やかな足取りで旅立ち、一泊二日の強行軍を経て、博多明太子を手に帰還した。
吉永の家の居間で、その明太子を肴にビールで乾杯する。
「出張はどうだった?」
「骨は折れましたけど、かなりアツい案件になりそうです。行った甲斐がありましたよ」
首尾は上々だったらしい。
「こういう遠征はよくあるの?」
「うーん、ちょこちょこありますね。広島や仙台とか行きましたよ。俺の先輩なんて、土地のオーナーを追いかけて中国まで飛んでましたし」
――俺だって吉永さんに会うためなら、海を渡るつもりでしたよ。
冗談めかして笑う宮尾に、吉永は感心を通り越して呆れてしまった。
宮尾が吉永の肩に頭を預け、甘えるように囁く。
「今度、吉永さんと旅行に行きたいな。国内でも、海外でも」
「いいね。まずは温泉地でしっぽり楽しみたいなあ」
「言い方がおっさんくさいですよ」
ビールの香りがする軽い口付けを交わす。吉永が「もっと」と求めた瞬間、宮尾は既にスマホを取り出していた。
「近場なら箱根か草津かな。あ、下呂温泉も一度行ってみたいんだよな……」
切り替えの速さに苦笑しつつも、吉永は改めて思う。
(この強欲なまでの行動力こそが、俺の好きな宮尾くんだ)
それから日付が変わるまで、宮尾による「完璧な旅行プランニング」は続き、二人は初めての旅への期待を膨らませた。
【イケイケ不動産営業マンあるある/大体ヘビースモーカー】
上品な設えのマンションの広い寝室は、濃密な闇に沈んでいた。
視界の全てを、滑らかな肌が占領している。
見下ろす吉永の視線の先で、宮尾が全身に汗を滲ませながら胸を上下させていた。吉永が腰を引いて押し込む動きに合わせて、その体が大きく飛び跳ね、内側の柔らかい粘膜がはくはくと律動する。
「ぅあ、っ……!はあ……っ、ぁあ!」
あえかな悲鳴が寝室に響き渡る。あまりに扇情的な光景に、吉永は歯を食いしばった。
(……くそ、たまんないな)
細い腰を強く掴んで、容赦なく自身を押し付ける。初めて服を剥いた時に知ったことだが、宮尾は身長が高い割に、驚くほど細身で引き締まった体つきをしていた。普段の態度が不遜なせいか体格が良いと思われがちだが、実際の彼はこんなにも儚く、柳のようにしなやかなのだ。
この脆さを知っているのは、俺しかいない。そう思うと、全身の血が湧き上がるような興奮を覚える。
吉永が速いストロークで、宮尾の中の最も敏感な場所を何度も穿つ。そうされると宮尾は前後不覚になって、頭を振りながら涙を流した。
どこもかしこも敏感な体だ。唇も、胸の頂も、健気に締め付ける柔い場所も。全て、吉永が作り変えた。
その強烈な支配欲に背を押されるように、一際奥を突く。悲鳴を上げる口を覆うように塞いで奥をガツガツと攻め立てると、腕の中で宮尾の体が強く震え、二人は同時に高みから突き落とされた。
吉永がシャワーを浴びてリビングに戻ると、微かな煙の匂いが鼻を掠めた。
ダイニングチェアに膝を立てて腰掛けている宮尾。右手は尖った鉛筆を持ち、忙しなく動いている。そして左手には、使い込まれた小さなデバイスが握られていた。
宮尾は真剣な面持ちで紙の上に鉛筆の先を滑らせては、左手に持ったデバイスを口元に持っていき、深く吸い込む。そして煙を吐き出してはまた描く。それを無心に繰り返しながら、彼は意識を遠くへ飛ばしているようだった。
「吸ってるの、初めて見た」
吉永の声に、宮尾がハッとして顔を上げる。そして自分の左手に握られた煙草を見て、「やば」という顔をした。
「すみません、完全に無意識でした。すぐ換気しますね」
「別にいいよ。吸うんだろうなとは思っていたし」
バツの悪そうな顔をする宮尾だが、左手の機械を離す気配はない。吉永が向かいに腰を下ろすと、宮尾は言い訳をする子供のような顔でもごもごと話し始めた。
「俺、結構なヘビースモーカーなんです。吉永さんの家では、アンリがいるから吸わないようにしてたんですけど」
吉永は気づいていた。常に清潔な香りを纏う宮尾から、稀に鋭い紫煙の香りが漂う瞬間があったからだ。
「不動産屋さんは、吸う人が多いよね。やっぱりストレスから?」
「俺の場合は、不純な動機ですよ。新人の頃、喫煙所ならお偉いさんと直で話せるって知ってから吸い始めました。……今じゃこれがないと、やってられないです」
上昇志向のために習慣さえ作り変える。その強かさに、吉永は苦笑いした。
「宮尾くん、いつもその位置で煙草を吸いながら描いてるんでしょ」
「……わかります?正直、描きながら吸ってる時が最高に気持ちいいんです」
『最高に気持ちいい』とは、少し嫉妬を覚えないでもないが、その気持ちを隅に追いやって吉永は微笑んだ。
「アンリのことを気遣ってくれてありがとう。でも、俺には何も遠慮しなくていいんだよ。恋人の全部を知っていたいと思う気持ち、察してよ」
優しく包み込むような言葉に、宮尾が一瞬目を丸くした。そして、獲物を定めるような真剣な眼差しで吉永を射抜くと、尊大に言い放った。
「――じゃあ、お言葉に甘えて。吉永さん、そのまま椅子に背を凭れて、右足を組んで。左腕は肘掛けに、右腕はテーブルに肘をついて……そう、そのまま動かないで」
宮尾の瞳が、真っ直ぐに吉永を突き刺す。その目は、ただの物質を捉える目であり、人間の細部を正確に捉える「画家の目」だった。その冷徹な熱にあぶられて、吉永は恍惚とした顔で宮尾を見つめた。
「こっち見ないで。後ろのテレビの方見ててください」
「はい、わかりました」
宮尾の口から吐き出される煙が、二人の間の空気に溶けていく。吉永はその不規則な動きを目で追いながら、十年前から変わらぬ、そして十年前よりずっと深い熱を感じて、静かな喜びを噛み締めていた。
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