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No.6「守紋様の正体」
寝室に入ると、ゼフは僕を抱き上げ、ベッドの上に横たえる。
背中に張り付いていた騎士団長・ラユの亡霊は、まるで液体のようにスルリと向きを替え、今度は僕に馬乗りになった。
そして、快楽を煽るかのように、冷たい指で胸を執拗に撫でてくる。
(どうしてさっきまでの僕は、この亡霊に薔薇の美しさが伝わると思ったのだろう……)
こんな好き勝手に触られる姿を、ゼフに見られたくない。
そう思ったが、彼にはそもそもラユが見えていないのだと言う。
今だって、僕の思わず仰け反る首元や、ラユの手を避けるように捩る腰を目で追うけれど、亡霊そのものが見えている気配は、確かにない。
ゼフは、怒った顔のままベッドの横に椅子を置き、座った。
どうやらここで朝まで、僕の番をするつもりらしい。
「し、寝室に入ったこと、マ、マチにバレたら叱られるよ」
「いくらでも、叱られるさ。第七王子が亡霊に連れていかれるより、ずっとマシだ」
僕は返す言葉がない。
そこから夜が明けるまで、緊張感のあるおかしな時間を過ごした。
ラユの冷たい手に身体を弄られ、それをじっとゼフに見張られ続ける。
身の置き場がなく、耐え難い時間だった。
—
翌朝、ゼフは夜明けの鐘とともに寝室を出ていったから、マチにバレることはなかった。
僕はラユもゼフも居なくなった部屋で大きく息を吐き、朝食の時間まで眠ろうと、目を閉じる。
しかし、昨晩の愚行が頭をよぎり続け、上手く寝付くことができない。
結局、いつもより早い時間に大広間へと向かった。
黒い布を掛けた鳥籠を持ち、廊下を進んでいくと、使用人たちの話し声が聞こえる。
まだ僕が起きてくるとは思っていない彼女たちは、いつもより砕けた口調で話をしていた。
「……それは可哀想にねぇ」
今の声はマチだ。
「だけど、亡霊の姿が見えるようになるっていうのは、もう連れ去られ始めてるって昔から言うでしょ?早くこの地を離れるしか方法はないんじゃないのかい」
一瞬、僕のことを話しているのかと思って焦るが違った。
「毎晩その兵士に、冷たい手で身体を触られるっていうのだよ。もう姪っ子が不憫で、不憫で」
「助けてくれそうな、呪師もいないものねぇ」
「近いうちに親戚を頼って、王都に近い村に引っ越すことは決まったんだけどね、皆と離れたくないって泣くんだよ」
他人事とは思えず、僕は大広間に足を踏み入れ、「あ、あの!」と声を掛ける。
「まぁ、ナリ王子。おはようございます。お早いですね。私たちこんなところでお喋りしてて、失礼しました。すぐご朝食のお支度をしますからね」
「ねぇ、村には、呪師はいないの?」
「聞いてらっしゃったんですか。えぇ、小さな村ですから。霊媒体質な子は、亡霊に連れ去られるか、この地を去るしか方法はないんです……」
「ねぇ、ゼフに頼んでみたら?」
「ゼフ?」
「うん。彼ならなんとかしてくれるかも。僕から話をしてみるよ」
(高度な守紋様師の技術を僕だけのために使うなんて、もったいないもの)
彼女たちは「何か可能性があるのなら助かる」と、皆表情を明るくした。
—
「どうしたナリ?俺に用事だって?」
薔薇園の見えるバルコニーで、石のベンチに座っていると、ゼフがやってきてくれた。
昨晩のことがあったから少し気まずかったけれど、村人を救うためだと、僕は彼に向き合う。
「昨日は、助けてくれて、ありがとう……。自分が危険なことをしているって、自覚が無かったよ」
「全くだ。亡霊は人間に性交を迫る。それに絆され契りを交わせば、あっという間に霊界へ連れていかれるんだぞ。ナリだって最初はそいつの姿は見えなかったんだろ?」
「うん……」
「今は見えるってことは、もう連れ去られ始めている。連れ去られたら、眠ったままになるんだ。そして会話も食事もできず、弱って死んでしまう。ここにいる亡霊は王都にいる奴らより、もっとずっとタチが悪いから、軽率な行動はしないでほしい」
「ごめんなさい……」
「いや、謝らなくていい。そのために俺は急いで駆けつけてきたんだ。間に合ってよかった。むしろ、幼い頃のナリに、亡霊についてちゃんと説明してやらなかった俺も悪い」
僕は、石のベンチの端に寄り、ゼフに隣へ座るよう促した。
「で、なんの用事だ?ナリ」
「うん、あのね。使用人さんの姪っ子が亡霊に連れ去られそうなんだって……」
「その子も霊媒体質なんだろうな、気の毒に」
「それで、この地を離れるしかないらしいんだけど、その子に守紋様を描いてあげることはできないの?」
「え?」
「だって、本当に凄いよ、ゼフの守紋様は。ラユは蔦の紋様が書かれた箇所には絶対に触ってこないし、金縛りのような状態でも、守紋様が描かれた部位はゆっくりとなら動かせるし。ね、お願いだよ、ゼフ」
彼は石のベンチから立ち上がる。
そして「ローズティーを入れてくるよ」と僕を置いて厨房へ行ってしまった。
—
銀の盆にのせたローズティーと一緒に、ゼフは道具が入っている薄汚れた巾着袋を持ってきてくれた。
すぐにでも描きに行ってくれるのかと思ったが、違った。
巾着袋から一通の古い手紙を取り出し、僕に差し出してくる。
「読んでいいの?」
コクリと頷くゼフの表情は、大切な秘密を開示しようとしているのか、硬い。
『我が息子ゼフ』
どうやら、ゼフの父である王都に仕える呪師からの手紙のようだ。
『其方が守紋様師を目指すことに、反対はしない。しかし、分かっているはずだ。守紋様師とは、皆を救える術ではない。ただ一人。生涯でたったお一方のために習得し、磨き、描くものだ。其方が守りたいと思う人は救えるが、それ以外を救うことは不可能となる。それほどの強い思いを持って、第七王子を慕っているのであれば、力になって差し上げなさい。ナリ王子に守紋様が必要になったときには、知らせる。あの方は霊媒体質が強いから私も心配はしている。その時が来るまで、紋様の腕を磨くとよい』
「これって、つまり……」
「守紋様は、ナリにしか効かない。俺が全身全霊を込めて、ナリだけを守るために描くのだから。だからその過程で熱が生じ、副作用が生まれてしまうんだ。霊を見ることができない俺だけど、ナリの貞操を守ることはできる」
(王位継承権もない僕のために?どうして、そこまでしてくれるの?)
「だから、ごめん。その子には描いてあげられない。四年間、ナリのためだけに修行したんだ。ナリ以外を助けることは、できないから」
僕は上手く言葉が見つけられず、ただただゼフの瞳を見つめてしまう。
知らぬ間に薔薇園から吹いてくる風が、冷たく感じられるようになっていた。
そして、ポツポツと大きな雨粒が落ちてきて、ザーザーと音を立てて雨が降り出す。
「・・・・・」
ゼフが僕の目を見て何か言ったけど、雨音にかき消され聞こえなかった。
「え?なに?」
ゼフは全身が濡れてしまった僕をサッと抱き上げ、大広間へと運んでくれる。
「まぁまぁ、びしょ濡れじゃないですか。お風邪をひきますよ」
そこにはマチがいて、甲斐甲斐しく世話をしてくれたから、いつの間にか彼の姿は見えなくなっていた。
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