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No.7「僕を守る温かい盾」

「気をつけて帰って」 僕は顔色を見られないよう、わざと暗がりから、マチたち使用人を見送る。 実は喉が痛く、背中がゾクゾクとしはじめていたが、昼間雨に濡れただけで熱を出すなんて不甲斐ないから、隠し通そうとしたのだ。 このまま、ゼフにもバレずにいたいと思ったが、そうはいかなかった。 「ナリ、具合悪いんじゃないのか?」 彼は僕の顔を覗き込んでくる。 「あっ、うん。ちょっとね。寝不足だったから、雨に濡れて軽い風邪を引いたのかも。でも、大丈夫だから、気にしないで」 ゼフは大きくため息をつき、「どうして隠そうとするんだ」とブツブツ文句を言う。 「今夜の守紋様は、寝室のベッドの上で描こう」 そして「自分で歩ける」と主張する僕を無視して抱き上げ、寝室へ運んでくれる。 (そんな怒った顔、しなくてもいいのに……) 五回目の守紋様は、顔、首に描くらしく、上衣の首元を緩める程度の露出でよかった。 墨をたっぷりと含んだ筆が、肌の上を滑ってゆく感触が心地よい。 「冷たくて、気持ちがいい……」 「熱が上がってきている証拠だな」 筆は首筋を撫で、喉仏を撫で、耳の裏を撫でる。 「んっ」 思わず声が出ても、熱で頭が朦朧としていたから、抑制するだけの力がなかった。 僕は目を閉じ、頬や瞼に描かれる愛撫のような筆さばきを、ただ味わう。 いつしか「はぁはぁ」と甘い吐息が零れるほどに……。 これが副作用なのか何なのか、今はどうでもよかった。 快楽を与えてくれていた筆の動きが、止まる。 寂しさを覚えて、僕は目を開けゼフを見た。 「できた」 今夜はその言葉が少し残念に思えた。 「ゆっくり眠るといい」 僕はコクリと頷き、再び目を閉じる。 ウトウトと眠り、次に目が覚めたときには、酷く悪寒がした。 体温はさっきよりも上がってしまったようだ。 ホムが「ボフッ」と炎を吐き、「ギッ」と小物の亡霊が消えていく音が聞こえる。 ベッドの近くには椅子が置かれ、ゼフがうたた寝をしていた。 今夜も、寝室で番をしてくれるようだ。 そんな中、いつも通り騎士団長の亡霊・ラユが現れる。 毎夜のことだが、ラユにとって、僕が布団を掛けていようが衣服を身に着けていようが、関係ない。 「城主、私と契りを交わしましょう」 まだ蔦の紋様が描かれていない腹や胸を、冷たい指で執拗に愛撫してきた。 発熱しているせいで、その手がより不快で気持ち悪く感じる。 「や、やめて。さ、さわらない、で」 僕は、守紋様の描かれた腕や足をゆっくりながら動かし、モゾモゾと抵抗する。 「大丈夫か、ナリ?またアイツか!」 「ゼ、ゼフ……」 目を覚ましてくれた彼に、自分が物欲しげな声を出し、物欲しげな目をした自覚がある。 「あぁー、もー!」 ゼフは頭を掻きむしりながら、ベッドに上がってきてくれた。 そして、僕の上に覆い被さってくる。 布団も衣服もすり抜けるラユの手も、人間をすり抜けることはできないようだ。 ゼフが僕の盾になってくれたのだ。 「とても、あったかいよ……ゼフ。ありがと……」 僕は彼の重みと温かさに包まれ、すぐに微睡み始める。 目を閉じる直前、ゼフの向こうには、酷く悲しそうな顔で、為す術なく立ち尽くしているラユの姿が見えた。 – 「まぁ、ゼフ!なぜナリ王子の寝室から出てきたのです!」 朝になり、ゼフが廊下に出た途端、マチの大きな声が聞こえてきた。 使用人頭の許可なく城主の寝室へ入っていたことが、バレてしまったのだ。 僕は慌ててベッドを下り、ドアへ駆け寄る。 「マ、マチ。これには、わけがあってね」 「あぁ、おはようございます。ナリ王子。あら、お顔が少し赤いですね」 「そ、そうなんだ。風邪を引いちゃったみたいで昨日の夜、熱が出たんだ。それで、ゼフが心配して寝室まで来てくれたってわけ」 「そうだったのですね。ちょっと失礼」 マチは、僕のオデコと自分のオデコをゴツンと合わせる。 「まだ、少しお熱があるようです。今日は安静になさってくださいね。すぐに薬を煎じさせますから、ベッドでお待ちください」 「いや、もう喉も痛くないし、薬は飲まなくても……」 マチは有無を言わせない笑顔をこちらに向け、「ナリ王子は安静に」と繰り返す。 彼女がすぐに持ってきてくれた薬は酷く苦かったけれど、眠気を誘うもので、僕は再びベッドへもぐった。 — 「コンコン」と力強いノックの音がする。 「は、はい」 眠りから引き戻され、僕は返事をした。 どうやらかなり長い時間、眠っていたようだ。 熱が下がったのか、気分もいい。 ドアが開くと、そこには懐かしい人物が立っていた。 ギャッ、ギャッ。 僕だけでなく、蝙蝠のホムも突然姿を現した元飼い主に、喜んでいる。 「おぉ、ホム。久しぶりだな。末弟の役に立ってくれているそうじゃないか。私は誇らしいぞ」 その人は、鳥籠からホムを取り出し、慣れた手つきで撫でていた。 ホムもその手に顔を摺り寄せ、気持ちよさそうにしている。 「お久しぶりです。第六王子」 「風邪を引いたんだって?熱は下がったのか?」 「えぇ、もうすっかり」 第六王子と一緒に寝室へ入ってきたゼフも僕の顔色を見て安心したようで、頷いていた。 「視察で近くまで来たから、ちょっと様子を見に来たんだ。今いいか?」 「はい、もちろんです」 ゼフは第六王子に椅子を出し、自分はその後ろに立つ。 「実はな、少し前から、第一王子の様子がおかしい」 「おかしい?」 「だってそうだろ。霊媒体質の末弟を、こんな辺境の亡霊が跋扈する古城へ追いやったのだ。王をも言い包めて」 「はい。第一王子は、以前はとてもお優しい方でした……」 (僕に古城へ行くよう命令したときの第一王子は、まるで別人のようだった) 「よくは分からないが、どうやら彼は亡霊に操られてる」 亡霊に連れていかれるならともかく、操られるなんて、聞いたことがない。 「それはこの古城にいる騎士団長の亡霊よりも、強い霊なのでしょうか?」 「騎士団長の亡霊については、先ほどゼフから聞いた。厄介なのに執着されているようだな。だがおそらく、その亡霊よりも霊力の強い何かが第一王子に憑いている。私も王都を出された。近いうちにきっと第五王子、第四王子も追い出されるだろう」 「そんな……」 「でも安心したぞ。末弟のそばにゼフがいてくれて。いいか、第一王子のことが収まるまで、霊媒体質のオマエは兄たちを信じ、ここに居なさい」 僕はコクリと頷く。 「そしてその騎士団長の亡霊を、生かず殺さず飼い慣らしなさい。そうすれば、少なくとも騎士団長より弱い霊はオマエに憑かない」 (なるほど。この古城では、ラユの力が最も強く、ある意味、亡霊たちの治安が保たれているというわけか) 「ゼフ。修行で得た力で、くれぐれも末弟のことを頼むぞ」 第六王子は我々にそう告げ、頼もしい背中を見せて古城をあとにした。

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