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第3話 記憶の断片
夢を見ていた。
夜をかたどるように、光の粒がはじけて、消える。火薬の残り香が夏のしめったにおいと混じり合って、鼻腔の奥をくすぐる。一瞬の歓声、傘に落ちる雨のようなパラパラとした音、そして、訪れる前よりも濃くなる静寂と暗闇。
空を滑り落ちるように消えていく色とりどりのひかりが、打ち上げられた花火の残光だと気づいたのは、鏡のように暗い海の上に消えてからだった。いくつもいくつも、打ち上げられては消えていく。色のついた流れ星のようだ。
刹那と刹那の間に、子供の笑い声が混じる。きっと届くと信じて伸ばした指先に応えるように、水面に映った尾花の残滓が、落ちてくる空に向かって手を伸ばした、ように見えた。
「あ」
一瞬だった。空から溢れた火花の一つが、目の前に落ちて、弾けた。その瞬間、目の前が赤く染まる。ごうという風音が鼓膜を揺らして、目の前の夜が一気に昼で塗り替えられたように錯覚するほど明るくなった。歓声は悲鳴に、希望は絶望に。
色のついた星の代わりに、炭になった瓦礫が降ってくる。知らない場所だった。けれどそれはひどく懐かしく、優しいところのはずだった。
「まって、いかないで」
隣に座っていた、誰かの背中が遠ざかる。立ち上がる自分の身体を押さえつけるように、なにか、ものすごく大きくて熱いものが、自分の身体を覆った。炎だ、と思った。自分の四肢の感覚の境界線すらあいまいなのに、それだけはわかった。
「───、おねがい、ひとりにしないで」
喉の奥が熱い。痛い。全身が、焼ける。言葉を発しても、それは声にはならなくて、ただ静かに燃えて、落ちて、消えた。
肋骨の焼けるような痛みが、まどろみから陽介の意識を引き上げた。たった今呼吸の仕方を思い出したように、浅く短い息を繰り返す。心臓が嫌な音を立てて鼓動を繰り返している。汗で濡れたTシャツが肌に張り付いて、上半身にまとわりつくようだ。
「う……」
がばりとベッドから起き上がると軽い眩暈がした。疼くこめかみを押さえて、シャツを握りしめる。汗を吸ったせいで、それは体温を奪うほどに冷たくなっていた。
少しずつ、身体の感覚を思い出す。ぎゅうと握り込んだ指先が震えているのは、寒さのせいだけではない。
なにか、大切なものを思い出し損ねた。覚醒とともに薄れていく夢の記憶を拾い上げようとしたが、モヤを掴むように、するりと逃げていった。
渚沙と湊斗を見送ってから、どれくらい経ったのだろう。窓の外は、すっかり暗くなっていた。時計を見ると、午後8時を過ぎている。
のろのろとベッドから這い出すと、スマホを手に取った。
そうしたのは、単純に思い出せそうで思い出せない苛立ちを、ほかの情報を入れることで補いたかったからだ。
ボタンを押し込むとブル、と手のひらに振動があって、ふわりと白い光が陽介の顔を照らした。妙に懐かしい感じのする画面に、詰めていた息をふっと吐き出す。
無意識に緑色のメッセージアプリをタップすると、グループラインに数件の通知、安否を心配する友人からの個別メッセージが入っていた。
その一番上に「REN」からのメッセージがある。
『事故ったって聞いたけど、大丈夫そ?』
トーク画面を開かずとも読めるメッセージにはそう記されていて、それを含めて20件ほどのメッセージの未読マークがあった。
藤崎蓮 。高校時代からの友人で、大学の志望校が同じで仲良くなった。二人とも同じ大学に無事進学できて、それからよくつるんでいる。
あとで返信しよう、とアプリを閉じて、流れ作業のように写真フォルダアプリをタップする。
結論、陽介の期待に応えるようなものは見つからなかった。陽介の失われた記憶を象徴するように、不自然なまでに半年分の写真がない。もともとそこまでたくさん写真を撮る方ではなかったと思うが、それにしても不自然だった。
直近の写真は一枚だけだった。
乗り換え案内のスクリーンショット。陽介の自宅の最寄駅から、見覚えのない駅までの経路が表示されている。マップで検索すると、それは海沿いの街のようだった。
ぐ、と手の中の機械を握りしめる。これが現状、陽介の半年を辿る、唯一の手がかりだ。
都心部から離れた、海辺の街。
ここに行けば、なにかわかるかもしれない。退院したら、まずはここを探しに行く。
スマホを置きかけて、そうだ、蓮にメッセージを返さないと、と閉じたスマートフォンを再度開く。トークルームに表示された文字の羅列に、陽介は思わず動揺した。
『明日メシいかね?』
普通のメッセージに見える。
『おーい』
『(レンは待っています)のスタンプ』
『体調悪い?』
『落ち着いたら連絡くれ』
主に陽介の安否を心配するような内容が連日続き、返信がないことでついに諦めたのか、半年前を境にぷつりと途切れている。
それから久しぶりにあったメッセージが、先ほどの事故に遭った旨を心配するものだ。日付は昨日になっている。陽介は、この半年間、意図的に蓮との連絡を断っていたことになる。
明確な意思を持って作られた『半年間』という空白。陽介と会っていた『誰か』の記憶と、渚沙と湊斗が口にした『カイ』という名前。そして、知らない駅名と海の写真。
これに関係するのは、同じ人物なのか?
繋がりそうで繋がらない点と点が、それでもたしかな意思を持って、陽介の頭の奥に眠った記憶を呼び起こそうとしていた。
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