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第25話 夜の底(2)※

 身体の向きを変えて、尻を高く突き上げる。陽介が息を詰めて、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。 「ゴムないから、そのままでいいよ」 「でも」 「もう、我慢できないくせに」  自分の指で、後孔を見えやすいように開いてやる。後ろで、陽介が喉を鳴らして、自分のTシャツを脱ぎ捨てる気配がした。 「あ、っ……」  柔い先端が、充分ゆるんだそこに押し付けられる。ためらうように一度、二度、往復したのちに、ぐぷりと押し込まれてからは早かった。  狭い隘路を、熱が押し拡げていく。内臓を圧迫される感覚が苦しくて、でもそれがほんのり気持ち良くて、口の端からうめきが漏れた。 「はいっ、た……?」  尻の間に下生えの感覚があって、それですべてがなかに収まったことを知る。海の内側が、悦ぶようにひだを絡ませてそれを締め付けた。頭上から、陽介のため息が聞こえてくる。 「陽介、い、いたくない……?」 「それ、海が言うの」 「は、たしかに」  思わず笑うと、きゅうと腹の中のそれを締め付けたのがわかる。陽介が、なかにいる。その事実だけで頭が沸騰しそうになる。 「痛くない」 「ん」 「気持ち、いい」 「俺も」  ぽたりと背中に、汗が落ちてくる。それで、ああ、向かい合った体勢にすればよかった、と後悔した。陽介は今、どんな顔で海を抱いているんだろうか。 「陽介、うごいて」  媚びるような声に、陽介の指が、腰を掴んだ。いつの間にか、ごつごつした男の指になっていた。それが痛いくらいに海の尻を掴んでいる。もったいつけるようになかから一度引き抜かれて、すぐに戻される。 「ぅ、あ……ッ」  喉の奥から媚びるような声が引き出されそうになって、思わず自分の手の甲を噛んだ。こんな声を聞かせたくない。 「噛まないで」 「だって、男のこんな声聞いたって萎えるだけでしょ」 「萎えるわけない」  はじめは拙く、ゆっくりとしていた抽挿は次第に速さを増していった。突き上げられる衝撃で、ずり上がりそうになる腰を、引き戻されて、また奥まで穿たれる。 「海のそれは、興奮するから」  じわりと腹の奥から、快感が滲み上がってくる。  溢れた先走りがシーツに落ちる。夜の中で、淡く光って見えた。  肌のぶつかる乾いた音と、ベッドの軋む音、二人分の息づかいが頭の奥に浸透して、少しずつ理性を溶かしていく。 「っ、ん」  陽介が、海の背中に触れた。ちょうど火傷の痕があるところだ。手のひらが柔らかくそこを包んで、している行為とは正反対の繊細な触り方だった。強く押せば壊れてしまうような、そういう脆さがある。  そして陽介は、あろうことかそこにキスをした。  ぶわ、とそこが性感帯にでもなったみたいに痺れるような感覚が広がる。体内が小刻みに揺れて、陽介の自身をぎゅうと締め上げるのがわかった。  なにかを、ゆるされた気がした。きっと陽介は、そんな気持ちで触れていないのに。そう解釈してしまいたい自分のことが、ずるい、と思った。それなのに、都合よく駆け上がってくる熱が止まらない。  目の端から、なにか熱いものが溢れる。一度溢れ出したら止まらなくて、ぽろぽろと理由のわからない涙が零れる。粘膜でもない場所への、触れるだけのキスで、こんなになってしまうのが、怖い。  こんなのは、知らない、と思った。  幸せなのに、苦しい。ずっと気が遠くなるような昔から望んでいたことなのに、胸が張り裂けそうに痛い。  こんな優しくて、泣きたくなるようなセックスは、知らない。愛おしい人と肌を重ねることが、こんなに気持ちよくて、こんなに幸福なことで、こんなに痛みを伴うなんて、知らなかった。知りたくなかった。 「あっ、ようすけ、よ、すけ」  振り返って、陽介を見る。その瞳が欲に濡れていて、息が上がっている。熱に侵されたようにぼんやりしているのに、目の奥だけは爛々と光っている。  深い海の底で、その光を待っていた。  かつてそう願っていたことを、思い出した。  望んで、否定して、期待して、絶望して、それから、自分の全てを嫌悪して。そうやってぐしゃぐしゃに丸めて自分の奥底に押し込んだものが、全て曝け出されていくような感覚に、身体が震えた。 「ようすけ、オレ」  見ないで欲しい、と思った。見て欲しい、とも思った。  そのとき、海の中を穿っていた陽介の先端が、ある一点を掠めた。強い快感に、思わず四つん這いの姿勢を保っていられなくなる。 「これ?」 「あ、あ、それすき……っ、すき、もっと」  ふと陽介の手が海の自身に伸びた。後ろから抱き込むような形で、右手が海の中心を包む。今度は、海の方が陽介を静止する番だった。 「あ、まっ、て」 「俺ばっかり、ずるい」  一度も、自分ですら触れていないそこは、後ろから得られた快感だけで固くなって先走りでだらだらと濡れていた。そこを、陽介の手が包む。ぐちゅりと濡れた音と、直接的な快感にあっと声を上げるまでもなかった。 「は、っ、まって、さきっぽ、やめ」 「っ、きつ」  陽介の手は的確に海のそこを責め立てた。敏感な先端を手のひらで包むように擦られると、自分の脳が、もう限界が近いと訴えた。 「やだ、やだそれ、よ、すけ」  後ろと前の弱いところを同時に刺激されて、頭が白んでいく。過ぎた快感を逃がそうと、背中を丸めてシーツを握りしめた。その指先を、ほどいてしまおうとでもいうように、陽介の左手が包む。 「あ、い、いく、いくから、離して」  目の前がチカチカした。感じたことのない強烈な快感に、どうにかなってしまいそうだった。精管の中を精子が駆け上がってくる感覚があって、絶頂が近いことを感じる。  このままだと陽介の手を汚してしまう。そんな焦りから腰を引いて陽介の手から逃れようとするも、余計に腰を押し付けられて、深く挿れられて、抱き包められて、逃げ場のない優しい檻の中に囚われる。 「離さないから」 「あっ……あ、やだ、ッ、イっ……」 「ここにいて」  ぐん、と深くを突き上げられたのと、海の腹と陽介の手を、白濁が濡らしたのはほとんど同時だった。絶頂の余韻に肉壁が震える。く、とせつなげな声が頭上から漏れ聞こえて、腹の中に熱さを感じた。陽介も海の中で達したのがわかった。  肩で大きく息をしながら、しばらくそうしていた。ぐたり、と陽介の身体の力が抜ける。その体重を背中に感じながら、しばらく余韻を惜しむように荒い息を重ねていた。汗ばんだ互いの肌が、引き離されることを拒むように吸い付いた。敏感になった身体は、それにすらも反応を見せた。 「ごめん、なか」  少し柔らかくなった陽介の自身が、後孔から出ていく。すっかり陽介のかたちに拡げられてしまった孔は、それが出て行ったあともしばらくそのままで、名残惜しそうにひくひくと収縮していた。  少しでも油断するとなかに出された欲の残滓が漏れてしまいそうで、ぎゅうと力を込める。まだ、身体の中になにか埋められているような気さえした。 「だいじょーぶ」 「身体、キツくない?」 「ちょっとキツい」  へら、と笑うと、陽介が申し訳なさそうに眉を下げて、海の腰におずおずと触れた。先ほどまでの少し強引な責め方とは打って変わって、それがあまりにも手慣れていなくて、海は思わず吹き出した。 「そういうときは、こーするの」  自分の伸ばした腕の上に陽介の頭を差し込んで、ぎゅうと抱き寄せる。柔らかい髪の感触がふわふわと顎のあたりをくすぐった。 「かわいい、陽介。このまま寝てもいいよ?」 「やめろ」  口でだけ抵抗の意思を見せて、陽介はそのまま海の胸に額を預けた。頭に何度か、わざと音を立てて口付ける。何度目かのそれで、陽介はしぶしぶと言ったように顔を上げた。 「初めてじゃなかったんだろ」  海と目を合わせないまま、陽介は少し、拗ねたような言い方をした。ああ、やきもちを妬いているんだ、と思った。たぶん、海の背景にある名前も知らない男の影に嫉妬している。そういうんじゃないのに、と苦笑する。 「ウリやってたから」 「ウリ?」 「フーゾクってこと」  ばっと腕の中の陽介が顔を上げて、また眉が下がる。 「もう昔のことだし、ちゃんと検査してたしビョーキないよ」 「そんなんじゃなくて。いや、それも大事なことだけど……俺、やっぱり海のことなにも知らないから」 「陽介が知りたいって言うなら、話すよ」 「知りたい」  即座に吐き出されたその言葉は、どんな睦言よりも甘美に、海の鼓膜を揺らした。この甘やかな余韻の中でなら、語れるような気がした。 「高校行かなかったって言ったでしょ」 「うん」 「施設を勝手に出て、やることなくて昼も夜もブラブラしてた。誰かに声かけられたんだったかな。気づいたらそういう店で働いてた」  あの頃のことは、よく覚えていない。記憶にモヤがかかったように曖昧でうまく思い出せない。  陽介は、石のように固まったまま海の言うことを聞いていた。 「いろんな人のところに泊めてもらってた。女の人もいたし、男の人もいた。住むところくれるなら誰でもよかった。オレを住まわせたい人はたくさんいたし」  生きているのか死んでいるのか、よくわからない日々だった、と思う。その話をすると、陽介はじっと、感情の読めない顔で海のことを見つめていた。憐れまれるよりずっといいと思った。 「でも一つの場所に長くはいられないから。18になってすぐくらいになんとなくこの街に来て、ケンゴさんに会った」 「それで、あの喫茶店に?」 「そう。最初はケンゴさんちに泊めてもらって、店で修行して……給料もらい始めてから、この家借りてもらった。ウリ以外でお金稼いだの、初めてだから、嬉しかったなあ」  ケンゴと出会って、自分が初めてまともな人間として扱われたような気がして、救われたような気がした。どんどん顔色が悪くなっていく陽介のことを少し笑い飛ばして、腕の中で強く抱きしめた。 「だからオレは、陽介が思うほど不幸じゃないよ」  これは強がりでも何でもなく、本当のことだった。海は陽介がこの街を見つける前から、ここでのささやかな暮らしが気に入っていた。だから、ここから先は一人でも大丈夫。そういう意味を込めて、言ったつもりだった。 「じゃあなんで、さっき泣いてた?」 「……泣いてたかな、オレ」 「泣いてた」  陽介の指が伸びてきて、海の頬を包む。今は乾いた涙の跡を拭うみたいだった。 「少なくとも俺にはそう見えた」 「そう」 「いまの海を一人にしたくない」  陽介の鼻先が迫る。そっと目を閉じると、唇に押しつけられるような感覚があった。目を開く。世界が少しだけ歪んでいる。指先が、海の目尻に触れた。 「海は? どうしたい?」 「オレは」  この言葉は、陽介をこの街に縛ってしまうと思った。陽介の未来の全てを、奪ってしまうかもしれない。それでも、過去も未来もいらないから、いまを、この胸の中に抱き止めていたいと思った。 「陽介と」  だけど言葉が、うまく出てこなかった。 陽介はそんな海の様子を見て、勝手に続きの言葉を解釈した。  陽介を想う時はいつも、治りの遅い傷跡を無理やり縫い合わせたみたいな、そんな痛みだった。 「ここにいるから」  いつか、手放すから。きっと、この夏が終わる頃には陽介を元の場所に返すから。だから。  そう頭の中だけでぐるぐる考えながら、陽介を抱きしめる腕に力を込めた。  それから、裸で抱き合ったまま、繰り返しキスをした。お互いの傷を舐め合うみたいな、そんなやり方だった。

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